復活編5-1<疑心暗鬼を生ず>
疑心暗鬼を生ず
「――いち、霊智、起きて」
ペタペタペタペタ……。
ベチベチベチベチ……。
両の頬を微かな痛みが交互に襲う。
僕は緩慢な往復ビンタで目が醒めた。
「――痛い」
「あっ、玄川さん、もう刈谷くん起きてるよ。ちょっとぉ、玄川さんってば!」
眼を開いても視界は左右に揺れ続け、三往復程余分に食らった気がする。
横になったままヒリヒリする顔で周囲を見渡せば、見慣れた本棚やそこに並べられた漫画、使い慣れた机や椅子が置かれている。
ああ、僕の部屋か。
ベッドに寝かせられた僕の顔を心配そうに覗きこむ二人は白峰と玄川で間違いない。
そこで漸く記憶の糸を辿り強く引き寄せ、反射的に僕は飛び起きた。
「怜悧!」
「「「痛っ!」」」
当たり前だが、覗き込む二人の頭にぶつかった。
「刈谷くん、落ちて下さ……落ちつて……落ち着いて下さい。深呼吸。はー。ふー。お腹の方はもう大丈夫ですか?」
ああ、そうだ。僕は白峰に脇腹を刺されたんだった。
いつも以上に他人行儀な立場で脇腹に手を当ててみるが、痛みもなければ傷口もなく、包帯が巻かれているわけでも無かった。
「私の弁償魔術は厳密には復元魔法なので後遺症も残らないはずですが一応気になるところはないですか?」
白峰が何を言っているかわからなかった。
というか患部を自分の目で確かめる際、あることに気づいた。
「――僕の制服は?」
「気にしなくていい。似合っている」
玄川は僕と目を合わせることなくそう言った。
僕の血塗れの学ランはどこかに消えた。
だからと言って僕は全裸に剥かれていたわけでもない。
しかし、代わりに僕が着ていたのは目の前の二人が着ているものと同じだった。
セーラー服。
「私達ちょっと隠形というか偽装工作に魔力使い過ぎちゃいまして、最後の最後で魔力切れちゃった」
「――え?」
「いやーそのー、このまま血塗れのボロボロの学ランというわけにもと思いまして、妹さんの制服を拝借致した所存であります!」
なんの弁明にもなっていない。
「貴方が私服をもってないのが悪い」
言われて再度部屋を見渡せば、幾らか物色の痕跡が見受けられた。
確かに僕はほとんど私服を持ってないし、制服や部屋着もまとめて洗濯していたので丁度洗濯機の中だ。
それにしても、妹の制服を着せるとは飛んだ嫌がらせだ。
しかも丈が微妙に余っている。
嘘だろ、僕もしかして妹よりも――。
「霊智、貴方には本当のことを話しておく。ここまでのこととこれからのこと。信じてもらいたいが信じてもらえなくても構わない。ただ、聞いて」
もはや彼女の言葉の歯切れの悪さはどこかに消えていた。
アレは演技ではなく人見知りだったのだと信じたかったが、玄川の表情が大真面目だったので何も言えなかった。
そんなことよりも問うべきことは山程ある。
「どうして赤羽と戦わなかったんだ……」
例え相手が華奢な女の子であろうとも、ここは威勢良く玄川の襟首を掴んだりするところなのだろうが、僕の手は軽く虚空を掻いただけだった。
それを見かねた白峰が無駄に声を張って僕に合わせてきた。
「そうそう、それは私もずっと聞きたかったんです」
白峰の様子を見るに記憶喪失は事実みたいだ。それでも僕に取り入って怜悧を剥奪するところまでは計画の内だったようだが――。
「まず、私とそこの腑抜けは貴方や私達が生まれる前から刈谷霊智、貴方の眷属」
言われて白峰と顔を見合わせるが、彼女は口を薄く開いて首を傾げた。
僕もそれに倣って首を傾げる。それを無視して玄川は続ける。
「三年前、貴方は弱冠十四歳にして偉大な操影師だった」
きっと咲夜ならここで『弱冠は二十歳以外認められない』とか意味もなく話を逸そうとするんだろうけど、不器用な僕は真に受けて返してしまう。
「――そんなわけないだろう」
「言葉で信じなくていい。そこの腑抜けのおでこを小突いてみて」
再度僕と白峰は顔を見合わせ、興味本位なのか白峰が前髪を持ち上げて額を差し出してくる。
「ふふ、どうぞー」
仕方がないので僕は伸ばした人差し指と中指を揃え白峰の額にそっと触れた。
「――ッ!」
途端、一度白峰の目は大きく見開き、気を失って僕の膝の上に倒れた。
明らかに不可思議なことが起きているにも関わらず、何故か僕は異常な平常心を保ったまま何もリアクションを起こさない。
「――玄川、白峰はどうなったの?」
「気にしなくていい。すぐに本当の記憶と還って来る」
だったら――。
そのまま自分の指を僕自身の額に当てるが特に何も起こらなかった。
「貴方の記憶はそう簡単には還らない。力と意志が足りない」
玄川は僕以上に平然としたまま、淡々と続ける。
「貴方の武勇伝はその腑抜けにでも後から聞いて。重要なのは貴方がかつて記憶を自ら抹消したこと、それとそこから始まった光照死星の陰謀について――」
――いるみすてら?
そう言えば咲夜はカステラが好きだったなぁ。




