第一章 ―8―
城に帰ると、二人は報告に行かなければいけないので、私は自室に篭っていた。暫くそのままで色々と考えながら――夕月は無事だと自分に言い聞かせながら過ごしていると、名前を呼ぶ声が外から聞こえた。
返事をすると、この前聞いた名前が聞こえてきた。
入っていいと伝えると、襖が開いて、この前常和と喧嘩をするまで話していた朔耶が、何かの袋を持って立っていた。
「夕澄様、急にすみません。少しお時間よろしいですか」
「大丈夫。今やることもなくて暇だし、ちょうど話し相手が欲しいところだったんだ」
「よかった。あ、これよかったらどうぞ。城下の、兵士の間で人気の店の大福なんです」
差し出された袋の中身をみると、白い大福が2個入っていた。それを取り出して朔耶に一つ渡す。彼は私のために持ってきたものだからと一度断ったが、一緒に食べたほうがおいしいからというと、お礼を言ってそれを受け取った。
こういうとき本当ならお茶の一つでも出すものなのだろうが、生憎と、この城においてもらっている立場である私の部屋には、茶葉どころか湯のみのひとつでさえ存在しない。どうしようもないので一言謝ると、朔耶は気にしないといって笑った。
「それで、何か話があるんだよね」
「はい。この間お話してからずっと、気になっていることがあるんです。……夕澄様は、ご両親のことがあまり好きではないのですよね」
ストレートに聞かれて一瞬言葉に詰まるが、こくりと頷く。
「個人的なことで申し訳ないんですが……」
朔耶は口にするのをためらうように少し沈黙した。
そして彼が口にした言葉は、私に大きな衝撃を与えた。
「俺は、孤児なんです」
重い口調でそう言った彼に、この前口にした言葉が思い出される。
自分が両親を良く思っていないのは間違いなく事実だけれど、あの時口にしていい言葉ではなかったのだ、と。
自分の失言に言葉が出てこない私に、朔耶は慌てた様子で、気にしないでください、といった。
「両親が亡くなったのは随分前なので、正直あまりよく覚えていないんです。この国は孤児に対して随分良くしてくれているので、俺は幸せだって思ってますよ。
ただ、親っていうのは子供にとって大切なものだってずっと思っていたので、夕澄様の言葉に少し衝撃を受けたんです。俺が考えてる親っていう存在と、実際は随分違うのかもしれないって。だから気になったんです。親ってどういうものなのか」
「じゃあ、それを聞きにきたの?」
「はい。夕澄様にとっての親っていうのがどういうものなのか……よければ教えてもらえませんか。無理にとはいいません。あれだけ常和様と揉められたのだから、あまりいい思い出ではないのでしょうし」
気を遣うように見てくる瞳は、それでも興味の色を隠しきれてはいなかった。それに少し躊躇う。
自分の親を嫌うようになった訳を話す、というのは実は少し抵抗があって、今まであまり他人に話したことがなかった。
一般的によく思われるようなことではないという自覚があったからだ。
例えば同級生ならまだましだ。同い年位の子は、大抵は親にたいする反感を誰しももっている。そこで親が嫌いだといって見せたところで、あまり目立つことはない。対して大人は、反抗期真っ盛りの子供だなぁ、と馬鹿にするような目を向けてくる人間が多かった。そうして、大して事情を聞こうともしないまま、偉そうにお説教をして見せたりする。曰く、親は大切にしなさい、食わせてもらってる身分だろうと。
そうなると、そのうち嫌いだと口にすること自体が煩わしくなっていくから、不満を口にする対象としては大人は最悪だったのだ。
だとすれば、同級生と親が嫌いだと話すということになる。少なくとも、人を選びさえすればそうそう煩くいわれることもない。
だけどもそれが出来ないのは、同級生に話すのには、あまりにも夕澄の家の事情が特殊過ぎたからだった。
幼い頃、簡単に口に出していたあの時、同級生や大人に特異な目で見られた記憶はずっとまとわりつくように頭の中に存在する。
隠すようになったのは、自分を守るためでもあった。
「……やっぱり、駄目ですよね」
迷っていて何も言葉に出来ずにいると、あからさまにシュンと朔耶が落ち込んだ。
その様子に気持ちが少し揺さぶられる。色々考えていたことを、一度深呼吸して振り払って、そして、決めた。
「……いいよ。あんまり多くは話せないけど」
その答えて微笑めば、咲耶は安心した顔をみせた。
「でも、少し時間をくれないかな。……ちょっと整理したいから」
「それは、もちろんです。すみません、嫌なことを」
「大丈夫だよ」
本当は、話したことによって出てくる弊害も考えていた。
どこからどんな風に話が広がるのかわからない。
だから、一つだけ条件をだす。
「ひとつ、お願いがあるの」
「なんですか?」
「私の話を……他の人には話さないでほしい」
勿論、こんな口約束が通用するとは思えない。破られる時には破られるものだと理解している。
でも、私は頷く咲耶を信じることにした。
彼の瞳に悪意は見えなかったからだ。
そう思う、自分の心を信じた。




