二章:三人の王子
シュリウスにとっては地獄のような日々だった。上の弟であるオルスは察しているだろう、父である狂王の仕業に。下の弟のナリアルはまだ五歳と幼い。気づいてはいないかもしれないが、あんなに元気だったというのに、最近ではとてもおとなしくなっていた。
だから母に、王城から逃がされたのも、理由は想像がついた。
きっところされるんだ。だから母上は私たちを逃がしてくれたんだろう。
「パメラさまは殿下たちを守ってくださっているのです」
母の乳母はそうやって泣きくれていた。王城から出たことが無く、体を壊したために城を出た彼女は、王妃に頼まれて王城にある南の塔がぎりぎり見えるぼろ家にたち三人を匿った。王子たちがいなくなったことに、王が気づくかどうかは分からない。だがそうなったときにもし探されたら、見つかればいけない。だからその生活はとても窮屈なものだった。
王城での殺伐とした環境から開放されたナリアルは、その窮屈さも辛いようだったけれど、王城にいるときよりは楽しそうだった。オルスも、読める本が減ったことは嘆いていたけれど、たまに微笑むようになった。
それだけでシュリウスは少し救われた。
けれどあがったのは赤い布だった。
生まれたのは女児だったのだ。
父の行動は予測できない。けれど、女児が生まれたのであれば、手ずから自分たちを殺そうとするはずだ。
シュリウスは今すぐにでも逃げなければならないと、弟たちを起こす。
「ばあや。私たちを助けてくれてありがとう。私たちは行かなければ。ばあやは元の家に戻って、ちゃんと知らないふりをしておくれ。私たちはいつか、母上や妹を救えるようにがんばるから……」
そうしてシュリウスは、顔を強張らせるオルス、ぐずるナリアルをつれて、逃げ出した。知らず逃げ出した先は、男を受け入れぬ魔女の森。
赤い布が掛かった、極光の夜のこと。
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リラメイアの前には三人の青年が並ぶ。
困ったような……笑みを浮かべる、銀髪に紫の瞳をした青年。表情なくリラメイアを見つめる、茶髪に紫の瞳をした青年。憤り、顔をしかめる、銀髪に紫の瞳をした青年。その全員に、雪の精霊の加護痕がある。
「お兄様たち……なのですか?」
「あなたがリラメイアなら、私たちは確かに、あなたの兄だ」
笑みを浮かべる青年が答えた。
「シュリウスお兄様ですか? オルスお兄様? それともナリアルお兄様でしょうか?」
「私がシュリウスだ。この、茶髪がオルス。ふてくされているのがナリアルだ」
それぞれを紹介するのは、最年長のシュリウスだった。
「でも、なぜ? 魔女の森は男性を拒絶すると聞きます……お兄様たちはなぜ生きて……なぜここに、魔女の家にいらっしゃるのですか?」
「魔女も言ったとおり。話せば長い。ただ、そうだな。簡潔に話そう。私たちは魔女に命を救われ、ここに住むことを許された。無条件じゃないけれど」
「いったい、どういった条件で……」
「それは言えない。その条件は言えないし、私たちはこの森からは出られない」
断言するシュリウス、リラメイアから目をそらすオルス。
リラメイアはどういった表情をしていいのか分からず、兄たちと魔女をうろうろと見つめていた。
「いろいろと話すことはあるんだ。だが、」
「……お兄様、お兄様! 聞いていただきたいのです、お兄様たちにわたくしは、謝らなければ!」
兄たちの姿を見たときから溢れる涙を止めることも拭うこともせず、リラメイアはその場に跪いた。
兄たちがもし、一人だけでも生きていればずっと言わなければならないと思っていたことを、言わなければならないのだ。
「生まれて、申し訳ありませんでした……! わたくしが生まれたばかりに、お兄様たちは、幼いうちに城を出なければなくなり、わたくしはそれを知らずにのうのうと、この年までぬくぬくと生きておりました!」
知ったのは本当に些細なことだった。
父の勘気を恐れ、リラメイアが十のときに亡くなった母の部屋にこもることはよくあることだった。そんなある日見つけたのだ。母が大事にしていた長持の奥に隠された、三着の小さな男物の上着。なぜこんなところに男物の上着があるのかと、メイドに聞いて初めて……メイドは恐る恐る、教えてくれたのだった。
間違っていると思っていた、父親の言動。
正さねばならないと誓ったのはこの時だった。それが出来るのは、それでも父が唯一、大事にする自分しかいないのだ。
殺さねばならないと思った。それができるのも自分しかいない。
しかしセラスヴァーノの血統はこの国の支えであり、天候を支えている。存在することが悪である父親を殺したとして、自分が無事に生きながらえるとも思えないし、そもそも生き続けていいとも思えない。
それならばどうすればいいかと考えたとき……その代わりにもし、万が一に、兄が一人でも生きていればどうだろうか?
恨んでいるだろう。父を。自分を。そのすべてを兄の望みどおりに叶えていい。生きてさえいてくれれば血脈は永らえる。
――だからリラメイアは、王を殺すよりも先に、兄たちの生存を願って、彼らを探すことにしたのだ。
それは思っている以上に大変なことだ。彼らの足取りを探した。兄たちを満足に助けられなかった自分を恥じた母の乳母を捜し、話を聞くのは、父の目を盗んだ中で大変だった。そして魔女の森に消えたことを知れば、絶望を覚えながらもその森に進んだ。父の目はここまできたら誤魔化せない。戻ったときにどんな目にあおうと、そのときに父を殺すと誓い。
森で死んだなら、それはそれで良いのかもしれないと、自棄にもなりながら。
そうして、まさか三人の兄全員と会おうとは思いもしなかったから。
もはや言葉にならぬほど嗚咽するリラメイアの、肩を支え、頭に手を乗せてくるのは、オルスだった。
「オルス、お兄様」
「僕たちは……僕と兄上はお前のことを憎んでないよ。ナリアルはばかだから、ふて腐れてるけど。ただ生まれて、父を殺すと叫ぶ君を、僕は憎んでいない」
「そうだね。私は父を憎んだけど、母や妹である君を、周囲の人をどうこうと思ったことは無いな」
「憎んでくださっていいのです、」
「違う、逆なんだよ。こんな幼い君に父親を殺させる決心をさせて、なにもせずただ十五年ここで生き続けていたのは私たちなんだから」
「兄上の言うとおり。リラメイア……申し訳なかった」
涙に歪む視界で兄を見やる。母に似た相貌のシュリウス。父に似た相貌のオルス。初めて会ったのに、家族であると分かる彼らに、リラメイアは泣きついた。
「ナリアルは許せないの?」
「うるせえ」
そんな三人を憮然と見ているのは第三王子のナリアルだった。
美女がからかうように声をかけるが、彼は吐き捨てただけだ。
「子どもねぇ」
美女は肩をすくめ、魔女は短く笑った。




