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第08話 嫌悪のフロア



 まったく不本意ながらだが、一回り世代が離れた少女とトモダチとやらになった後、紅蓮は次のフロア攻略へ移った。


 近づいて自動ドアのように開かれた扉の向こうは……。


「うげ……」


 嫌悪の光景だった。


 網の目の様に樹木がフロアに張り巡らされている。幅はざっと成人の肩幅分、足で踏んづけてみると、柔らかくて意外に弾力があった。

 移動するなら、この木の上を通路代わりに通れという事らしい。


 んで、木の上のところどころには箱のようなものが置かれている。大体は、全体の距離の半ばを超えたあたりに設置されている。小さくてよく見えないが、形からしてゲームのダンジョンによくある宝箱……の様にも見える。何が入っているのやら。素直に便利アイテムがあると思って飛びつかない方が良いだろう。理由はここの設計者がオリガヌだから。それで充分だ。


 そして、問題の箇所。視線を下げる。再度「うげ」だ。

 その樹木の……数メートル下には、よく分からない黒っぽい虫や茶色っぽい虫、紫っぽい触手だの、白っぽい骨だのが、いっしょくたになって堆積している。

 

 きめぇ。なんだこれ。ありえねぇ。半場なく気持ち悪い。人をここまで嫌悪させられる光景があるとは。ある意味、関心しちまうだろうが。

 距離があるので遠目からではあまり細部が分からない。が、それで良かった。近くで見れる機会があったとしてもお断りしてやる。こんなん、一秒でも視界に入れていたくねぇ。


〈カサカサ〉やってるのは虫だな。まさかゴ……じゃなぇだろうな。〈ぬちょぬちょ〉動いている奴は触手……? ありゃ、子供に見せていいもんじゃないだろ。動きが(よこしま)だ。〈コツコツ〉小刻みに振動してる白いブツは、落ちていった人間の骨ってオチじゃねぇだろうな。


『クリア条件は、対面に見える扉へ到達する事です。では御武運を』


 白オリガヌの声でご丁寧にも説明が入る。


 だが、「おい、あの宝箱っぽいのはなんだよ」それ以外の説明はなかった。


 丁寧なのは形だけだった。


「ちっ、自分(てめぇ)で確かめろってか」


 結局はそう言う事なんだろう。


 遥か彼方には小さな扉が見えた。結構な距離だ。二百、いや三百メートルくらいはあるか。

 それをこの樹木の上を歩いて、あそこまで行けってわけだ。


「進むか」

「里留、がん……ばる」


 樹木の上を慎重に進んでいく。背後で知らずに落下されてはかなわないので、里留は前だ。


 警戒しているが、何も起きない。俺は周囲を見て「気に食わねぇ」鼻をならす。何も起きねぇワケがねぇんだから、早く何か起きろ。心臓に悪いだろうが。光景が光景だけに。いや、やめろ。オリガヌなら、起きろって思ったから起こしたんだ、とか平気で言いそうだ。何もないなら、それに越した事はない。越した事はない、が。


 それを期待するには、いろいろとありすぎた。

 これで歩いて渡るだけとか。「そりゃ、さすがにねぇよ」ありえねぇな。


 里留は、と様子を見るが「あれは、……虫さん。あれは、……カマキリさん、あれは……毛虫さん?」結構平気そうだ。


 何でそんななんだ。


 聞いてみれば……。


「虫博士にでもなるつもりか」

「うん、里留の……夢」


 そんな応え。

 思いつきで言ったことだったのにマジだったらしい。

 変わってる。

 女なんて、子供だろうが大人だろうが、虫嫌いなもんだとばかり思ってたのに。


 しばらくそんな感じで進んだ。雑談しながら。

 もちろん警戒はかかさない。

 おかしな異変が起きたらすぐに行動するともりで気構えをしておいた。


 そんな調子で全体の半分を通り越した時だった。これまでは、何も無かった。このまま行けるんじゃ、ねぇか。大抵はそう思うだろう。けれど

 大体この辺りでくる。と、俺はだからこそそう思った。


 耳障りな音が一つ、二つ。それらは爆発的に増えていく。数万、ひょっとしたら数百万に上るだろう音が発生した。


「やっぱり来たか」

「わ、虫さんが」


 今まで下で蠢き回るだけの虫が、羽をならして飛んでくるところだった。


 こういうときは「走るぞ!」当然、逃げる。きめぇし。見たくねぇし。戦いたくねぇしな。相手するとか、無理だ。無視だ。虫だけに。……。駄洒落言ってる場合か。不可抗力だっつーの。偶然だ。こまけぇことにこだわんな、馬鹿。状況見て考えろ。誰に言い訳してるんだ。

 とにかく、俺達は走る。ひたすら走る。

 一匹一匹ならともかくあんなもん相手にできるか。


 足を踏み外さない限界ギリギリの速度で道を駆け抜けていく。


 しかし、「もっと早く走れねぇのか」前を行く少女の足並みが遅い。里留からは無理だと言わんばかりの「うぅ……」唸り声が返ってくる。


 このままだと下から追いつかれる。後ろからじゃないとこが、斬新だな。まったく、クソが。


 目の前にステータスを表示させる。だんだんコツが分かってきた

 眉間に皺を寄せる感覚で呼び出しゃいい。天敵に出会った時みたいな感じで。いや、そんな事より「何かないのかよ」役に立つもんはねぇのかよ。


 目をつけたのはスキル欄。


 灼熱陽光(プロミネンス)絶対氷結(コキュートス)


