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煉獄ノ陽炎―復活編―  作者: 王加王非
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復活編4-1<不浄な悪魔の不条理>

不浄な悪魔の不条理


 チュンチュンと雀の囀りが聞こえる。

 また怜悧が勝手にカーテンを開けたのか、瞼を貫く朝の日差しを恨みつつ、ゆっくりと身を起こす。

 周囲を見回して漸く昨日のことを思い出す。

 ――ああ、ここは一階のリビングか。

 そこまで察して、自然と僕は天井を眺める。

 スタイリッシュなリフォームなんかされていない唯の天井があった。

 昨夜、少女が隕石のように落下してきた穴は何故かすっかり修復されていた。

「おはようございます。刈谷君」

 極最近聞いたような声が背後から聞こえた。

 そうは言ってもその甘ったるい声の主に怜悧は該当しなかった。

 怜悧のような凛然とした鋭い声色ではない。

 上を向いた首をそのまま上に向け続け、僕の後方に視線を向ける。

 深々と頭を下げて挨拶をくれる金髪の女の子が一人。

 白峰菊理。

「――ああ、うん、お、おはよう」

 単純な二者択一であるにも関わらず、一瞬、それが誰だかわからなかった。

 だが、その口調と行動に理解が付いて行かなかった。

 死神も天使擬きもすんなりとそれをそれとして受け入れることができても、僕には目の前の白峰菊理の行動原理がわからなかった。

「もう少しで朝ごはんの支度ができますけど、まだ寝ててもいいですよ?」

 彼女の第二声が聞こえて漸く事態を把握したのか、横になったまま咄嗟に身構えたが、白峰はそう言ってそそくさとキッチンへと戻っていく。

(全く、その寝坊癖はどうにかならんのか……)

 ――怜悧。一体全体朝っぱらから何がどうなってるの?

(さてね。似非天使が霊智に手を出そうとするか逃亡を謀ろうものなら霊智の身体を借りようとずっと見張っていたのだが……気づけばこの有様だ)

 急に肌寒さを感じて、もう一度布団に包まろうと辺りに手を伸ばすが何も無い。

 代わりに扉の向こうでバサッと衣擦れする音が聞こえた。

 ――あのさ。

(なんだ?)

 ――怜悧って服以外も複製できるの?

(う、うむ、トレースは見た目を真似ているだけの虚構だ。衣服以外にも使えるが、中身が無いのであまり意味が無いぞ? 第一それができたら……吾がこの天井を直している)

 しかし、怜悧は二つだけ複製じゃないものを持っている。収穫機と黎明の鴉羽衣。

 所有権を一時的に僕に渡せばそれだけ実体を持たせることも可能なのだろう。

 ――ありがとう怜悧。

「な、なんのことだ?」

 いつの間にか、怜悧は白い脚をソファの背もたれに乗せて漫画を読んでいた。

 居候が増えてグレてしまったのかとも思ったが、漫画が上下逆様だったので気に留めなかった。

 それよりも、怜悧の複製術(トレース)が見た目だけのハリボテであるなら、やはりこの天井を直したのはもう一人の力だろう。

 昨夜、少女が隕石のように落下してきた入口はすっかり修復されていて、アレは僕の痛々しい妄想だったのだと思いたかった。

「有言実行ですっ」

 いつの間にか、僕の横に立っていた白峰が、そんな僕の思考でも読み取ったのか、ニコッ、と天使のような笑顔をくれた。

「朝御飯の支度ができましたよ?」

 白峰は珀楼の制服の上に若干センスが幼いエプロンを着ていた。

 それは零奈が小学校の時に着ていたやつなので仕方がないのだがサイズが合っていない。

 白峰の体型とのアンバランスさが際立だった。

 だが、諸々のことは特に気にせず、僕はそれよりも優先度の高い白峰の心中を探ることに夢中だった。

「――ああ……うん。いただき、ます」

 自宅の居間をここまで息苦しく感じたことはない。

 半年振りに机から溢れんばかりの食器が並ぶ。

 ここ半年間、生きるための最低限の食事しかして来なかった僕にとって、考えられないような御馳走の数々だった。

(心配するな、毒は盛られてないぞ)

 ――盛られている方がこちらの対応も楽だったんだけどね。

 クレーンゲームのアームにも劣らない不安定な手つきで箸を握る。

 動揺は無い。ただ、理解不能なのだ。

 目の前の料理に、対面に座してニコニコとこちらの箸の動きを見守る白峰に思考が追いつかず、対処が間に合わない。

 算出不可能な答えを追い続けるコンピュータのようになりながらパクっと手前の焼売を食べる。

 とても美味い。

 美味いことには変わりないのだが、何故全て中華料理なのだろうか。

 広東だとか四川だとか僕にはよくわからないが、僕の家の冷蔵庫はほぼ空っぽなのでどうやって作ったのか不思議でならない。

 僕の性分がそんな疑問を言語化することを許さない。

 しかし、僕が無意識の内に箸を掴む右手に力を込め、左手に茶碗をしっかりと持つという行動が、内心不安がっていた白峰の心を安心させたらしい。

「刈谷くん……折り入ってご相談がありましす……あります」

 盛大に舌を噛んだ。

 明らかに痛みを堪えながら無理に作った真剣な眼差しを僕に向ける。

「――クロニクスさんとやらの献上は昨夜丁重にお断りしたはずだけど?」

 遂に来たか、と僕は用意しておいたテンプレ対応で返すが、

「いえ、クロちゃんはもういいです。もうどうでもいいです」

(あァん? 誰がクロちゃんだァ?)

