第04話 小盾
奥から金属を叩く音が聞こえる店内。鎧は目立つ位置に展示されている。使用されている材料が高価なものばかりなので、売れないことには資金が回収できないのである。
『あ、篭手さん見っけ。具足ちゃん発見! ……小盾さん? 小盾さんどこー?』
『えへへへへ……』
声は聞こえど姿は見えず。鎧は浮遊しながら店内を捜索するも、小盾を見つけることができない。それもそのはず、小盾は鎧の背中にぴったりと張り付いているのである。
『篭手姉様。わざと、ですよね?』
『当然です。早く打ち解けさせようと、あえて隙を作る。なんて優しい心遣いなのでしょう』
ちょっぴり不安そうな具足に、篭手は一瞬も迷わず力強く断言した。そのため具足はあっさりと信じ、尊敬を込めて鎧を見つめる。分かっていても欠点を正面から指摘しない。それが夫婦円満の秘訣である。
ちなみに小盾が誕生してから、結構な年月が経過している。
そんな賑やかな店内を、見習いはカウンターに肘をつきながらにこにこと見つめている。酒の肴から侵食を始め、最近食事を任されるようになったので、とても機嫌が良いのである。
精霊の涙を使えば心が弱った相手を己のものにできるが、そんなことをする気は全く無かった。見習いが好きなのは力強い親方なのである。
ちなみに鍛冶師見習いとしての仕事は全くしていない。親方は何故見習いが居るのかをもはや忘れているし、見習いも鍛冶師になりたいわけではないので気にしない。
「……ん。お客様が来るから、そろそろ静かにしてね?」
『おっと、了解です。あ、小盾さんみっけ』
『えへへ、見つかっちゃいました』
聞こえなくてもきちんと返事を行い、鎧は台座に収まった。そこに篭手、具足、小盾が寄り添う。直後に扉が押し開かれ、付けられた鈴が軽やかな音を奏でた。
「また力を誇示するために、魔物の領域へ遠征をしようとしている馬鹿が居るのか」
「はい。幸いまだ要望段階なので、話が動き出す前に学術調査名目で赴き、月の雫を採取して王の病を癒やします。伝説に名高い聖なる鎧があれば、単身で赴き素早く帰還することもできるはずです」
今回鎧を欲した客は、王立学院に所属する学者志望の女学生である。どことなく女騎士と似た凛々しい顔立ちであり、ほんの少しだけ耳が尖っていた。
ちなみに月の雫とは、過去の大遠征にて僅かに発見された、満月のような丸い花に溜まっている万病に効く黄金色の水である。それで国王の病を癒やし、できた時間で後継者を指名し継承問題が起きないようにするつもりなのだ。
『名高い……ふっ、お任せください。私がいかなる脅威からもお守り致しましょう!』
『さすが鎧様です!』
『格好良いです!』
『すてき……』
戯言は無視し、親方は難しい顔で腕組みをする。
「確かに鎧の性能なら奥地へ行っても帰ってこれるだろう。だが、守るのは装着した者だけだから、帰るまで鎧を脱げないってことだぞ。いくら早くても調べながらでは奥地まで十日はかかる。重い物資を持ちながら気を抜けない状態で平常心を保ち、必要なものを採取できるのか? 男でも音を上げると思うが」
女学生の身体は鍛えているようには見えない。どこにでもいる華奢な娘だ。そのため親方は本当にできるのかと上から下まで不躾な視線を向けるが、女学生は欠片も動じない。
「それは、やってみせるとしか言えません。先祖達の努力によってようやく国が力を取り戻したのに、このまま行けば再び衰退するでしょう。末席ですが王家に連なる者として、未来の王に愚かな選択をさせるわけには行かないのです」
『ふおぉ……、何て良い娘さんなんだ。親方、断わっちゃ駄目ですよ!』
背筋を伸ばして、女学生ははっきりと意思を伝える。鎧は感動して明滅するが、背中を向けているので女学生は気付かない。
親方は渋い顔をしていたが、真っ直ぐ見つめる視線に負け、大きなため息をついた。そして用意していた契約書をテーブルに広げる。
