第三章 ー25ー
「あ、そうそう。清宝に汐を同伴させることにしたから」
朝食の席。なんということもないというように告げた海斗の言葉に、煉華と私以外のその場にいた全員が箸をとめて彼を見た。
「これで安心して二人を帰せるわ、良かった良かった」
「いや、話が読めないんですが」
説明を求める和馬に対して、海斗が夕澄達への謝罪と償いの名目でと話す。
「裏の事情がどうであれ、表向きは何かしらの罰も必要だろう。清水家から差し出せるのは医術くらいしかないからな。妹が起こした騒動の贖罪のために汐が専属の医者として暫く二人に仕えるという形にしようと思っている。無茶をしがちな蒼龍の姫様には必要だろう? 能力者を診られる医者が」
「汐殿の腕前は?」
「この国で俺の代理を務められる程度には。それに俺に能力の副作用が出た時に診てきてくれたのがあいつだからそちらも保証する。勿論、蒼龍の一族達のための医者、という原則を破らなければ、清宝の医療の方を手伝わせてもかまわない。あとの判断はそちらに任せる」
和馬が海斗から書状のようなものを渡されて、無言でそれを受け取って懐に入れている。どうやら志輝に宛てられたものらしい。私たちは部屋から直接この大広間にやってきたから書状など書く暇はなかったことを考えると、元々海斗は朝の会話がなくても最初からこうすると決めていたのだろう。
書状を受け取っている和馬の方は一言、二言文句は言っている様子だったが拒否している感じはなく、汐が清宝に来ることはもうほぼ決定事項のようだった。
ちなみにこの話、私と煉華は話の流れで朝に事前に聞いていたことである。汐もあっさり了承済で、驚かないようにと一応先に話をしてくれたようだが、私に拒否権はない。もう一人の当事者である夕月にも。
「夕月は驚かないね」
「まあ、ある程度予想はついていたし」
今まで黙って食事を進めていた夕月から返事がくる。
彼は最初こそ海斗の発言にちらと視線を向けたくらいで、あまり動じていなかったことを思い出す。
「妥協案としては妥当だろ。そうでもなければ俺達はいつまでもこの国に閉じ込められるか、あるいはいっそついてくるぞあの人」
「ええ……いくらなんでも」
そこまでするだろうかと言う言葉を飲み込んだのは、ふと視線を向けたら目があった海斗に意味ありげに微笑まれたからだ。無言で視線を夕月に戻す。
別に汐がついてくることに不満があるわけではない。今回の騒動で初めて顔を合わせたが、短い間でも悪い人ではないことはわかっている。能力者の健康状態を診られるのは彼と海斗だけだと彼自身が今朝話していたし、海斗自身がきて清宝でも部屋にカンヅメ状態になるよりかはいい条件だとすら思う。「ようやく帰るお許しが出たとでも思え」と言う夕月に私は頷いて答えて、先ほどから全く箸が進んでいなかった食事に手をつけた。
話の主役である筈の汐は、今ここにはいない。本当は食事を一緒にとることになっていたものの、直前になって一族の他の重鎮達に呼び出されていた。今回の件で彼が先代の能力者の息子だと周りにバレてしまったこともあって、正式に本家の血筋に近しい人間だと公表するという方向で話が進められているそうだ。汐音の方もその関係で少なくとも処刑されることは避けられるはずだ、と海斗が話していた。彼女のしたことを完全に許したわけではないが、どうか彼女も幸せになって欲しいと願わずにはいられない。
「そういえば、今回のこと、察してたなら教えてくれても良かったんじゃないの?」
不満を込めてそう夕月に告げれば、彼は少し口角を上げただけでそれ以上の返答はしなかった。ため息をついて、先ほど和馬から聞いたばかりの騒動の詳細を思い出す。なんてことはない。最初から宰相達は海斗の手のひらの上で踊らされていたというだけの話だ。つまり私と夕月以外は皆最初から知らされていたのである。この国の問題、つまり宰相によってこの国が内部から崩壊しかけているということを。
私達がこの国に着いた時にはすでに国民の多くに犠牲が出ていた。その多くが妖に襲われた者達だった。
この国の漁師は、本来なら妖浄士の討伐によって数も少なく、漁師達もある程度妖を倒せる能力がある者を連れているか、余程無謀な人間以外は比較的安全な範囲での漁をしていた。しかし、宰相によって妖浄士が派遣されなくなってしまったことで、本来漁を行えるはずの場所を妖が埋め尽くすようになってしまった。そしてそんな状況になっているとは知らずに漁に出てしまったものの大半は、二度と陸地を踏むことは出来なかった。
この一連の被害のそもそもの原因、宰相が妖浄士の派遣を止めるという暴挙を行動に移したそのきっかけこそ、異世界から来た人間である夕月の治療のため、しばらくの間海斗が身動きできなくなってしまったことだったのだ。
元々危うい均衡だったから、遅かれ早かれこうなっていただろうと海斗は言っていた。数年前に先代の涼優王から代替わりしたものの、重鎮には古くから仕えているものが多い。いまだ若すぎる王を舐めてかかり、懐柔して権力を得ようとしていたものもいる。その筆頭が宰相であり、更に困ったことに涼優王は優しいが気の弱い人で、彼らの言うがままになってしまっていた。しかし権力を握るのには、王一人を傀儡にするだけでは足りない。邪魔者——つまり王達と同等の地位を持つとされる清水家そのものの地位を失墜させなければ、自分の思い通りには決してならない。
