第06話 悪かったな
「――ざっけんな、このっ……」
里留が離れたはずのあの人の声がした。
そして鈍い音。何か重たいものが地面に倒れる音が続く。
思わずつむってしまった目を開ける。
里留に剣を振り下ろそうとしていた男の人が倒れていた。
その側に、あの赤い髪の人が立っている。
そして里留に対して「おい、黙っていなくなるんじゃねぇ」そんな事を言う。
不愉快そうに表情を歪めて。これは怒ってる。小さな里留でも分かった。
赤い髪の男の人は、ため息をついて「……心臓に悪いだろうが」そう付け足す。倒れている男を足で小突いて、反応がないのを確認しながら。
どうしよう。助けてくれたのは分かる。だけど……。
「さっさと、行くぞ」
ついて行って良いのだろうか。里留は。
この人は何を考えてるんだろう。どうして助けてくれたの? どうして何も言ってくれないんだろう。お母さんは? ここはどこ?
地面を見つめたまま動き出そうとしない里留を、その人は見て顔をしかめる。
「怪我でもしたのか……?」
里留は顔を上げる。心配してくれたの? と見つめてみる。相変わらず表情は不機嫌そうだ。こういうの、人が殺せそうな目つきをしている、というのだろう。何も考えてない時との表情のギャップがすごい。
その人は「あぁ?」と、不思議そうだ。突如始まった睨めっこに動揺しているみたいだ。相手の視線が揺れた。目をそらすのはやましい事をしている証拠だ。お母さんが言っていた。だからこの人は悪い人。ううん、それは違う。ただ里留がそう思い込みたいだけ。誰だって突然、「……? 何だ?」睨めっこが始まったら驚くだろう。
「……」
里留は無言で首を振る。
「なら行くぞ」
男の人は腑に落ちない表情をしつつも、それ以上何も言わずに背中を見せ歩きだす。
今度は里留はそれについて行った。
男の人は、時折チラチラと背後……里留の事を気にして迷路の中、元来た道を戻っていく。
ふいに。
「悪かったな」
ぽつりとその人は言った。
どうして謝るんだろう。
――――
紅蓮は安堵していた。
探し回ってからそう時間をかけることなく、里留を見つけることができた。一時はどうなることかと思ったのだが。怪我らしい怪我も負ってない。ただほんの少し、あと少し遅れていたら、どうなっていたか分からないが。結局は運が良かった。それだけか。
そのまま進んでいくと、迷宮フロアの出口の扉を見つけた。
俺達はその先の、上階に昇る為の階段を進んでいく。
登り切った先には、「こっから次のフロアってことかよ」先へ進む為の扉がある。
しかしその前に妙なものが置いてあった。
透明なクリスタルが物理法則を無視して宙に浮かんでいる。
「……おい白オリガヌ」
『えっと、お呼びになりましたか?』
「わっ」
呼びかけてみれば、このダンジョンのナビゲーターが目の前に出てきた。
ついさっき見た白づくめのオリガヌだ。
初めて目にする現象に里留は驚いたようだ。
『初めまして、ええと僕は』
白オリガヌは礼をして、里留に自己紹介をしてみせる。
やっぱり違ぇな。あっちはそういう事しそうにない。いきなり本題に入って。喋りたいことだけ喋って帰っていきそうだ。
『ええと、それでどんな御用でしょうか』
紹介が済み、本題へ入る。
「これぁ、何だ」
俺はそのクリスタルを顎でしめす。もちろん迂闊に近づくような事はしない。
『それはセーブポイントです』
「あぁ?」
『まずですね。それに触れますと、セーブクリスタルが入手できます。アイテム欄で確認できますよ。それで使用する場面は、この階のフロア攻略の際にギブアップされるときです。効果は、使った瞬間にセーブポイント、つまりここにまた戻ってくる、という事です』
そのセーブポイントとやらは、各フロアの前ごとに配置してあり、前のフロアから上がってきた瞬間に場所の更新が自動でされるらしい。
「非常脱出装置ってわけか。ふざけてやがる」
あいつはどこまでこの現実をゲームにするつもりなんだ。
今更だが。やはり腹立たしい。
里留は扉の方へ向けていた不安そうな顔をオリガヌへ。
「これから……何が起こるの」
『……』
白オリガヌは不満そうな顔をこっちへ向けた。
「……。お前ナビゲーターだろ」
説明してやれよ。
『管理者兼、案内役だって言われても出来ることと出来ないことがあります。それにこれは、僕がして良い事とは思えません』
白オリガヌは白い目を向けた。誰に。俺にだよ。俺しかいねぇだろこの流れ。
『あなたが逃げているから、その子も逃げたんじゃないんですか』
オドオドしていた態度が一変して、それはどこかこっちを突き放すような口調だった。
その後は、『ではまた、御用の際は呼んでください』律儀にそんな風に言い残してから、この前と同じように姿を消していった。
里留は説明を求めるようにこちらを見つめたり、扉を見つめたりしている。
結局は先延ばしにしていただけなんだよな。
分かっていいた。いつかは話さなきゃいけない事ぐらい。それが白オリガヌに突き放されてやっと決心がついた。あのクソ破壊神に似たやつのおかげで、とか心中がかなり複雑極まりないけどな。
話さなくていいなら一生話したくねぇってのに。だけど、何も知らないでいてほしいなんて俺の我が儘だ。
だいたいどうしてあの時、里留はいなくなったんだ。俺の事が信用できなかったからだろ。それは、俺が何も話さなかったからだ。里留は知りたがっていた。俺もそれにはちゃんと気づいていた。気付いていないフリなんて馬鹿なことに時間を費やしてないで、ちゃんと自分の心にケリをつけときゃよかったんだ。
そう決心して俺は「悪かったな」里留を見る。
「里留。二度も言いたくねぇからちゃんと聞いとけよ」
俺ってやつは……。
口から出た言葉は、ここまできても自分本位な言葉だった。嫌気がさす。馬鹿が、やる気に水をさすなよ。せっかく話す気になったのに。
里留は頷いて、しかし小首を傾げた。
何だ? まだ何も言ってねぇぞ。
「どうして……里留の名前、知ってるの?」
そこから進んでなかったのかよ……。
そう言えば、と。
こっちの名前を教えてない事に気付いた。