 ――怜悧、ちょっと黙ってて。

「――えっと、じゃあ?」

「私をここにおひて下さい」

「――え?」

 思考が止まる。

 発話が苦手な僕は、咲夜と零奈以外とは必要最低限の会話しか交わしてこなかった。

 必然、コミュニケーション能力は高校生でありながら発達途上である。

 困れば黙る。

 かと言って黙っていれば時間が解決してくれると思っているわけではないし、時間が問題ごと風化させてくれるだろうとか思っているわけでもない。そこまでゆとってはいないはずだ。

「……」

 コンピュータが処理落ちするように、冷静なはずの僕の思考も負荷に耐え切れずに停止した。

「私にできうることならなんでもしまふ! ――します。 刈谷君が望み、私に叶えられることであれば、なんでもっ、何度でもっ!」

 僕がいくら黙っていても白峰は僕の疑問の解答を開示してくれそうになかった。

(ダメだっ! ダメだダメだダメだ)

 白峰の強い眼差しも、怜悧の全身で表現された抗議も僕には届かない。

 咲夜を起点としたたった一つの想い以外、僕の行動は理屈で制限される。

「白峰さん、君をここに住まわせることで君が得られるメリットと僕が被るデメリットを話して」

(霊智っ!)

 契約対処法。

 生前の咲夜に教えてもらったたくさんの処世術の内の一つである。

 こちらが会話を苦手とするならば、婉曲的な質問はいとも容易く交わされる。

 だから、いっそ単刀直入に聞いてみる。

 後はコミュ障ご自慢の観察眼でどうにかしろという術だ。

 そういや玄川もこの話術を使ってきたな。

 まあこれは話術というよりも、話術対策だな。

「ええっと、わかりした。――ではまず、私はクロニクス討伐の任を受けて珀楼高校に転入しました。昨夜の私はここまでの記憶しかありません。でも、私自身の極東降臨の目的は刈谷くんの救済にあります。こっちは完全に私的な目的であったため、上書きインストールされたみたいですね。そして、私が刈谷家に住まわせて頂けたら、刈谷君の救済が迅速に進みます。それでデメリットの方が――」

「――救済って?」

 白峰の言葉を意図的に遮る。

 会話の主導権を絶対に譲らない。

 これが昨夜直伝コミュ術、契約対処法其の四。

 出した質問内容に相手が回答し終えるまでに次の質問を投げる。

 こうして相手が即興でイメージした交渉ルートを崩す。

 ただ、やり過ぎると普通に嫌われる。

「はい。救済というのは不幸過ぎる人に幸福を差し上げるこほ、ことです。具体的には」

 白峰は僕の横槍に再度緊張し、また噛み始めた。

 本来この質問攻めは、愛想良くできなければ非実用的であるのだが、それでは僕にとってお蔵入りになってしまう。幸いなことに白峰は気にしていない。

 それを確認して僕は常人には造作も無い情報収集に全力を注ぐ。

「――う、うん、わかった。デメリットを聞こう」

 発話のタイミングが重要のこの技法は僕には少し負担が大きい。

「あ、はい。刈谷くんの被るデメリットは唯一つ、私一人分の生活費の出費、以上です」

 思っていたよりも早く質問の解答が得られてしまった。

 何か質問しなければ、と思ったところで、思わず声が出た。

「――結局、君は誰なの?」

 この質問だけは自然と口を衝いて出た。

「私は……私は、おそらく天使ではありません。中途半端な天使としての力と記憶はありますが、真実はわかりません」

「君が天使じゃないのなら、僕を救済する使命を果たす必要は――」

「有りませんよ使命なんて最初から。刈谷くんの救済は意志です。紛れもなく私――白峰菊理個人の意志です。最初に言った通り、そもそもの私の極東降臨は私的目的です」

「――わかった。空いてる部屋を使ってくれて良い」

(正気か霊智っ!)

 頭を抱える怜悧の気持ちは解る。

「ありがとうございます!」

 しかし、飛び上がるように席を立ち、僕の手を握る白峰の眼からは嘘を感じなかった。

 実際のところ、白峰は信頼できない。

 記憶の混濁や消失が本当か解らないし、もし事実だとしたら尚のこと彼女の真意は闇の中だ。

 しかし、記憶喪失の犯人を捕まえる名探偵はさぞ心苦しかろう。

 況して状況証拠に頼ったとなれば胸糞悪い。

 第一、

 ――別に問題無いさ。怜悧が居るんだからね?

(むぅうう。それは狡いぞ、霊智)

 二人目の居候の是非について、その境界線は僕の心だけが知る。

 それは案外曖昧だったかもしれないし、線でさえ無かったのかもしれない。

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