「まあ、酷さを覚悟しているなら良い。とりあえず注意事項を確認する」
「大丈夫です。初恋すらまだですから。当然経験はありません」
「……そ、そうか」
顔色ひとつ変えず何でもないことのように言いきった女学生に対し、親方は若干引き気味である。ちなみに鎧は輝きを強めて喜んでいる。
「はい。『願いはひとつ。真摯に想い、誠実であれ。一時の欲で心身を穢すことなかれ。さすれば鎧の意思は誠実に応え、願いを叶えるだろう』一族の娘に口伝される内容です。私はおばあ様から告げられる内容を聞きました。おばあ様は聖なる鎧を実際に着た曾曾おばあ様から聞いたそうです。……契約内容はこれで構いません」
話しているうちに広げられた契約書を読み、懐から金を取り出してテーブルに置く。そしてためらうことなくサインをし、光となった契約書は鎧と女学生に吸い込まれていった。
親方は最近の娘はとぶつぶつ言いながらも、首を振って立ち上がった。
「これであの鎧はあんたのものだ。帰って来られると思うが、過信して無茶なことをしないようにな」
「はい。ありがとうございました」
女学生は立ち上がると丁寧に頭を下げ親方を見送る。そして鎧に近づくと、優しく表面を撫でる。
「私には曾曾おばあ様のように戦う力はありません。ですから全てを委ねます。短い間ですが、よろしくお願い致します」
『ふっ、お任せください。あらゆる苦難を退けて』
『迷いしときは導きの標となりましょう』
『疲れ折れても退かず』
『必ず願いに届かせましょう』
鎧達は光の粒子となって女学生を包み込む。そして光が収まった後には、華奢な身体にぴったりな鎧を着た女学生が立っていた。
「聞いていた通り、服よりも軽いですね。……この小盾は背中で良いのでしょうか?」
『良いのです。それが正義!』
もちろん興味深そうに鎧を検分している女学生には聞こえない。そこに見習いが笑顔で近づいてきて、金色に輝くスプーンと瓶を差し出す。
「いつもその場所に居ますね。必要があれば自分で動きますから気にしなくて良いですよ。それと、これも買いませんか? なななんと、精霊が月の雫を採取するときに使うと言われている月光を固めて作ったスプーンと、同じく雫を保存する瓶です。使うと一度限りで溶けてしまいますけれどね。お値段はこのくらいで」
そんな話は聞いたことがなく実に胡散臭い理由付けであるが、物自体は悪くない。そして見習いが示した金額は、ちょうど懐にある全額である。
旅の予算は別にあるので、今持っている分を使いきっても問題はない。しかし、ぴったりであることが不思議であった。そのため女学生は瞬いてから見習いを見つめ、やがて微笑んだ。
「頂きましょう」
「お買い上げありがとうございます。袋はおまけしますね」
見習いは銀色の小さな袋にスプーンと瓶を入れ、代金と交換する。女学生は袋を大切そうに受け取ると、無くさないように腰のポーチにしまった。
「色々お世話になりました。それではまた」
『行って参ります!』
「ありがとうございましたぁー」
女学生は笑顔の見習いに見送られながら扉を開き、軽やかな一歩を踏み出した。
魔物の支配領域。そこは弱い人を寄せ付けぬ弱肉強食の場所。過去に何度もその領域を削らんと大部隊による遠征が行われてきたが、一度たりとも成功していない。逆に魔物の侵攻によって人の支配領域が減っているのが現状だ。
当然、失った支配領域を取り戻せれば英雄となる。そのため権力闘争の道具として使われるのである。
そんな魔物の領域にて、森の木々を砕きながら巨大な蛇がのた打ち回っている。見れば腹がはち切れんばかりに膨れていて、まだ膨らみ続けていた。やがて限界が訪れた腹は内部から爆発するように弾け、巨大な蛇は事切れた。そして薄緑色を放ちながら飛び出した物体は、森の上空を静かに飛翔していく。
「さすがに今回は死ぬかと思いました。ありがとうございます」
