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第05話 小鎚

 世の中は不条理に満ちている。そんなことを考えながら、鎧は店の中央で待機している。


『それでは小槌ちゃん。ほんのちょっぴり力を入れてみようね。水を一滴垂らすみたいに、ほんの少しだけ』


『り、了解です』


『どきどき……』


 小槌は篭手に握られた状態で、ほんの少しだけ淡く光る。見ている鎧は心臓がないのに飛び出しそうなくらい緊張していた。そして篭手は鎧にゆっくりと近づき、静かに鎧へ小槌を接触させた。


『ぬわぁー!?』


『鎧様!?』


 ぺこんという間抜けな音と共に鎧は一瞬で吹き飛び、壁にぶつかって停止する。そしてそのままへろへろと戻ってきて、台座に着地した。


『また、駄目でしたね』


『しょぼーん……』


 今行っているのは、小槌の力を制御する練習である。ゼロにすることはできるのだが、それでは武器としては使えない。かといって強すぎる力は被害を撒き散らす。そのための訓練なのだが、今のところ成果はそんなに上がっていない。


 篭手から解放された小槌は鎧の前で制止すると、不安そうに聞いてくる。


『鎧様、私、要らない子?』


『ふっ、そんなことあるわけがない! いつでもこの胸に飛び込んでおいで!』


『鎧様!』


『あ、力を……』


 感極まった小槌は、言われた通り胸に飛び込む。もちろん篭手の注意は間に合わない。結果、鎧は見事に吹き飛ぶことになった。


『あーれー……』


『ご、ごめんなさーい!』


「みなさーん、そろそろお客様が来るからおとなしくしてね」


『はーい』


 見習いの呼びかけに全員が元気に返事を行い、ゆったりとした雰囲気から一転してきびきびと行動する。そして素早く定位置に付いたところで、鍛冶店の扉が軽やかな鈴の音と共に開かれた。





「うーん。いくらなんでもその要求は無茶じゃないか?」


「わらわも父上にそう申し上げた。じゃが、もう会議で決定されたからどうしようもないと言われたのじゃ……」


 今回の来客は、女学生似の現国王直系の姫である。成人している年齢であるにも関わらず、どう見ても子供にしか見えない。出された甘いジュースを笑顔で飲み干し、足をぷらぷらさせるなど、行動も子供っぽい。かといって思考は異なり、現状をしっかり把握している。


 そうでなければそもそも来店できないのだから当然であるが、相対している親方はどうしても見た目で判断してしまう。そのため、がっくりと肩を落とし俯く姫を追い出そうとは考えなかった。


「わらわは見た目から違う。それに加えて成長もしない。遅いのではなく、ここ数年は微動だにしていないのじゃ。気味悪がられるのは仕方がないが、わらわ自身も遠征独立名目で追放されるほどとは思っていなかった。はぁ……」


 姫は尖った耳を触り、深々とため息をついた。


『うう……、なんて可哀想なんだ』


『本当に……』


『はい……』


『そうですね……』


『ぐすん……』


 鎧達も話を聞いて悲しそうに明滅した。すると姫は驚いたように瞬き、ぐるりと店内に視線を巡らせる。そして部屋の隅にひっそりと鎮座していた鎧を見つけ、喜びが込められた潤んだ瞳で見つめた。


「母様の言った通りなのじゃ。……ありがとう」


「お前、鎧達の声が聞こえるのか?」


 親方は思わず驚きの声をあげてしまい、身を乗り出す。姫は振り返ると不思議そうに小首を傾げた。


「ん? もちろん聞こえる。おかしいのか?」


「ああ。あいつらの声は、今まで俺にしか聞こえていなかったからな」


「口伝が歪んでいたのかも……」


 今は亡き母から眠るときに聞いていた話が大半なので、頭の中で作った話と実際の話が混ざっている可能性に気が付いたが、今更どうしようもない。そのため小さくため息をついたところに、見習いがおかわりのジュースを持ってきた。


 今は普通に女の子の格好であるが、親方は何も言わない。百年単位で一緒に居ながら気付かず、胃袋を完全に掴まれた男に今更何かを言う度胸はないのである。


 既に落ちるのも秒読み段階だ。だが見習いは焦らない。精霊は一途であり、とても気が長いのである。


「あなたは血筋的に、鎧さんと深い縁があります。ですから積み重ねられた願いによって、鎧さんに特化した精霊として誕生したんだと思いますよ。だから声が聞こえるのでしょう。一口に精霊といっても、基本的に同種以外とは意思疎通ができません。ちなみに、私には鎧さん達の声は聞こえないですよ」


