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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第二章―引き寄せられるモノ―
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第二章 ―5―

「ああ、今は皐月の中旬だよ」

「皐月……なるほど」


次の宿での食事中に常和に気になっていたことを尋ねると、現代でいえば5月を表す旧暦の単語が答えとして帰ってきた。

ならば、この世界は旧暦で月を数えるのだろうかと思い、私が知っている旧暦の月を、睦月から師走まで順に言ってみれば、一つ残らず一致すると言われた。

現在が5月ならば、もうそろそろ夏の気配が感じられる頃ということだろう。こちらの世界では冷房もなにもないため、乗り切れるは少し不安な所だ。


「夕澄がこの世界にきたのが卯月の中旬頃だったから、そろそろ一月は経つな」

「なんか色々とありすぎて、そんな感じしないけどね」


この一ヶ月は、いきなり異世界に来て慣れるのに精一杯だったし、化け猫に襲われたりしたものだから、随分と濃い経験ばかりした印象が強く、あっという間に過ぎて行った。

しかもまだこの世界に慣れた訳でもないから、これから年月が経つのもあっという間かもしれない。


常和と雅人は食事を終えるとまたどこかにいってしまった。私も一人で部屋に戻ろうと思い席を立ったが、後ろから肩を叩かれて振り返る。そこにはにっこり笑いながら女性が立っていた。


「女の子がいるなんて珍しい! よかったら少し話さない?」


話を聞くと彼女は隊商に所属していて、この宿の近隣にある村からきたらしい。私はこれから蓮葉に向かう所だということを告げると、表情が曇った。


「私達は自衛手段をもっているけど、貴方は女の子だし、今、蓮葉に行くのは危険だと思うわ。事情は分からないけど引き返した方が賢明じゃないかしら」

「え、どうしてですか?」

「妖が異様なほど大量に都周辺に集まっているのよ。おかげで、近づけやしない」

「妖浄士の討伐とかないんですか?」

「貴方……知らないの? 蓮葉の内部情報。あの国の妖浄士は、何の役にも立たないわよ」


どういうことなのか尋ねてみると、蓮葉の妖浄士が『力を奪われている』状態というのは、割と有名な話なのだという。


「むしろ、現状ちゃんと機能している妖浄士なんて清宝と双絆(そうはん)位だと思うわ。涼優(りょうゆう)だって、それほどしっかりと制度が整っているとは言えないし……でも、やっぱり一番使えない傾向が顕著なのは蓮葉でしょうね。妖に対する意識が違うもの」

「意識が違うって、どういう風にですか?」

「そうね……極端だけど、妖に対する恐怖感が全くないと言ってもいいでしょうね。緑姫様がいらっしゃる国だっていうのが大きいんでしょうけど。依存しすぎちゃってるのよ」


国の間を渡り歩くような隊商とは違い、一般の国民は、国から一歩も出ずとも生活が成り立つ場合のほうが多い。要するに、結界が張られている首都から離れなければ妖の脅威に晒されることもなく一生を終えられる。それが、結界の重要性を薄めることに繋がっているのだと言う。

これが清宝や涼優になると、国土の規模等もあり、結界に守られない村や砦なども多く、またそれらを守らなければ、食糧危機などに陥る事すらあるために、制度がしっかり作られているし、国民も重要性をわかっているから軽視することもない。また涼優は港町ということで、結界から出て漁を行っている人間が多くいるため、蓮葉よりは妖を軽視していないのだという。

ところが蓮葉では、国の生産の要である工芸品等の材料は隊商経由で他国から仕入れているものが多く、他の国ほど、妖という存在に圧迫されない。


「だから結界に甘えすぎて、そのうち、それがあることが当たり前になった。だから、妖浄士なんて必要ない、っていう考えになったのね。首都以外の町が自警団を作っているのは他の国と一緒だけど、他の国は人数は少なくても妖浄士が派遣されていたりするから、防御力の差なんて言わずもがな。殆ど見捨てているようなものね」

「なんか……もどかしい話ですね。でも、それなら、今じゃなくても危険度は変わらないんじゃないですか?」


“今”蓮葉に行くのが危険なのではなく、“常に”危険でなければ、おかしい。そう思って尋ねてみれば、原因はわからないんだけど、と前置きしたうえで彼女は言葉を続けた。


「本来は妖って、一ヶ所に集中することって殆どないのよ。でも、今は集中的に首都周辺に集まっているの。しかも増え続けてる。いつもとは全く規模が違うのよ。それに最近、今までにない速さで周辺の村が全滅させられているらしくて。とにかく、今のこの状態は遥かに異常なの」


そこまで彼女が話した所で、仲間らしい男性に呼ばれて彼女は私との会話を中断して行ってしまった。

この異常事態は、結界が薄くなっている、というのと関係があるのだろうか。それ以前に、妖浄士の存在を当たり前だと思っていた私にとって、そうではない、という事実は衝撃的だった。


「夕澄、お前まだ起きてたのか?」


急に背後から声を掛けられて振り向くと、常和が立っていた。部屋にいないから、と言われたから、どうやら様子を見に行ってくれたらしい。


「明日も早いんだから、早く寝とかないと辛いぞ」

「……うん。あのね、常和」


今女性から聞いたばかりのことを常和に告げると、そんなに広がっている話なのか、と顔を顰めながら返される。

知っていたのかと聞けば、彼はそれを肯定した後に、俺達がいるから大丈夫だ、と微笑む。


「私、妖浄士が当たり前じゃないって、初めて知った」

「清宝は制度がしっかりしているからな。それが当たり前だと思っても、無理はないだろ」

「でも、結界もなくて、助けてくれる人もいない人が、いるんだね。抵抗する事すらできずに……」


常和は、私になんの言葉も返さなかった。

ただ、俯いていた私の視線の先に、彼が拳を握り締めるのが見えた。しかしそれは一瞬で、その手は、顔を上げようとしていた私の頭に乗せられて、優しく数度撫でる。

その手が下ろされて今度こそ顔を上げれば、常和は笑ってはいたが、何だか、それはいつもよりも固い笑みに見えた。気に障ることを言ったかもしれないと謝ろうとするが、その前にそろそろ寝るぞと言われてしまって、タイミングを逃してしまった。


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