腐りゆく街
私は見慣れた景色を呆然と眺めていた。
駅から吐き出された人々がのろのろと列を作りビルの間を進む。
その流れはゆっくりと枝分かれして、細分化されていき、
ビルの建ち並ぶ街の隅々まで染みわたっていく。
これまで何度見たであろうか、この景色を。
そして、毎朝この流れの中を先へと急いで歩いていた自分の姿を思い出し、
何処かにいるのではないかと探してしまう。
いつもと同じ、いつもの景色、
だが、そこに歩いているのは、死体だった。
コンクリートで出来た灰色の街を腐りかけた死体が染め上げていく。
異臭を放ち、体の一部を引きずりながら、次々と駅から吐き出されてくる死体の列は
途切れることもなく、ただのろのろと己の決められて場所へ向かって行く。
その様な人々の姿を受け入れられぬまま、
夢遊病の様にふらふらと、見知った通りを歩き、いつもの角を曲がり、
そして、オフィスのあるビルへと吸い込まれるように入っていく。
私は絶望感のあまりデスクに座るや否や頭を抱え込んだ。
知らない町であったなら、知らない人々や得体の知れない怪物ならば、
逃げ出せば済むことだった。
しかし、これまで過ごしてきた、毎日通っていた、この街の有様を
どうやって受け入れればいいのか。
毎日顔を合わせていた同僚の変わり果てた姿を・・・
不意にその悩みに違和感を感じた。
ゆっくり頭を上げて周りを見渡してみると、
いつも熱心にモニターを見つめている男の目玉は眼孔から転げ落ちたのか、干からびたのか
すでにそこにはなかったし、視点の定まらない男は瞳の無い白目をあたりに向けていた。
無気力に書類を運んでくる男は腐敗がかなり進んでいたが、
その仕事だけはしっかりこなしていた。
誰も彼もがのろのろと緩慢な動きで仕事をこなしている。
今までと何処が違うというのだ?
何も変わらないいつもの光景が広がっている。
私は運ばれてきた資料に目を通しながら、自問自答を繰り返す。
彼らは今までと、いつもと変わらず、自分の役割をこなしている。
彼らがどんな顔をしていたか、どんな姿をしていたか、
いままで一度だって気にしたことはあったのかと、
そう、彼らの名前さえどうでもよかった。
自分の進む道を前に進むため、皆役割をこなし、
ただ自分の役割を正確にこなしてくれれば、他に何も望まなかった。
それ以上必要なことなどありはしない筈だった。
私はこの道を進むだけでよかった。
何処までも続くこの道を、ただ、誰よりも先に進むだけであった。
彼らがどんな姿であろうとも
この街の住人がどんな姿であったとしても、
私には関わりのないことだ。
目をつぶってゆっくりと深呼吸をした私は、
矢継ぎ早に書類の修正を指示し、午後の予定を確認し、
今まで通りに確実に仕事をこなし始めた。
腐りかけの死体たちは、緩慢な動きではあるか着実に仕事にとりかかり、
次々と片づけていく、不平や不満をその表情から読み取ることができない分
かえって指示を出しやすくなったようにも感じ、
いつもより仕事がはかどるような気分になった。
彼らもその腐り始めた体にアルコールを流し込み、愚痴を吐き出すのであろうか。
その腐敗を遅らすために。
その腐敗を速めるためにか?
いづれにしても腐りゆくその体はいつの日か骨も残さず消え果てしまうのであろうか。
それともいつまでも嫌な臭いを発し続けるのであろうか。
ただ生きるために役割をこなしていくのだろう、
腐りながら生きるために。




