第二章 ―3―
「ああ、お前が夕澄か」
ニコニコと笑う男性が私の顔を覗き込んでそう言った。
常和よりもがっしりとした体格のその人は随分と人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。日に焼けたような赤い髪は多少の癖があるようで、短く切られているから、毛先が跳ねてふわふわしている。その様子も、彼の明るい雰囲気を引き立てていて、どんな人がくるかと思っていた私を安心させた。
「俺が柊 雅人だ。よろしくな」
私が宜しくお願いしますと挨拶すると、その人はより一層笑みを深めた。
雅人が帰還したという知らせが届いたその2日後に計画通り蓮葉へと出発することになった私は、今出発するというその場で雅人と初めて対面した。
妖浄士の中で一、二を争う実力者と呼ばれていると煉華に聞いていたこともあり、期待と不安で一杯になりながら待ち合わせ場所である城門の前に常和と共に向かったが、そこに立っていたのは、部下らしい人に気さくに話しかけている青年だった。
常和が私を彼に紹介すると、彼は先程のように私に挨拶してきたのだ。実はもうちょっときつそうな人間だったらどうしようと思っていた私は、少しだけ拍子抜けした。
「話は陛下から全て聞いた。何もわからない世界に来て大変だろう? 護衛役は常和と煉華だが、俺も力になるから困ったことがあればいつでも言ってくれていいからな」
「えっと、はい。ありがとうございます」
「にしても、帰還して2日で出立することになるとはさすがに思わなかったな……。人手不足だとはいえ」
苦笑いしたその人は、それでも本気で嫌がっているようには見えなかった。
「まぁ、今回は討伐って訳でもないからな」
「ですが何が起こるかわかりませんよ。結界が薄くなっている以上、少なくとも緑姫様の身に何かが起きているのは事実ですから」
常和は深刻そうな表情を浮かべる。
「確かに薄くなってはいるみたいだが、完全に消えてはいないからまだ大丈夫だろ。ただこれがもう少し薄くなるとまずいな。急いだほうがいいのは事実だろう。夕澄、馬車の乗降場所までは歩いていくが大丈夫か?」
「私は大丈夫です。……馬には乗らないんですか?」
「夕澄は馬に乗ったことがあるか?」
首を横に振ると、だろうな、と返される。
「初心者が馬に乗るのはきついと思うぞ。コツがいるからな」
なるほど、と思って聞いていると、雅人がだが、と言葉を続ける。
「乗れて不便だということはないだろうから、帰ってきたら常和にでも馬の乗り方を教えてもらえばいいさ」
「俺ですか?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いえ、流れ的にてっきり雅人さんが教えるのかと。夕澄が俺でかまわないって言うなら俺は全然嫌じゃないですけど」
常和がちら、とこちらを見たから頷くと、そうかと言って彼は笑った。
馬に乗る経験なんてなかなかない。常和に時間を取らせてしまうのは少し気になるが、素直に楽しみだと思った。
丁度結界の境目だという馬車の乗降場所は、城下はそれほど遠くないものの、一面には草原が広がっていた。しかし妖が目に見える訳でもないのを不思議に思う。
化け猫の住処から帰ってきたときには燈樺が用意したという馬車で城に帰ったから、結界の外がどうなっているのかを見るのはこれが初めてだった。
「妖がうようよいるのかと思ってた」
「そんなにいたらお前今頃生きてないぞ」
常和が私の発言に苦笑いする。その言葉で私がこの世界に来たとき、妖が出現する所に倒れていたと常和と煉華が言っていたのを思い出す。うようよいなくてよかったと本気で胸を撫で下ろした。
「まあ今のこの状態はこの間俺と煉華が討伐に出たからだけどな。いつもはもう少しいる」
「そっか、そうなんだ」
化け猫に襲撃されてでさえ妖というものがどういう存在なのかわかっていない私にとって、妖が歩いているという光景を想像することは難しかった。
馬車に乗り込んでしまうと、窓が閉じられていて外が見えない。客は私しかいないようで、煉華達がいっていた護衛で生計を立てている人というのも今日は姿がなかったから、前に化け猫の住処から帰ってきた時とあまり状況は変わらない。
少しでも外の景色がみえないかと思い窓を開けていいか聞いてみると、常和に国境を越えるまではかまわないといわれた。
国境を越えてしまえば管轄が違うため、妖がここよりも沢山いる可能性があるらしい。窓から襲われることも想定できるからといわれたので、私はわかったと返事をして窓を開けた。