 見習いは微笑みながら髪をかきあげ、姫と同様に尖った耳を見せる。そうして姫が目を丸くしたのを確認してから、会釈をして離れていった。その後ろ姿を口を開けたまま見送った姫は我に返るとぐるんと首を動かし、きらきらとした瞳で親方を見つめる。


「奥方かの?」


「……ごほん、違う。それより、聞こえるなら良いだろう。念のため注意事項を確認するぞ」


 親方は咳払いをして誤魔化し、契約内容を確認していった。


「……うむ。これで構わぬ。捨てられたとはいえ、今まで育てられた恩がある。だからせめて、王族としての責務は果たさなければならないのじゃ」


 姫は代金を置くと迷わず契約書にサインを行い、契約書は光となって鎧と姫に吸い込まれていった。


「これであの鎧はあんたのものだ。返品なんぞしてくれるなよ」


「当然なのじゃ。死ぬまで手放すつもりはない」


 親方は立ち上がると手を振りながら奥へと消え、姫は少しだけ頬を染めながら笑顔で鎧に駆け寄った。


「うむ。近くで見るとほれぼれするほどの男前なのじゃ。……末永くよろしくお願いいたします」


 姫は姿勢を正して、頭を下げる。そして真っ赤になりながら鎧を両手で触れた。


『男前……。ふっ、お任せください。幾年月が流れても共にあり』


『立ち塞がる困難を乗り越えましょう』


『たとえ挫けるときが来ようとも傍に居て』


『立ち上がるときを待ちましょう』


『たとえ世界が色褪せようとも』


『我らが守ると誓いましょう!』


 最後に唱和した鎧達は、次々と光の粒子となって姫を包み込む。そして光が弾け、小さな姫にぴったりの大きさとなった鎧達が装着された。小盾は背中で、小槌はその下の腰に張り付いている。


「……温かい。これが守られているという感覚なのかの」


『ふっふっふ、俺がいる限り、かすり傷すらつけませんよ!』


「やっぱり鎧殿は男前なのじゃ」


 そうして笑いあっているところに、見習いが静かに近づいてきた。そして姫の後ろに回ると、透明な宝石が付いた黒いチョーカーを首に巻く。


「う?」


「これは新しく生まれた妹への、姉である私からの贈り物です。鎧さん達は脱ぐと守れなくなりますが、この中に入れば問題なく守れます。荷物も入れることができますから、活用してください。汚れませんから、外す必要はないですよ」


『え、そんな便利なものが!? どれどれ……』


 鎧がチョーカーに意識を向けると、全員が光の粒子となって宝石に吸い込まれた。


『おー、確かに守れる』


『装備している品だからですね。これなら十分に休憩もできます』


「これは良い。ありがとう……姉様」


 思わぬ品に姫は相好を崩し、最後に恥ずかしそうに呟いた。そんな姫の頭を見習いは優しく撫でる。


「どう致しまして。それとこちらは他の姉妹からの贈り物です。拠点を定めたとき、その中心に植えてください。生活が楽になります。一気に大きくなりますから、生活し始める前に植えてくださいね」


 差し出されたのは小指の先程度の種子である。姫は大切に受け取ると、一度握り締めてからチョーカーにしまった。


 最後に見習いは姫の耳に唇を寄せ、そっと囁く。


「あなたが鎧さんに感じている想いは、私達精霊にとってはおかしなものではありません。想いによって生まれた存在なのですから、当たり前の感情です。幸せにね」


「……はい」


 姫は両手で鎧を抱きしめ、自信を得た表情で顔を上げた。


「色々ありがとう。会えて嬉しかった。……姉様、行ってきます」


『行って参ります!』


「行ってらっしゃい。またね」


 笑顔で小さく手を振る見習いに見送られ、姫は勇気を胸に秘めて外への一歩を踏み出した。





 そして慌ただしく準備の日々は過ぎ去り、形だけの出兵パレードを経て遠征隊は森の入口へと辿り着いた。今回は帰還不要を言い渡されているため、希望者のみとなっていた。つまり、このまま国に居ても出世が見込めない者や、姫に忠誠を誓った者達だけの部隊である。他、移住希望の村人や技能従事者などの非戦闘員が含まれている。


