第24話 幸せになる権利
ベティーとローランの力を借りて、俺達は五層目フロアを攻略した。
その足で六層目のフロアにたどり着いたのだが。次の瞬間、目を眩んだ。
意識を塗りつぶすような白い光が網膜に焼き付く。
何が……。
考えるよりも前に、現実感がなくなっていく。
そして最後に、
『夢の国へ一名様、御案内しまーす』
そんなふざけた声が聞こえた気がした。
目を開けると俺は別の場所にいた。
どこだ。ここ。見覚えのある。自宅だ。自宅の部屋だった。何で俺、家にいんだよ。そこは片付けのなっていない、ゴミゴミした自室だった。願壁にいたはずなのに。何でだ。
俺はその部屋の自分のベッドの上で横になっていた様だ。
思い至るのは意識を失う直前に聞いたあのクソ破壊神の声。
これも何かの試練だっていうのか?
「とりあえずどうにかして出口を探さねぇとな」
俺は二階の部屋を出て、一階へと向かう。
分かっていたが、里留やアレンの姿はない。完全に個人向けの試練のようだった。
過去の再現か何かなのか。
となると、里留が心配だ。あいつはたぶん、この試練に苦しむはずだからな。
一緒にこの世界にいる可能性も考えたが、アイツの自宅なんぞ知り様がない。年の離れた少女の自宅なんぞ知ってたら、それこそ問題だ。
あれこれ考えても、何も思いつかない。行きたくても行く方法がなかった。なのでしょうがなく一旦保留にする。
とりあえず、この変な世界から出るための場所。出口のありそうな所はどこだ。考える。心当たりのある場所が一つ浮かんだ。あそこか。
外に出ようと玄関へと向かうと、鼻が動いた。色々考えなきゃいけないことがあって、馬鹿なりに考えてたってのに。意識がそれる。
良い匂いだった。
焼きたてのパンの香ばしい匂いに、これは……油の匂いか?
気が付いたら俺は玄関の前で足を止めていた。そこに、「紅蓮、学校に行く前にご飯食べてきなさい」女の声がかかった。「弁当も忘れてるぞ」こっちは男の声だ。
俺は、「……」何も言わずに眉をしかめて外に出た。「やっぱ、試練だな」
目覚めてすぐ。ひょっとしたら全部、悪い夢なのではないか。そう思いかけもした。だが、これは試練だった。悪辣な試練だ。まぎれもなく、あの破壊神の仕組んだ事だ。
あの二人、橘紅蓮の両親があんな事するわけがない。あいつらは、俺がケンカしようが、成績落とそうが、関心すら抱かないのだから。だからここは都合のいいだけの偽世界だ。これではっきりした。良かったじゃねぇか。無駄に悩まずにすむ。
やるべきことはぶれない。だが、最後のあの場所……デパートの屋上に向かう途中、一か所だけ立ち寄っておきたい場所があった。こんな機会でもなけりゃ、ケリをつけられない問題だ。まあ、偽者だけどな。心置きなく前に進むために、ケジメをつけておきたかった。
もう最近はめっきり通う事がなくなってしまった、学校へと向かう。登校する生徒に混ざってだ。周囲から視線が集まる。制服なんぞ着てこなかったから、悪目立ちして仕方ないが無視した。どうせ偽物だ。かといって現実で気にしたかというと、そうでもなかったが。
その建物の、一室。紅蓮は教室のドアを開ける。
「やあ、今日も元気そうで何よりだ」
「お前もいんのか」
「当然だろう、生徒なのだから」
声をかけてきたのはアレンだった。どうなってんだ。何でもアリかよ。所詮偽物か。偽物……だよな。願壁について何も言ってこねぇし。
そしてもう一人、
「紅蓮! ちゃんと宿題してきたでしょうね! 試験勉強はした?」
言葉をかけてくるのは、実加というクラスメイトの女生徒だ。
「お前は俺の親か何かか」
「って、アンタ何で私服なのよ、制服は!」
記憶の中の調子そのままで、うるさくこっちの様子について言及してくる。
そのまま無駄口くっちゃべってたくなるが、長居はしない。
紅蓮は「お前に言っておきたい事がある。あー、その、アレだ。悪かったな、待ってろ。それだけだ」早口にそれだけ言って、踵を返した。
「ちょ、何言って意味分かんないんだけど」
「じゃあな」
「紅蓮!」