 これだ。

 どうすればいい。どうやって使う。まさかあれか。俺にやれってか。オリガヌてめぇ、どうしてもファンタジーゲームにかぶれさせてぇのかよ。良い性格してやがる。俺達が生きてんのは現実世界だぞ、クソ野郎。


 眼下では、「あっ、虫さんが……」虫が大群となってすぐそこまで迫ってきている。

 さんとか付けんじゃねぇ。そんな可愛げのある光景じゃねぇだろ。


 仕方ねぇ。「ぐっ、灼熱陽光(プロミネンス)!」スキル名を音にした。うっせぇ。叫んだとか、詠唱したとか表現したくねぇんだよ。「げ、うおっ」しかし、正直とんでもない威力だった。


 飛んできた大群が、そのままごっそり大群のまま炎の塊になったのだ。しばらく燃えながら飛んだあと、力尽きたようにパラパラと落下していく。


「とんでもねぇな……」


 チートだった。さすがというか、レベル99は伊達じゃないらしい。そこだけはあのクソ破壊神に感謝してやらねぇ事もなくもねぇ。正直助かった。直接なんて死んでも言わねぇけど。


 そんで、そのまま虫が飛んでくるたびに炎で撃墜していったわけだが。


 残りおよそ百メートルを切ったところでそれに捕まった。


「うおっ、てめっ……」


 触手だった。下から伸びてきたやる。気持ちわりぃ。俺の足首にまきついて、引きずり落とそうとしている。落とされるよりも前に、肉が引き絞られ過ぎて引きちぎられそうな力だった。


「離せ、てめぇ……」


 先を走っていた里瑠が振り返る。「あ……」「先いけ……」お前まで捕まったら俺の手が回らんだろーが。


「う、ぐぉ」


 牽引力が半端ない。足が持って行かれる。そうこうしているうちに虫が上がってきた。「寄るなっ、くそ」まとわりつかれた。うざったい。あまりの密集度に息がつまりそうだ。てーか、ゴ……、黒いのもいんじゃねぇか! 目の前で視線があった。互いが互いを意識している緊張。一瞬後それを「お呼びじゃねぇっての!」割と必死で、払いのける。


 今度はそっちに気をとられ、「ぐぇ……あ、なっ」体が宙に浮いていた。触手の引っ張り合いに力負けしたのだ。まずい。とっさに近くのものに手を伸ばす。足場にしていた樹木のデコボコにしがみつくが、下半身が完全に宙に浮いている。しかも肝心の手元の感触が柔けぇし、心もとなさすぎる。もう、まずい。

かなり、まずい。


 さっきまでとは段違いの牽引力を発揮して、「引っ張んじゃねぇ、このタコがっ」紅蓮をぐいぐいと千切らんばかりに触手が引っ張ってきた。


 落ちたら死ぬ。心理的にも物理的にも。窒息死に発狂死。綱引きによる人体解体ショーのオンパレードだ。「この、てめっ、誰がっ……」抵抗するが力は増すばかりだ。


「がんば……って」里留の声。まだいたのか。なにしてんだ。視線を上に上げると、顔に虫が落ちてきた。「うぇ」吐きそうだ。いやそれより。


 里留はスプレー缶のようなものを手にして、その中身を噴射していた。あれ、防虫スプレーかよ。どっから持ってきた、そんなもん。だがともかく、これで触手に専念できる。……言葉だけ見るとアレだな。


 その前に「さっさと、行けっつっただろうが!」「でも……」お前分かってんのかよ。お前が死んだら意味がねぇんだよ。


「ぐ。こ。この……」マジでやばい。これ落ちる。あと数十秒もしたら確実に落ちる。死亡原因、触手の牽引による落下かよ。落下……。あの人間と同じか。里留の母親と……。


 こんなんと戦ってたのかよ。それで自分より子供の命を選んだのか。すげぇな。ありえねぇよ。できんのかよ。ふつう。できない。俺にはできない。あの場にいたのがもし紅蓮だったら、迷わず自分を助けろと叫んでただろう。醜い姿だ。想像したくない。でもたぶん、真実だ。ありえたかもしれない可能性の中で俺は、あの時あの場所で必ずそうするだろう。俺はそういう人間だ。ほかでもない俺自身の事だ。だからよく分かる。


 でも、だから。この約束は守られなきゃいけねぇんだよ。


「……はぁーっ」準備はできたな。「っ、灼熱陽光(プロミネンス)!」俺は触手を焼いた。足元より少しした。狙いは違わなかった。成功だ。自分の足を焼くような無様はなかった。触手は狂ったようにのたくり回っている。この、馬鹿力め。足が持ってかれるだろうが。だが、勝った。こっちの勝ちだ。燃えて千切れて、からみついていた触手が機能しなくなる。


 急いで体を持ち上げて出口へ走る。里留を先に……走らせるのはもう止めて、担いだ。


「わっ」

「お……」


 人間一人分の重さ。重いと言いそうになった。子供でも女だ。それはまずい。女は体重を気にする生き物らしいからな。いまいち理解はできねぇが。


 ぐらつく体。バランスなんてあったもんじゃねぇ、それでも走り切った。


 近づいて、自動で開いた扉の向こうへと走り込む。


「はぁ……はぁ……」


 疲れた。ともあれこれで二層目もクリアだ。



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