第一章 ―9―
その日の夜、布団に横になった私は、元の世界のことを思い出していた。
人に話す時に自分の感情で話して、要点をつかめなくなったら意味がないと、夕月はよくいっていた。だから思い出したくもない過去を、何を話していいのか考えながら整理していた。
私よりもずっと苦しい思いをしてきたはずの夕月は、私よりもよっぽど理性的で、こういう時、話す内容に迷ったりはしないだろう。そもそも話すことは多分ないだろうとも思う。彼は慎重だということもあるが、なにより、こういうことを人に聞かれるのを好まないのだ。
私は結局いつだって感情的で、いざという時の決断に失敗し、いつも道を間違ってきた。それが私だけに与える影響ならば甘んじて罰を受けるだけでも、私の間違いはいつでも、他人を巻き込んできた。
寝返りを打つ。迷い始めると、眠気すら暗い思考に吹き飛ばされてしまう。
咲耶が聞きたい内容は親のことだといっていた。それなら、必要以上のことをはなすこともないだろう。あまり人が聞いていて気持ちのいい話でもないし、話すことに抵抗がある。
でもどこをもってきて話そうか。私の両親への嫌悪感は、全てのことがつながっているからことでもある。話さなければわかってもらえないかもしれない。
「わかってもらえない……か」
ふと浮かんできた恐怖感に一瞬唖然として、自嘲気味にそう呟いた。
分かってもらいたいと思うことが馬鹿らしい。今までわかって貰えたことはなかった。
ならば、わかってもらおうという思考事態が、とても嫌なことのように思える。
「いいさ。どうせ私のことなんか、皆嫌いみたいだしね。話したところで、何もかわらないよ」
溜息をつきつつ、そういって起き上がる。どうにも眠れなかった。
この国に来てから親しくなった常和や煉華は、私に対して敵意を向けてくることもないしむしろ好意的だ。得体のしれない女を置いてくれている志輝や燈樺にも、嫌な印象は少しも感じなかった。
でも、外を歩く度感じる視線や聞こえる悪口は日が立つほどに重くのしかかっている。
常和との喧嘩の後、尚それらはきつくなっていた。生意気な女だと言っている声も聞こえていた。直接的な嫌がらせを受けないだけましなのだろうが。
慣れていると思っていたけれど、続けばやはり辛い。
風にあたれば気分も良くなるだろうと、軽く上に羽織って廊下に出る。夕澄の部屋をでてすぐに見える庭園は、昼間には鮮やかな緑が心を癒してくれる。夜に見たのは初めてだったが、灯篭の穏やかな灯りに照らされたそこは心をほっとさせてくれた。昼間に見れば嫌でも刺さる視線や声も気にしなくてすむ。
行儀が悪いことを自覚しつつ、廊下の縁に座って地面に足をつけると、元気を貰えるような気もする。
ついた溜息すら、穏やかに風景の中に消えていくようだと思った。
「風邪引くぞ、そんな恰好で」
声が聞こえたと同時に羽織を掛けられる。そして横に座った常和は、呆れた表情を見せていた。
羽織のお礼をいうと、気にするなと言われる。
「どうした? 眠れないのか?」
「うん。ちょっと考え事してたら眠れなくなっちゃった。常和は?」
「俺は仕事。夜勤の交代の時間で、部屋に帰るところだったんだ」
「そっか、引き止めちゃったのかな」
常和は気にするなといって笑う。
そして私から庭園に目を移すと、常和は何の前触れもなく話題を変える。
「城の中は居心地悪いか?」
答えられず俯くと、それが答えと取られたようだった。そうか、といって、彼は少し沈黙した。
何か言わなければいけないと思いつつ何も思い浮かばすにいると、常和はそうだよな、ともう一度言葉を発した。
「悪口とかはどうともしてやれないけど、もしも何かされたら言えよ。何とかしてやる」
「……迷惑じゃない?」
「迷惑じゃない。というか、俺のせいもあるしな。酷くなってるだろ、この間のアレから」
常和は苦笑した。アレ、というのがこの間の喧嘩を指しているのだろう。常和が気にしてくれていたということに申し訳なさを覚える。
やはり色々な意味で、あの衝動に任せた発言は問題だったのだ。
「俺があんなに感情的にならなければ、お前にこんな思いさせることもなかったのに」
「あれは私が」
「いや。誰だって、知りもしない人間に知った風な口を利かれたら腹が立つだろ。俺のは、俺個人の感情の問題だ。お前は何も悪くない」
だから気にするな、といって直に、彼は立ち上がる。
見上げると、彼は優しい笑みを浮かべてこちらをみていた。
「とにかく。それ以外でも何か困ったことがあれば、俺か煉華に言えよ。俺達はお前を守ることが仕事でもあるけど、単純に、お前を守りたいとも思ってる。同年代で話せる人間は、俺達にとってかなり珍しいんだ。できれば仲良くしていきたいし、傷ついてほしくもない」
「……うん」
「迷惑なんてありえないんだよ。俺達が力になりたいと思ってるんだから。……さて、俺はもう寝るかな。お前も早めに寝ろよ、朝食食い損ねるぞ」
ぽんぽんと二度私の肩を軽くたたいてから、常和は彼の部屋へといってしまう。
どうしてそんな風に思ってくれるの、という言葉は言わなかった。彼と煉華の思いは私に向けてもらうのは過ぎたもののような気がするが、嬉しいことに変わりはない。
常和と煉華がいてくれたことは、私にとって幸運だったのだろう。
部屋に帰ろうと立ち上がれば、さらりと肩から羽織が滑り落ちそうになって慌てて押さえて気付いた。
「……羽織、返しそびれた」