後ろで幻が何かうるさく言っているが振り返る事はしなかった。まったく、良くできている。そのキンキン声とか耳障りで本物そっくりだ。
今度こそ目的地へ、と思ったが。向かっている途中で、カツアゲの場面に遭遇した。どうしても俺の足を止めたいらしいな。試練なら、そんなもんなんだろうが。
「だ、誰か。助けてくださいー」
だが、聞こえて来た言葉は耳慣れたもので、俺は視線をそらした。
無視だ。ただでさえ性格の悪い試練の最中なのに、余計な事に首を突っ込んでられるか。
「あ、そこの人、助けて、無視しないで。お願いしますぅ」
うるせぇな。
さっさとその場を通り過ぎようとするものの、その声の情けなさにイラッと来た。
「薄情者ぉー」
それでつい「それぐらい、何とかしろテメェで」やつあたりに不良共を殴り飛ばしていた。
「あ、あのあの」
被害者が何か話したそうにしていたが、無視してさっさと先を急いぐ。まともに取り合うだけ時間の無駄だ、白オリガヌ。
そうして歩きなれた道を通って辿りついたのは目的地。
ビルの屋上。あの場所に辿り着いた。
やはり出口はここだった、中央までいくとご丁寧にもあからさまなドアが立っているのが分かる。
フロアの一番初めにある扉だ。
やはりここは試練の為の世界だったらしい。安堵した。これで正式に証明された。
安堵、安堵か。他の奴らからすれば世界終末なんて、夢だった方がよっぽど良いはずなのに。
背後に気配。付いてきた奴だろう。俺は仕方なく声を駆け乍ら「何だよ」、振り返って見る。先ほど助けた人間が立っていた。不満そうだ。「早足すぎですよ」そりゃそうだ。厄介だと見て分かりきる事に進んで関わるかよ。
振り返るなり「里留はどうなんだ」そう一番気になっていた事を尋ねれば、「この世界にはいませんよ、探しても会えないでしょう。彼女は試練を受けてませんから」そんな答えだ。気がかりが一つ減って、息を吐く。そして扉へ向かう。
「行くんですか?」
「当たり前だろーが」
「僕は、ここに残ってもいいと思いますよ。貴方は十分頑張りました。自分の幸せを選んでも良いと思います」
「こんな偽物で満足できっかよ」
出来過ぎた幸福だった。目の前に現れたそれらは。
子供むけの絵本に出てくるような。最良の幸福が描かれているが。胡散臭くてかなわない。こんな日常ありえなさすぎて、慣れるはずがない。
そもそも本物ではないのだ。それが全てを台無しにしている。それじゃ意味がなくなっちまうだろ。今まで必死こいて頑張ってきた意味が。
「そうですか、意思は変わらないんですね」
少女は姿を変える。白い髪に白い服、白オリガヌだ。まあ、想像はしていた。割と出会ったとき、最初の方から築いてた。役者向きじゃねぇよな。
「テメェが、これの試験官か?」
「いえ、違います。僕の判断です」
「試験官だとしたら、絡まれてたのは、意味あんのか」
「……ええ、も、もちろんです。貴方には分からないようなすんごい意味があるんですから」
「……」
嘘だろ、それ。
「だけど、意外だな」
「何がです?」
「逃げても良いって言われるかと思ったのに、幸せになる権利があるって言われるとは思わなかった」
最後の最後に、そういう手口で来ることも一応は考えてたんだがな。
白オリガヌは「オリガヌさんだったらきっと、そう言いますね」でもここにいるのは僕ですから、と言う。
白オリガヌはそう言って、「行くというのなら、返します。受け取ってください」紅蓮に剣を渡す。
「これ、結局何なんだよ」
「オリガヌが見たらびっくりする物です」
そういう事聞いてんじゃねぇよ。
答えになってねぇ。
「これで僕がしてあげることは終わりですね。その体、大事にしてくださいよ。元持ち主からのお願いです。毎回見ててヒヤヒヤしてるんですから」
「あぁ?」
「オリガヌもひどいですよ。予定外の使い道だけど、良い事思いついたとか言って。僕をこーんな器にいれるんですから。おかげで記憶がバラバラになっちゃったじゃないですか」
そりゃ、どういう事だ。
「紅蓮さん。僕の分まで生きてくださいよ」
そう言って白オリガヌは姿を消す。都合のいい事だけ喋って消えることとか、オリガヌみたいな事すんなよな。