 そんな者達を前にして、姫は副官を従えて急ごしらえの壇にあがった。その幼く華奢な容姿に、知らない者は不安そうに周囲の者と囁いている。姫はそれを気にすることなく、よく通る澄んだ声で話し始めた。


「ここからは魔物の領域となる。そして今回の遠征の目的は、領域内に新たな国を興すことである。一度入れば引き返すことはしない。ここで別れても、わらわは咎めぬ。だが、入ってから帰りたいと言う者は厳罰に処す。しばらく時間をやろう。良く考え、己で決めよ!」


 最初は静まり返り、やがてざわめき出した。


「そんな話は聞いていない。俺は死にたくない!」


 そして最初のひとりが動き出すと、釣られるように迷っていた者達が動いて集団から離脱していく。その多くは移民希望の村人であった。そして集団が七割ほどに目減りして動く者が居なくなったとき、姫は再び話し始めた。


「良く残ってくれた。わらわはお前達を誇りに思う」


 姫が指で天を指すと同時に、チョーカーの宝石から光が溢れた。そして姫の身体が光に包まれていき、収まったときには銀色に輝く鎧を纏っていた。


『ふっ、決まった……』


『掴みは上々ですね』


「こういうことは、驚かせてこそ効果があるものじゃからの」


 呆然とした表情で見つめられる中、姫は微笑みながら腰の小槌を手に取り、森へ正対する。


「道はわらわが拓こう。皆も遅れずに付いて来るのじゃ!」


『小槌ちゃん。先も長いから、普通程度でね』


『はい。お任せです。小槌、行きまーす!』


 篭手は姫の身体を動かして、光り輝く小槌を森へ投擲した。小槌は当たる木々を根ごと吹き飛ばしながら直進を続けていき、あっという間に集団の前に荒い道が出来上がった。


『おおぅ、ちょっとやり過ぎた?』


「いいや。このくらいでちょうど良い。最初が肝心なのじゃ」


『ただいまー』


「うむ。良くやってくれた」


 姫はその出来に満足して頷き、戻ってきた小槌を手に取り腰にしまうと、隣で森を見ながら呆然としている副官の脇腹をこっそりとつつく。


「これ、早く指示を出すのじゃ」


「……ははっ、工兵前へ! 道を作れ!」


「はっ!」


 副官は矢継ぎ早に指示を出し、集団が慌ただしく動き始める。姫は、呼び水として最初に逃げ出し、迂回して戻ってきた者達に向けて小さく頷くと、静かに壇を降りていった。






 集団は一塊になって前進して行く。犠牲者は居るが、いつもの遠征に比べれば無いも同然であった。


「聞いていたより襲撃が少ないの。やはり鎧殿の威光に恐れをなしたのじゃな」


『いえいえ、今回は小槌ちゃんのおかげでしょう。……むふふ』


『そ、そんなぁ。照れちゃいます』


 姫は先頭に立って道を拓いていく。その力強い姿に付いて来る者達は希望を見出し、士気は高いまま維持されていた。確かに原因は小槌であるが、決してそれだけではないのである。


『ところで、もう少しで拠点として最適な場所に到着します。そこでこの周辺を支配している魔物との戦闘になるでしょう。単独で行くか、連れて行くか、心は決まりましたか?』


「う、うむ」


 篭手の静かな問いに、姫は口ごもって沈黙する。今回の遠征では、強い魔物の気配がするほうにあえて気配をさらけ出しながら向かっている。そして常に固まりながら行動することによって、遠征隊がひとつの生き物として認識するように行動してきたのだ。


 一帯を支配する魔物を倒せば、一時的に遠征隊をその領域の支配者として魔物は認識する。そうすれば安全に暮らせる領域を短期間ではあるが簡単に確保できる。


 だが、連れて行けば戦闘の余波に巻き込む恐れがある。かといって置いていけば、他の強い魔物の餌食となるかもしれない。ここはもう未踏領域。以前に来た鎧達も引き上げたほどの、小槌の力が無ければ立ち行かない場所なのだ。