『なんのなんの。この程度は障害にもなりませぬ!』
『さすがです鎧様!』
『すごいです!』
『すてき……』
たまに樹木から飛び掛かってくる魔物は運動量を消去され、驚いたまま墜落していく。もちろん無事では済まず、その後の森は賑やかになっていた。
女学生は領域に侵入してから飛び続けている。道がないので乗り物は使えず、騎乗できる動物は真っ先に魔物の餌となる。それ以前にひとり行動なので余分なものを持っていけない。そのため伝承にあった飛翔する力を借りているのだ。
「次はありますように……」
女学生は小さな声で神々に祈る。今のところ、記録にあった場所は全て空振りであった。簡易的な地図を眺め、上空から探す。それのくり返しである。
『あちらのようですね』
「あ……」
『了解です』
篭手は手を動かして行き先を示す。その場所に具足が向かう。女学生は何もしていないようなものなのだが、任せたままにはしていない。だから篭手は力を貸す。こうして探索は素早く行われていた。
もちろん休まずに飛び続けることはできないので、夜は地上に降りて休憩している。ただ、鎧を脱げないので完全には休まらない。
「……もう、大丈夫です。ありがとうございます」
『さすが小盾さん。頼りになります!』
『えへへ……』
宙に浮かびながら女学生を照らしていた小盾は、恥ずかしそうに点滅してから素早く鎧の背中に張り付く。
満足に眠れず、食事も粗末なものしかない。そんな状況下で日数が経過しても比較的元気なのは、小盾が癒やして肉体の疲労を取り除いているからである。それでも親方が予想した通り、精神的な疲労はどうしようもなかった。
女学生はできる範囲で鎧を丁寧に拭きながら、独り言のように話しかける。声は聞こえなくても、何らかの意思が宿っているのは分かる。さすがに複数とは思っていないが、孤独は随分癒やされていた。
「もう、記録にある場所は全部回ってしまいました。やはり、浅はかだったのでしょうか……」
目的の花は森が開けた場所に生える。故に野営地として最適でもあり、水を失い追い詰められたものが、夜に咲いた花の中に水が溜まっているのを見つけ、意を決して水代わりに飲んだことで発見されたものだ。
遠征隊は学者ではないので、後のことを考えない。そのため、月の雫を採取する以外に花を切り取ったりしてしまい、結果としてその場所から失われてしまったのである。
研究者としての思考を持つ女学生とは、その辺りの価値観が根本から異なる。そのため甘い見込みとなっていた。
そんな女学生の嘆きを聞きつけ、鎧は力強く否定しながら励ますように少しだけ輝きを強める。
『そんなことはありません。その想いが大切なのです!』
『はい。得がたい資質です』
『普通は最初から諦めます』
『ですです』
「……ありがとうございます。明日からはもっと奥地へ行ってみましょう」
女学生は励まされたことを理解し、無意識の不安が減ったことで淡く微笑んだ。そうして心を込めて鎧達を拭いていった。
そうして未踏地に踏み込み、似たような場所を探すこと数日。一昨日、水と食料が無くなったため帰らなければならない最終日に、ようやく一輪だけ発見できた。膝ほどの高さに拳大の白いつぼみを持つ、吹けば飛ぶような弱さを見せる花だ。
「今晩だけ、お願いします」
最終日ということもあり、疲れと焦りから女学生の思考は柔軟さを欠いていた。見つけた以上、離れたところで待機するという選択が思い浮かばない。それでも鎧達は喜んで手伝う。鎧達が動けばもっと良い方法はある。しかし、それは存在意義に反する行為となる。女学生が望まないことを強制したくないのだ。見守りたいと願う以上、それを叶えるのが鎧達の役目である。
『お任せあれ! 誰にも邪魔はさせません!』
『もう少し武器を調達しておきましょう』
『眠くならないように身体能力を活性化しますね』
『今のうちに疲れを取っておきます』
