死者の街2
腐りかけた人の列について電車に乗り込んだが
どうしても近くによる気にはなれず、
ドアに張り付くようにして、窓から外を眺めていた。
腐りかけた目玉と視線を合わすこともないが、
外の景色を見ているとあの怪物の事を思い出してしまう。
人を貪り食う化物。
あれはいったい何なんだ、
腐敗した人々と何か関係があるのか。
答えの出そうもない問いが頭の中を駆け巡っている。
ここの街から離れれば、何か答えが出るかもしれない。
今はそれだけが支えになっている。
しかし本当にこの電車は目的地にたどり着けるのだろうか、
今更ながらそんな疑問がよぎる。
昨夜の頭の無い運転手の姿を思い出しただけで悪寒が走り気分が悪くなる。
いくらでも湧いてくる疑問と目の前に広がる有り得ない光景が
追い打ちをかけ、私の気力を削り取り、
ドアに体をもたれかけさせて何とか立っている状態だった。
それでも、何も考えずに電車の振動を体で感じていると、落ち着いてくるようだった。
どんな時でいつもと変わらぬ同じ振動を伝えてくる。
規則正しい機械音に混じって、「くすくす」と押し殺した笑い声が聞こえてくる。
制服姿の女の子がこちらを指差しながら口元を押さえていた。
半分以上腐った手の先は私の足元を指している。
そうか、靴を片方履いていなかったな。
いまさらそんな事には何の関心も沸きはしないが、
その女の子たちが指が2本しかない手を振るたびに
得体のしれない液体が周りの人に飛び散る。
それが気になって仕方がない。
他の乗客はそれに対しては無関心で服やカバンが汚れるままにしているのだが、
見ているこちらの方が体のあちこちが痒くなってくる気分だ。
それも、もう少しの辛抱だ、あといくつか駅を通り過ぎればいいだけだ。
しかし、次の駅で乗ってきた男は、
とても耐えられないほどの臭いを周囲にまき散らしていた。
その男の青白い肌は粘膜がかかってるかのようにヌメヌメした感じがする印象を与え、
頭のてっぺんに申し訳程度に1列に並んで生えている髪の毛は魚の背びれの様に見えた。
その様な見た目からかその男の臭いは、
浜辺に打ち上げられた深海魚が放置されている印象を与え。
思わず顔を背けた。
しかし、不思議なことに今まで何事にも無関心だった腐りかけた人たちが
その男から少しでも離れようと、
半分腐った手を口元に当てながら、少しずつ動いている。
どうやら彼らにとっても彼は、異質な存在らしい。
そんな時に隣りの車両で大きな影が揺れ動いていた、
ほどなく車両間の窓に巨大な手のようなものが張り付く。
間違いなくあの怪物のものだった。
昨夜と違って車内には大勢の人が乗っていて、走って逃げ出す隙間もない。
ここにあの怪物が乗り込んできたらどうなるんだ、
それよりも隣の車両では、動けない車内を逃げようとする人々が貪り食われているはずでは?
それなら、こちらの車内に逃げ込んできてもおかしくはないし、
乗客が多くて隣の車内を見ることはできないが物音や声は聞こえてくるだろう。
そんな様子は全くと言っていいほど感じられない、
あの化物にも関心を示さないのか?
冷静に疑問と向き合うことで緊張を静めようと努めてはいたが、
手すりを握る指先が白くなるほど力を込めていた。
しかし、何度か窓の上部に巨大な手が見えるものの一向にこちらに来る気配はない。
隣りの車両はこちらよりも混んでいるらしく、
あの怪物もそれほど動き回れている訳ではないようだ。
それでもいつ何時周りを押しつぶして進みださないとも限らないのだが、
固唾をのんで様子を窺うだけの長い時間の間にも電車は少しづつ速度を落としていた。
短い車内アナウンスが聞こえる。
いつかは、こちらの車両にやって来るであろう怪物からホームに逃げ出すべきなのか、
しかし、なんの仕切りもないホームで鉢合わせるることは避けたい。
幸いな事はドアの近くにいる事だった。
停車した車内から用心深くホームの様子を窺う。
どうやら、あの怪物はまだ車内にいるらしい、何をしているかは想像したくはないが。
発射を告げるベルが鳴り、ドアが閉まり始める瞬間素早くホームに出る。
誰もいなくなったホームで額の汗を拭きつつ、
うまく逃れたことに安堵し、ベンチに腰を下ろす。
ゆっくりい呼吸を整えながら、頭の中を渦巻く疑問の答えを探すが考えをまとめる暇もなく、
次の電車の到着を告げるアナウンスが聞こえ、慌ててホームの最前列に並ぶ。
走っている電車の車内はよく見えはしないが、あの大きさの怪物がいるかどうかならわかるだろう。
必死に目を凝らして目の前を速度をおとしながら進む電車の窓を
見つめるが特に変わった様子はない。
しかし、安心したのもつかの間、最前列にいたため人の流れに押されて、
車両の中ほどまで乗り込むことになってしまった。
何とかあいている吊革につかまり、自分の居場所を確保するも、
やはりいざという時、身動きの取れない位置は何とも落ち着かない気がする。
今まではこんなことは考えもしなかったのにな。
込み上げる不安をいだきながらも、電車は確実にいつもの駅へと向かっていた。