 そのため選べずに迷う姫に、鎧は明るく声をかける。


『ふっ、いかなる選択がなされようと心配ご無用。以前の我らとは違うのです。今度こそ全てを守り、あの大きな蜥蜴に一泡吹かせてやります!』


『空から来ても私が導きます』


『怪我をしても癒やします』


『そうですね。今回は小槌ちゃんがいますから』


『一撃必殺です!』


 鎧は自信を持って断言し、具足と小盾が賛成する。そして篭手が明るく賛成し、小槌が元気に断言した。聞いていた姫はひとりではないことに気が付き、涙を流した。そうして涙をハンカチで拭き、笑顔で前を見据えた。


「決めた。共に連れて行く。我らの力を皆に見せ付けるのじゃ!」


『御心のままに!』


 鎧達も芝居がかった声で応え、一斉に笑い出した。





 そうして遂に決戦のときは来た。邪魔な樹木は既に取り払われ、遠征隊は邪魔にならないように縁のほうに陣取っている。姫は中央に立ちながら、竜が来るのを待っていた。既に遠征隊は一体の魔物と認識されたため、周囲からは魔物の気配が消えている。そしてここは竜の支配領域だ。不遜な新顔が居座るのを許すわけがないのである。


『……来た! 小槌ちゃん!』


『最初は手加減するのですよ』


『はい。行っきまーす!』


 天空から急襲しようとしている竜に向けて、篭手は小槌を投擲する。


『私も行きます。飛翔翼展開!』


 次に具足が力を解放し、一気に天空へと翔け上がった。先行する小槌はぺちんという間抜けな音を響かせて降下中の竜を上空に跳ね上げると、姫のところへ戻ってきた。


 具足は無理矢理上昇させられた竜を追い越し、篭手に制御を委ねる。


『姉様!』


『はい、確かに。小槌ちゃん、的が大きいですから、ちょっとだけ本気を出してみましょう』


『え、良いの? やったぁ!』


「え? よ、鎧殿……」


 嫌な予感がした姫は鎧にこっそりと話しかける。それに対して鎧はどこか遠くを見つめているような、諦観を帯びた声で答える。


『諦めれば楽になりますよ。大丈夫、俺がしっかり守りますから、被害を受けるのはあの蜥蜴だけです』


『篭手さんなら上手に落としますから、下の人達も大丈夫ですよぉ』


「そ、そうなのか。なら安心なのじゃ……」


 会話を聞いていた小盾ののほほんとした声に、姫は引きつり気味になりながらも笑みを浮かべる。そして追加の質問をしようとしたとき、身体が勝手に動き出した。


『では行きます。力を抜いていてくださいね。制御は私がしますので、安心してください』


『いっくよぉ!』


「え、あ、ま、まだ心の準備が……、ひゃあぁぁぁ!?」


 掛け声と同時に小槌が光を放ち、一気に巨大化する。篭手は小槌を振り上げると、慌てる姫を無視して最大上昇点で停止していた竜へと突撃し、無造作に振り下ろした。


 竜と小槌が激突する瞬間、姫は黒髪紅瞳の少女が、実に良い笑顔で竜へと飛び掛かる姿を確かに見た。そしてぺちんという間抜けな音が一帯に響き渡り、竜は一気に下降へ転じた。


『二回、三回、さーいご!』


 篭手に操られた姫も速度を上げて降下を続け、竜を連続で叩き続ける。そして最後に地面へと叩きつけられた竜に重なりながら地上へ激突する。しかし、姫にかかっていた運動量は鎧の力によって全て無効化され、急降下の影響は物理的には皆無であった。


『ふっ、俺にかかればこの程度は……あれ?』


『あら……』


「う、うぅ……ぐすっ。鎧殿の馬鹿ぁ……」


 姫は初めての急速降下の恐怖で腰が砕け、力なくへたり込んでいた。普通の人なら気絶していてもおかしくないため、上出来と言える。しかし、我慢もここまでであった。着地したことで緊張の糸が切れ、大粒の涙を下敷きにしている竜の身体へしたらせながら、声を押し殺して泣きだしてしまった。


『大変だ! 小盾さん、癒しを!』


『え? はい』


『大丈夫、絶対に助けるから!』


『あの、鎧様? ……落ち着くまで待ちましょうか』


『分かりました』


『はーい』


 そのため鎧は力に不備があり怪我をさせてしまったのかとひとりで慌てふためき、小盾は癒しの光で姫を照らす。そして篭手、具足、小槌は、鎧が落ち着くまで待機したのであった。