「……ありがとうございます」
通じないが、輝きが強まったので女学生は安堵して微笑む。そして花の前に陣取り、開花を待つことにした。
夜でも魔物は眠らない。そしてここは未踏地であり、強大な魔物の生息地だ。留まれば危険は今までの比ではなくなる。そのため採取で動けなくなる女学生を守るため、鎧達は日が沈む前に準備をしていった。
そして深夜。鎧達は魔物の集団に囲まれていた。それでも女学生には傷ひとつ付かないが、花は別である。女学生は膝立ちになって両手で抱えるように花を守り、開花するのを焦りながら待っていた。襲いくる魔物は鎧が止め篭手が倒していくが、それが更なる魔物を呼び寄せる。
かといって放置すれば花が蹂躙されかねない。そのため倒すしかないのである。小盾が飛び回って魔物の気を逸らしているが、それも時間稼ぎにしかなっていない。
『篭手さん、まだ大丈夫?』
『はい。ですが、急造の武器では限度があります。もう少し経てば通用しない魔物が出てきそうです』
調達しておいた石や木の槍はまだある。しかし、両手が使えないので遠隔操作しなければならず、光で包み込んでも一撃で砕けてしまうようになってきたため、長くはもたない。
『具足、いつでも離脱できるように心積もりをしておきなさい』
『はい。篭手姉様』
今飛翔翼を展開すれば女学生が焦ってしまう。そのため採取が終わるのを待ち、一気に脱出する予定であった。
そんな状況が続いていたとき、強い風と共に地面が揺れた。女学生が恐る恐る顔を上げると、そこには全身を銀色の鱗で包み、丸太のように太い強靭な四肢と尾を持った一頭の竜が翼を広げて見下ろしていた。
「ひ……」
『げ』
『領域の支配者のようですね』
見れば今まで襲い掛かっていた魔物達は、女学生のことを忘れ一目散に逃げ出している。女学生は驚きで固まっていたが、花を守って逃げようとはしなかった。そのため篭手は竜に対して牽制を行い、小盾も気を引くようにわざと目に付くところを飛び回った。
攻撃自体は大丈夫でも、花が駄目になればこれまで守ってきた意味がなくなるのだ。
「あっ……」
そうして守っていると、遂につぼみが開き始めた。そのため女学生は目を見開いて花を凝視する。そして完全に開いた花の中を覗き込んだのだが、そこに水は溜まっていなかった。
「え? どうして……、まさか!?」
女学生は急いで空を見上げる。天空には綺麗な星々が輝いていたが、いつもあるはずの月はなかった。そのため女学生はぺたりと座り込み、開花した花を見る。
『え、え? どうして?』
『名の通り、本当に月の雫だったということではないでしょうか。ですから、新月の晩には採取できないのではと。……鎧様、もうすぐ武器が尽きます』
『う……』
鎧は一瞬迷ったものの、武器が尽きれば花は蹂躙され、ここに居る意味が失われると判断した。そして女学生が茫然自失状態となっているため、望みを切り捨て守るために動くことを決意した。
『具足ちゃん、脱出!』
『了解です!』
「あっ。ま、待って、待ってぇ!」
『邪魔はいけませんよぉー』
小盾が竜を牽制している隙に具足は一気に飛び上がる。女学生が懇願しても聞かず、その場を離れていった。
「う……うぅ……」
『ごめんなさい……』
『私が不甲斐ないばかりに……』
『鎧様、姉様……』
女学生は空で泣き続ける。その嘆きを聞きながら、力及ばず望みを叶えられなかった鎧と篭手は落ち込む。守ることが第一のため選択したことは後悔していないが、それとこれは別問題なのである。そんな暗い雰囲気をかもし出している一行に、牽制して残っていた小盾が合流してきた。
『ただいまです。踏まれると可哀想なので、株ごと持ってきました。はいどうぞ。ちょっとそのまま持っていてくださいね』
目の前に差し出されたため、女学生は嘆きを忘れて反射的に両手で受け取った。そして驚いて瞬いているうちに、小盾は花の上に陣取った。
