復活編7<memento mori>
memento mori
老若男女で賑わう中野の商店街やブロードウェイは、緑と赤と白の装飾に彩られている。
雨だか雪だか霙だか曖昧なものが降ったり止んだり、あまり良いとは言えない天気だったが、それにも関わらず、人通りはいつもより多かった。
コンビニの前で赤い服を着た女子高生が寒さに耐えながら頑張って何かを売っている。
街路樹には幾つもの電飾が巻きつけられ、まだ昼間なのに、空が暗いからかピカピカ輝いている。
僕はそんな光景を横目にそそくさと足を動かした。
行き先は、近所の総合病院。ぎこちないしゃべりで受付を済ませ病室に向かう。
表札には僕が知らない僕をよく知る二人の女子生徒の名前が書いてある。
未だに頭の整理がついていない。
いつだったか妹が捨て犬を二匹拾ってきた。
あの時のような、そんな複雑でなんとも言えない気分だ。
ドアをコンッと叩く。
ノックは一回。二人には何故かそう言われている。
「はいよー」
記憶の混濁が激しいはずの菊理は結局あの一番面倒臭そうなキャラで落ち着いたようだった。
黎明の鴉羽衣を脱いでドアを開けると目の前にベッドが二つ。
部屋はやけに広かった。
――ここ角部屋だし、こいつら何かしたのだろうか。
何はともあれ、二人には散々迷惑をかけたし助けられた。
だから、謝罪と感謝の証にこうしてお決まりのフルーツバスケットを持って見舞いに来た。
「――お……はよう」
でも、やはり未だに距離感が掴めない。
友達でもないし、同志や眷属と御大層なことを言われても、僕にその記憶がないので馴れ馴れしくする気にもなれない。
「イッチーちーっす!」
菊理はアレが素なのかわからないし、
「おはよう」
僕が言えたことではないが玄川はなんか暗い。
友達でもない女子のクラスメイトの見舞いに来る男子高校生とは如何なものか。
(その格好でその心配は要らないのではないか)
意識の外に追いやっていたのに怜悧に指摘されてしまった。
(中々可愛いぞ、その赤羽の着ぐるみ)
――いや、サンタのコスチュームだから。赤羽関係無いから。
それにしても、ドンキーホーテンの店員さんに噛み噛みでサンタの服はどこですかと尋ねたら、そのまま女物が渡されたのはなんでなのかな。
きっと女物しか在庫がなかったんだろうんな。うん。
「うっはーイッチーマジかわゆぃ! てか本当に、着て来てくれたんだねー」
ああ、アレは冗談だったのか。
マジか……。
一昨日、僕が二人に出来る事はないか聞いたら返ってきたのが、
『女☆装! あ、サンタコスで』
『じょ……不要だ』
とのことだったので恥を承知でここまで黎明の鴉羽衣で気配を消しつつ急ぎ足で歩いてきたのだ。
滅茶苦茶足が寒かった。
「――死にたい」
「死なないで」
確かに命の恩人の前で言うことじゃなかった。
というか玄川、反射的に返答するから確信したけど、窓の向こうの曇り空見るフリして窓ガラスに反射してる僕をガン見するの止めて下さい。
バレてないと思っているのかもしれないけどバレてるし、バレてるけどそれを言う勇気は僕にないので止めて下さい。
それでもこの二人には頭が上がらないのは事実だ。
性格だとか立場以前に守るべき礼儀がある。
「――玄川、それに菊理」
こんな時、土下座をすれば誠意は伝わるだろうか。
僕個人としてはこのタイミングの土下座はなんだかちゃちな気がした。
「――もう何から何まで、ごめん! 何よりも、未だに僕の知らない僕に対して責任を負う気が持てなくてごめん……」
だから精一杯、ここが病院であるということも忘れて自分が苦手な大声を出して深々と頭を下げた。
謝罪も感謝も嘘偽りは断じて無い。
ただ、それでも納得していないのだ。
二人がどれだけ尽力しようとも、事の発端を辿れば自分の知らない自分であり、その責任を担うことに。
今の自分の落ち度は無数にある。
それでも、それを棚上げにして未だに被害者面をしようとしている自分がいる。
そんな自分が如何に卑しく、醜いか。
何よりもそのことを懺悔すべきだった。
「ずるい」
玄川の言う通りだろう。
アレだけ好き勝手やってきた自分が、こうして謝罪なんかして許しを請うことで――。
「菊理だけずるいわ」
「――え?」
何時間でもこうしているつもりだったはずなのに、思わず顔を上げてしまった。
ベッドの上で此方に背を向けて窓の方に顔を逸らした玄川の顔は朱かった。
「別に主君にどう呼ばれようとも気にならないのだが、菊理と差を付けられているという事態は容認できない」
それに対してくすりと菊理が笑ってベッドから飛び降りる。
満身創痍で痛々しい身体がふらつき、それを咄嗟に支えたその時、僕の耳元で菊理は囁いた。
『蓮香、そう呼んであげて。昔のイッチーはそう呼んでたの』
「……」
菊理の顔を見るとウインク一つしたきり、もう何も言う気はないらしい。
「――蓮香、ごめん。僕この手でアイツを倒せなかった」
蓮香は少し俯いてしまった。
その時ばかりは反射する窓を覗く気にはならなかった。
顔色を伺う為の謝罪にはしたくなかった。
だが、蓮香は振り返り、顔を微かに朱く染めて、何かを堪えるような無表情で言った。
「貴方が生きていればそれで良い」
「――ありがとう、蓮香」
直ぐに蓮香はまたこちらに背を向けて窓の方に視線を向けてしまった。
「ふふーん。って、えっ? イッチーまさかそれ……もしかして」
僕の後ろに回り込み満足気に僕の肩に顎を乗せていた菊理は視線を落とし、僕が手に持つバスケットに目が行ったらしい。
「――あ、うん」
「ありえない」
まるで新品の靴でゴキブリを踏んでしまったような目で蓮香が不平を漏らした。
「――え? やっぱり花の方が良かったかな?」
「はあー、イッチーそれはないよー。わざわざ今日その格好でお見舞い来たらさー」
「え?」
二着の黎明の鴉羽衣の複製が掛けられた壁に目を向ける。
貼ってあるカレンダーを見るが、いまいち今日が何日なのかわからない。
カレンダーが今日は何日かを示していないというのは当然でありながら、なんだか妙である。
でも二十四日にピンクのペンで花丸が書きこまれていた。
仕方がないので自分のスマートフォンでちょっと確認した。
十二月二十四日だった。
――ぁあ。
そこで漸く気づいた。
そうか。だからサンタの服なのか。
――よし後で咲夜に大好きだったチーズケーキでも供えよう。
(ふふ。やはり正気の沙汰とは思えぬ)
――ん? なにが?