 こうして犠牲者を一名ほど出したものの、決戦は短時間で幕を下ろした。後日、泣いたことに関しては勝利の嬉し涙として好意的に解釈され、姫は目を逸らしながらも否定しなかった。


 そして決戦を見た者は、一方的に終わった戦いについて後に語った。『竜が可哀想に思える日が来るとは思わなかった』と。そして聖なる鎧を纏い、王として君臨する姫を心から讃えた。





 親方は鍛冶場にて金槌を振るう。但し、今は小さな金槌であり、作っているものも鍋などの生活道具である。


「いち、にの……。あと二十個ですね」


「なあ、どうしてこんなに注文が多いんだ?」


 見習いの声に親方は振り向き、情けない声をあげる。出来ないわけではないが、いきなり増えたので疑問に思ったのである。その問いに見習いは笑顔で答えた。


「入口を移したからですよ。今の場所は鍛冶工房が少ないので、求める人が多いんです。元に戻しますか?」


「……いや、このままで良い。精霊の加護を自ら捨てたあの国は終わりだ。義理も果たしたから、もう助ける理由もない」


「ですよね。それじゃあ、追加の注文を置いていきますね」


「……」


 どさりと置かれた注文書に親方は困ったように眉根を下げる。思わず他の鍛冶工房はどうしたと言いたくなる量である。


「うちで買うと長持ちするので、結果的に安く済むんですよ。ですから注文の量を減らしたいなら、もっとぼったくらないと駄目ですよ。料金を上げますか?」


「……いや、このままで良い。期限だけはきちんと説明してくれ」


「了解です。今夜はお肉にしますから、頑張ってくださいね」


「ああ」


 見習いは小さく手を振って鍛冶場を後にした。そして最早見習いを手放せない親方は、ため息をついてから金槌を振るうのであった。





「んー、次はあっちじゃな。急ぐのじゃ!」


 巨大な竜の背に乗りながら、姫は行き先を指示する。竜は銀色の鱗を輝かせながら、逆らわずに言うことを聞いていた。


『空からの視察なら、私で良いと思うのですが』


「そうじゃな。しかし、これは権威付けも兼ねているのじゃ。王が竜を従えていると思えば安心感が湧くし、反抗しようとも考えないからの。わらわには威厳が無いゆえ、見ただけで理解できる権威の裏づけが必要なのじゃ。あと何年かして完全に認識が定着し、国内が安定すればこんなことをせずとも良くなる。そのときはお願いするのじゃ」


 具足の疑問に姫は気にすることなく答える。


 この竜は、もちろん小槌によって叩きのめされた竜である。地面に叩きつけられても死んでおらず、心をへし折られて弱ったところに流された姫の涙を鱗から吸収した結果、姫の忠実な僕となったのである。


 おかげで新しい国は懸念されていた魔物の脅威を考えずに済み、徐々に生活も向上していた。


「近しい者なら鎧殿に認められているというだけで十分なのじゃが、さすがに知らぬ者には見ただけではその偉大さが伝わらんからの」


『くっ、我が力、未だ途上なり。精進せねば……』


『さすが鎧様です』


『はい。さすがです』


『すてき……』


『鎧様格好良い!』


『そ、そう? でへへ』


 姫はだらしない声にくすりと笑い、鎧を優しく撫でる。


「わらわがこうして居られるのも、鎧殿のおかげじゃ。さて、そろそろ陽が落ちるから帰ろうかの」


 姫は竜に指示を出して、拠点へと向かう。空から見ると、拠点の中心には巨大な大樹が生えていて、その幹から流れ出した水が川となって周囲を潤していた。その大樹の中が姫の住まい兼王宮となっている。中はとても広く、普通の城がそのまま入る大きさがあった。


 見習いからもらった種を植えたところ、一晩でここまで大きくなっていた。もちろん内部は初めから建物として機能するようになっていた。そして追加変更も可能。実に不思議な大樹である。


「……背の君。ずっと傍に居てくださいね」


『ふふふふふ……』


 不気味に笑う鎧は、小さく紡がれた言葉を聞いていない。少しだけ頬を赤らめた姫は前を向き、夕日に照らされている新たな住まいを優しく見つめる。


 そして竜は大樹の上部へと吸い込まれていった。主を迎えた大樹は柔らかい光を放ち、帰還を喜ぶように梢を優しく揺らしたのだった。


fin.

お読み頂きありがとうございます。

これにて完結です。

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