『優しき星の煌きよ。小さき我に力を与えたまえ。集い来たりて闇夜を照らす輝きをここに』
小盾が輝きを強める中で、女学生は天に手招きをしている黒髪の少女を幻視する。そして少女が振り向いたときに、優しい光を湛える金色の瞳と一瞬視線が交差した。
「あ……」
『おおっ!』
『これは……』
『きれい……』
天空の星々から光が落ち、小盾の鏡面に集束していく。そして裏面の中央に填め込まれた宝石が輝き、白い花を照らした。すると、それまで何もなかった内側に黄金の雫が生まれ始め、見る間に溜まっていった。
そうして奇跡はゆっくりと終わり、周囲は元の闇を取り戻した。しかし、女学生の手の中には、黄金色の水を湛える花がきちんと残されていた。
『はぁ……』
「……」
『ふぅ……』
「…………」
『はぁ……』
「だー! 辛気臭いから出て行け! ここは嘆き場所じゃねえぞ!」
鍛冶場にて、ため息を吐き続ける鎧に、親方は青筋を立てて金槌を放り投げる。しかし、唸りを上げて飛ぶ金槌も鎧には通じず、ため息は継続中である。そのためのっそりと親方が立ち上がったところで、慌てて篭手と具足と小盾が止めに入った。
『お、親方様、落ち着いてくださいませ』
『もう少し、もう少しお時間を』
『お願いします』
親方は篭手達を睨みつけると、鼻を鳴らして椅子に座った。
「お前ら甘やかしすぎだ。女房なんだから、少しは旦那の尻を叩け。増長はしないだろうが、へたれが直らんぞ」
『はい』
『申し訳ありません』
『反省しています』
動揺しながら、そっと親方から宝石を逸らす。まさか、そのへたれ具合が良いとは言えない。鎧の望みで誕生しているので、全員鎧の欠点を愛せるような性格なのである。
「結局うまく行ったんだから良いじゃねえか。しかも今回は偶然じゃないんだろ? 何を嘆くことがある」
『確かに小盾さんのおかげでうまく行きました。ですが、その前に力及ばず望みを切り捨てたのは確かなのです。そのため己の力不足を痛感しているのだと思います』
あの後、無事に月の雫を採取した女学生の尽力により、死の淵にいた国王の病は癒やされた。おかげで欲に駆られた遠征計画は破棄され、鎧達は女学生の手によって返却されていた。
「まったく、いつもふざけているのに、どうしてこんなときは真面目なんだ」
『それが鎧様ですから』
『その通りです』
『格好良いです。ひゃ……』
じろりと親方に睨まれた小盾は、慌てて親方の後ろに回りこむ。そして静かに明滅して、肩こりをほぐしていった。親方はしばらく動かずにいたが、やがて小さくため息をついて後ろを向く。
「……何が望みだ」
『武器を作って頂きたいです』
『……確かに、強い武器があれば力を十全に発揮できます。今回も殲滅できたかもしれません』
望みを聞いた親方は、難しい表情になり腕組みをする。
「俺が真面目に武器を作らないのは、争いの道具になりやすいからだ。昔、俺が作った武器を巡って戦争が起きてな。それ以来作らないことにしている」
ちらりと鎧を見てから、ため息をつく。
「全て回収して鋳潰し、新たに作ったのがあいつだ。だから、あんな変なのが生まれたのかもしれん。そのあいつが力不足を嘆くなら、それは俺の責任だ。補ってやらないとな」
『では』
篭手を真っ直ぐに見つめ、親方は力強く頷く。
「ああ、作ろう。小盾の妹だな」
『お姉ちゃん……えへへ』
喜び飛び回る小盾を横目に見ながら笑うと、親方はゆっくりと腰を上げた。
『はぁ……』
「ほれ、材料が尽きたから最後の嫁だ」
『ふぃ? 最後の嫁?』
嫁という単語にきっちりと反応し、鎧は嘆くことを一旦止める。
鎧の前には、銀色に輝く小槌が置かれていた。子供でも持てる大きさであり、武器と言うよりおもちゃである。太鼓のような鎚の側面には柔らかい炎を模した装飾がされていて、持ち手の柄頭には赤い宝石が填められていた。武器でありつつも、その小さくまとまった姿によって女性らしい愛らしさを連想させている。