しかし、王と同様の地位を持つ清水家をそう簡単に罠に嵌めることもできずやきもきしていたところに都合よく海斗が動けなくなるような大怪我を負った夕月が現れてくれた。しかも、それが伝説上の存在である蒼龍の一族だという噂まで流れている。清水家を失墜させ、蒼龍の子孫という傀儡すら手に入れることで、涼優だけではなく全世界すら手に入れられるかもしれない可能性を得た彼らは、なんとしてもこの機会を逃すわけにはいかなかったのだ。
そんなことは考えるまでもなく、海斗側にも承知の上だった。
対策をとる必要があったが、国側が妖の討伐に妖浄士を出さないため、清水家に元々いた戦力は殆ど妖の討伐に割かざるをえない。宰相達の動きを察していても戦力が明らかに足りなかった海斗は、清宝に夕月の姉である私がいるという情報を手に入れて、夕月をだしにして協力を求めてきた。そしてほぼ海斗の思惑通りに進んだのが今回の騒動、というわけだ。
察していた夕月と違って、何も知らなかった私は振り回され損である。一人だけ馬鹿みたいじゃないか、とため息をついた時、「この国の事情に巻き込んで怖い思いをさせたとは思うが」と背中から声が聞こえて振り返る。
「こういうことは、お前達の立場上間違いなくこれからも起こることだ。一度しっかり経験しておいた方が心の底から警戒するようになるだろ」
安全もある程度は確保されているわけだしと言って笑っている海斗に、私はもう一度ため息をつく。自らの人生がかかっていた野望をまるで教材扱いされている宰相も気の毒である。同情はしないが。
「しかし夕月はいつ気がついたんだ? お前にだって教えていなかったのに」
「夕澄が宰相に対して良くない感情を抱いていたようだったので。こいつそういう良くないものへの勘がいいんです。それで様子を見ているうちに、なんとなく」
「え、初耳なんだけど。本人知らないんだけど」
「言ってないからな。まあ、これで次からは察することもできるんじゃないか?」
「でも、咲耶くんの時は別に何もなかったのに」
「完全に悪意がある人間じゃなかったってことだろうな。話を聞いた感じでは。つまりお前の弱点はそれ」
まあせいぜい気をつけろよ、と言って夕月はまた食事に戻ってしまった。気をつけろよと言われてもと困惑しながらも、私もまた食事に戻る。確かに咲耶の場合、本当と意味で私を傷つけたいという感情ではなかったのだろうが。
全員の食事が終わると、私達はまたそれぞれの部屋に戻ることになった。帰り支度もしなければならない、と急いで帰ろうとしたがふと思い出したことがあって、また和馬と雑談を話し始めていた海斗に声をかける。タイミングは今しかない。こちらに顔を向けた海斗に、周囲を確認して夕月が既にいないことを確認した後、頭を下げた。
「海斗さん。改めて、夕月を助けてくれてありがとうございました。海斗さんがいなかったらきっと助からなかった。それほど酷い状態だったんですよね、夕月」
「ああ……そのことか」
どこか歯切れの悪い海斗に、私は首を傾げる。照れているというような感じでもない。何か悪いことを言っただろうかと自分の言葉を思い出していると、不安が伝わってしまったのか海斗がそれを否定する。
「感謝は受け取っておく。でも俺としても本当はあまり使いたい力ではないから、複雑なんだ。悪い」
「あ、こちらこそすみません。考えが足りなくて。そうですよね、身体に負担もかかるし」
患者を自分の命のように扱う海斗のことだから、自分の力を歓迎していると思い込んでしまっていた。置かれる立場のこともあるだろう。無神経だったと反省していると、海斗が気にしなくていいと首を振る。
「身体のこととかは別にいいんだ。俺はな。そうだな、これを蒼龍姫であるお前にいうのはどうかと思うけど。人智を超えた力なんて人間はもつべきじゃない。俺はまだ自分の裁量が効くだけマシで、実際、この能力で助かったことも何度もある。嫌な思いをしたことも、幸い多くはない」
海斗はそこで一度言葉を切って目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。そして、これは俺の言葉ではないんだがと前置きをした。
「能力者は世界のために捧げられた生贄で、能力は全人類の身代わりに刻みつけられた呪いだと言った人間もいる。それを思うと、能力を持って生まれて良かったとはどうしても言えない。人の能力を超えるものには本来、代償があるものだ。そんなものは本来ない方がいい。きっと、蒼龍の子孫である限りお前もいずれは知ることになる。できればそんなもの知らずにいて欲しいんだけどな」
海斗は私の肩を叩いた後、「早く戻って帰る支度をしろ、でないとまたしばらく帰してやらないからな」といってどこかにいってしまった。途中から声が震えていたような気がして、和馬に部屋に帰ろうと声をかけられるまで、私はその背中から目が離せなかった。
そしてその3日後、海斗から健康に問題がないお墨付きをもらった私達は、清宝への帰路につくことになったのだった。