僕には怜悧が突然苦笑した理由が解らなかった。
「イッチー、ボケっとしてないでケーキ買って来てよ。ケーキ。苺いっぱいのってるやつね。じゃないとイッチーにそこのフルーツ盛りつけるよ!」
何言っているかさっぱりだったが、蓮香が生唾を飲み込んでいるのを見てあまりいい予感はしなかった。
「――わかった」
(それで行く霊智も霊智だがな)
――そうかな?
再び黎明の鴉羽衣を纏って中野の街を歩きながら一昨日のことを思い出した。
赤羽は死んだ。
確実に怜悧の振るったアクシオンがその喉元を掻き切った。
だが、その前に赤羽が遺した言葉が今も耳に残っている。
『大義名分をこの身一つで得られるのなら安い物だな。ルネサンスの始まりを歓迎しよう』
それはきっと赤羽の所属する光照死星という組織と僕らに関することなのだろう。
だが蓮香が言うには僕にも似たような奇叡塾や奇想の望郷とかいう組織的な味方もあるから安心しろということだった。
まあその辺はよくわからないし、今は考えたくない。
その蓮香と菊理についても、赤羽の首を飛ばした後、
『致命傷だけは避けたが回復に回す魔力は無い』
『イタイのイタイのとんでけ~』
とかなんとか言って全身血塗れの癖にステッキに体重を預けながら自分の足で病院に向かった。
ということにしておく。
そして僕のお腹に空いた風穴は二人がいなくなった後、怜悧が例の寂しげな表情を湛えつつマナの総量にものを言わせて治してくれた。
結局、怜悧が一体何を僕に気負っているのかは最後まで教えてくれなかった。
その翌日には、百間と成瀬に頭を下げる為に学校に行った。
日寺の正体も気にはなっていたが、人見知りは克服してもコミュニケーション能力不足はどうにもならない。
よって話の切り出し方がわからず自分から話しかけに行くことはできなかった。
日寺は先週までの蓮香とはまた違うタイプの張り詰めた空気を纏っていた。
日寺を観察しながら百間と成瀬に指摘されて気づいたのだが、僕の伸び呆けた髪の毛の色が、一本残らず黒から白に変わっていた。
そのことについて、怜悧は朝の段階で気付いていたであろうにも関わらず、僕には話さなかった――。
それが何を意味するのか。
全く同じ色をした目の前の怜悧の髪を見ればなんとなく解った気がした。
雑踏の中ふと立ち止まり、半歩先を征く怜悧に尋ねてみた。
――ねぇ怜悧。
(ん? なんだ)
東京の汚い空から落ちる雪なんかとは比べ物にならないほど白く輝く、その長髪を踊らせ、怜悧は振り返る。
――君は本当に、そこにいるの?
(……さて、どうだろうな)
※あとがき
レイアウトに関する読み辛さは許して下さい。本当に申し訳ないです。
復活編という形ではありますが本作はここで一旦完結致します。
続きは考えてはありますが、まだ何も書いていません。
ただの妄想です。
私の妄想の活字化はこの拙著に対する皆さんの評価と感想に依ります。
モチベーションを上げたい一心で投稿した次第です。
冷めた一言でも熱いdisりでも構いません。
せっかく読了していただけたのであれば、そのついでです。
何かしらのフィードバックを頂けたらと思います。
よろしくお願いします。
露骨ながら回収されていない伏線が幾つか目立ちますが、一応この区切りで一つの物語は完結させたつもりです。
こうなった理由は閉じた世界ではなく、開いた世界を切り抜きたかったからです。
嘘です。本当はただの私の力不足です。
作品内容の説明や言い訳は、それはそれで恥ずかしいので割愛致します。
今後は誤字脱字加筆修正等の更新が基本ですので、ご容赦下さい。
登校日未明3時47分頃、いずれここまで読み終えるであろういるかいないかも判らない読者様に大いに感謝しつつ睡魔に身を委ねて――なんてね。
王加王非




