第28話 vsベティー
しんどい。
もうかれこれ最初の発生してから数十分が経ったが、俺はベティ―との戦いに手間取っていた。
戦いづらい、それが正直な感想だ。
炎の壁の向こうから飛んできた鞭の攻撃が体にかする。
炎のせいでその軌道が見えないのだ。
回避するのも一苦労だ。逆に向こうはこっちの動きが分かっているようで、避ける方向に的確に攻撃が飛んでくる。
「お姉さんはね、坊やたちと違って何度も死線をくぐってきたんだよ。危機的状況に落ちいった人間の行動なんて簡単に予測できる」
「危機的状況? はっ、誰がだよ」
強がりを言っていれば「おや、行ってくれるじゃないかい。ならこれならどうだい?」帰ってくるのは、「ぐっ!」嘲笑混じりの攻撃だ。
鞭が紅蓮の腕に巻きついた。炎にあぶられたそれは焼けつくよう熱を皮膚に伝えてくる。
反射的に火の粉がかかった時にするように腕を振り回してしまう。そこをタイミングよく引っ張られ体勢を崩しそうになった。
「所詮は十と少しばかり生きた子供だね」
「うるせぇ年増」
「うるさいよ! ……だなんて言って怒るとでも思ったかい?」
俺の仕掛けた挑発に、しかしベティーは冷静のままだ。
クソが、わざと怒らせて判断力を鈍らせるのは無理があったか。そもそも相手はこういう先頭になれている。心理的な駆け引きで同様させるのは無理があったか。
そうこうしているうちに周囲の炎が弱まってくる。時間が経ったのだ。里留は? 気になる。だが、振り向くわけにはいかない。「里留!」「だいじょう……ぶ」声が聞こえた。良かったまだ無事だ。
「ふぅん、あのおチビちゃんがそんなに大事かい?」ベティ―は俺の背後に目を向ける、その視線が移動し二、三点に注がれた。ベティ―は興味深そうに眼を細める。「はあん、あいつがねぇ」何だ。何が見えてるんだよ。気になんじゃねぇか。
だがチャンスだ。「どぉらッ……!」巻きついた鞭を力いっぱい引っ張った。隙がある今なら。そう思った。だけど結果は予想通りにはいかなかった。
「ほぅら、くれてやるよ」べティーは自分の武器を手放したのだ。マジかよ。まずい。思いっきり引いたせいでバランスをくずした。「得物が鞭だけだとでも?」ベティ―は懐からナイフを取りだし、構えて突っ込んでくる。
狙いはどこだ。腹か。くそ。回避は間に合わない。なら、やるべき事は攻撃だ。
膝から力を抜いて、転びかけた体勢をあえて落とす。地面に片手をついた。反対に浮きあがった片足を遠心力に物言わせて振り回す。ベティ―へと。「―――受け取れっ!」蹴りだ。当たった。手ごたえならぬ足ごたえだ。べティーが前に出していた腕を蹴って、その手からナイフを弾き飛ばした。
それで気が緩んだ。俺は今度こそ、盛大に地面に転がりこんだ。
だが、まだだ。
戦いなれてはいないけど、喧嘩は得意なんでな!
転倒しながらも離さなかった、もう片方の手にある杖を思いっきり振るった。低い位置で放たれたその攻撃は、ベティ―の足を見事にすくっていく。
「ぐっ」すぐ横で転倒するベティ―に組み付いて、取っ組み合いになる。反撃させねぇ。拳を握った。「女にっ、うぐっ……躊躇いなく拳を、がっ……振るうとはね」躊躇いはあるといったらあるが。これを逃せばどうなるか分からない。ベティーは強い。そんな事を悠長に考えてる暇なんてなかった。やらなければやられてるのだから。それに俺の生死は自分だけのものではない。里留にも関わってくる。この先救える命にも。負けてやるわけにはいかなかった。
殴り合いは続いた。二人とも顔が腫れあがって、皮膚がところどころ切れて血が流れてる。鉄の匂いが鼻に突く。気持ち悪くなってきた。クソ、人って丈夫じゃねーか。いつ死ぬんだよ!
そこまで思って、長い間考えないようにしてきた事に直面している事に気付いた。
今、自分の手で人を殺そうとしているのか。
そんなの今更だ。このフロアにきてから魔法で何人も焼き殺してきたのだから。だけど、それはこんな生々しくなかった。現実感がなかった。でもこれは違う。
今、紅蓮の目と鼻の先には、命があるのだ。
俺は今から、それを刈り取らなければならない。
「はっ、やっぱりガキだねぇ! 人を殺す覚悟もしないでここに来たのかい?」
うるせぇ、俺は人殺しをしにきたわけじゃねぇ。人を救いに来たんだよ。それが何でかこんな所で殺しあいに参加させられて。
「あたしにはある! 何人もこの手で殺してきた。ひと一人殺せないような甘ちゃんなあんたには無理だったんだよ!」
痛ぇ。ガスガス殴んじゃねえ。俺はサンドバックじゃねぇんだぞ。どこにそんな力が残ってるんだ。
「必要なら、あの里留っていう子供だって殺せる!」
「て、め……子供好きじゃなかったのかよ」
「子供なんて大っ嫌いだね。トラブルにならない程度に適当に合わせてただけだよ。あんなやかましいだけの生物、視界に入れるのも嫌になる」
そうかよ。
殴るに当たって放っておいた杖が近くにあった。それを手元に収めて、俺はベティーの喉を潰そう先端で突こうとした。しかし……。
「……あ、……は……」
取っ組み合っているうちに上になっていたベティーの体から、突如力が抜けた。見ると、腹からナイフが生えていた、誰かに刺されたのだ。
「返すわ。……ほんと、下らない」
それは、俺がさっきベティーから弾いた武器だった。
しかしそんな事より目の前にいるそいつだ。唐突にあらわれたそいつは、シェリーだった。何だよ。お前。何でここにいんだよ。シェリーは傷だらけだった。満身創痍といってもいいくらいに。
力が抜けた様にその場に崩れ落ちていく。
そのシェリーがこちらを見つめて問いかける。
「おい、シェリ……」
「……って?」
「何だ」
かけよって、抱き起してやれば何かを呟くのが聞こえた。
「ねぇ……、ゴキブリ……って、何よ」
それは、最後の言葉だった。