それを確認した鎧は、不思議そうに明滅する。
『親方、俺は鎧ですよ。守るものであって、誰かを傷つけるものではありません。たとえ小さくても、武器と防具は一緒になれませんよ』
己の信念に従い、鎧はきっぱりと断る。もちろん親方は予想済みのため動じない。
「何言ってやがる。攻撃は最大の防御って言うだろうが。防御、つまり守ることだ。ほれ、お前と同じだろうが」
『え、え?』
自信を持って断言されたため、鎧は何か変と思いながらも勘違いしていたかなと明滅する。親方は揺らいだ心を見逃さすに畳み掛ける。
「そしてこいつには鞘などの付属するものがない。お前が受け止めなかったら誰が受け止めるんだ。まあ、要らないというなら仕方がない。小盾の妹なんだが、鋳潰すしかないな」
『ちょ、ちょっと待ったぁー! します、嫁にします。勘違いしていましたすみません!』
『さすが鎧様です。心が広うございます。妻として鼻が高いです』
『はい。惚れ惚れする男っぷりです』
『鎧様、ありがとう……』
親方が持って行こうとしたため、慌てて鎧は制止する。そこに飛んできた篭手と具足が寄り添い、小盾がぴったりと背中に張り付いた。
今回は少し無理があるということなので、後戻りできないようにするため親方から指示が出ていたのだ。
『え、え? う、うん。当たり前さ。僕が女の子を見捨てるわけがないですよ! ……ふへへ』
「そうか。なら良い」
説得?に成功した親方は気付かれる前に素早くその場を離れると、椅子に座って背を向ける。そして見習いが作った酒の肴を食べ始めた。
もちろん小槌のことで頭がいっぱいになっている鎧は、親方の挙動に気付いていない。
『勘違いしてごめんね。これからはずっと一緒だから。や、やや優しくするからね……』
すっかりその気になっている鎧は、小槌を優しく力場で包む。そして篭手と具足、それと背中から離れた小盾に見守られて、そっと見えない絆を繋いだ。同時に柔らかい白光が部屋に満ち、静かに消えていった。
鎧の前にあった小槌はひょっこりと浮き上がり、鎧の周囲を飛んだ。そして正面に回ると、左右に揺れながら少しだけ不安そうに名前を呼ぶ。
『鎧様?』
『うん。小槌ちゃん何かな? 安心してこの胸の中に飛び込んでおいで!』
もちろん鎧は自信満々に優しく応えた。そのため小槌は嬉しそうに輝き、鎧へ飛び込む。
『鎧様!』
『小槌ちゃ……ぁぁぁぁん!?』
『鎧様ー!?』
「ん?」
飛び込んだ小槌の打撃面が鎧に接触した瞬間、ぺこんという間抜けな音が鳴り、鎧が後ろへ吹き飛ばされる。そして壁に衝突したが、衝撃を無効化して急停止する。もちろん壁にはひびひとつ入っていない。
『鎧様ぁー!』
『え、なに今の。え? ぬわぁー!?』
そこに心配した小槌が飛び込み、間抜けな音と共に再度鎧は吹き飛ばされた。その光景を見た篭手達は、静かに親方の元へ集う。
「ふむ……非殺傷の吹き飛ばし能力というところか。最初に接触する力場ごと吹き飛ばすから、抵抗できないんだな」
『親方様。対処方法などは……』
「興奮が収まれば、ある程度制御できるようになるだろう。鎧ならあの通り無傷だから問題ない。下手に干渉して鎧以外を叩かれると酷いことになりそうだから、しばらく放置だ。というわけで、俺は危険だから逃げる。お前達も逃げとけ。間違って接触して、壊れでもしたら鎧が悲しむ」
『……ですね』
『はい』
『了解です』
今のところ、鎧の能力によって被害は皆無である。そのため下手な干渉は被害を増やすだけと悟り、篭手達は助力を諦めた。
親方は酒の肴を持って素早く脱出し、その後ろを篭手達もついていった。
『鎧様待ってぇー!』
『待つよ。待つから落ち……。きょわぁー!?』
そして鍛冶場ではしばらくの間、鎧と小槌の理不尽な追いかけっこが続いたのだった。




