旅立ち
「生きて帰さないから」
魔王の城の屋根を、月明かりが照らす。
人を殺そうとしてる私の心は、不気味な程に落ち着いていた。
面白い物も最近は見つけられず、ひたすら仕事をしていた。その甲斐あって、お金は私生活には問題無いくらいには貯まった。ギートとマイスとも仕事に行くようになって、その時に国の内情に付いて少し説明してもらった。
二人は色々な所から情報を集められるから、国のことについても多くのことを知っていた。魔王のことも。
そこで聞いたけど、先代の魔王は誰かに呪いを掛けられた影響で床に伏せてしまったみたいだ。医師達が分からなかったのは、その呪いを掛けた犯人がその中に居たから。すこし考えれば分かることだった。
「ラムネちゃんを狙っている奴も、その中に居るの?」
「ああ、居る。誰かは未だに特定出来ないが、確実にな。だが、そいつをどうにかしよう何て考えるな。お前じゃ、歯が立たない」
「そうだな。テイルがいることを踏まえても、お前じゃ一発浴びせられるかどうかって所だ」
マイスの言葉に、ギートも同調した。
「そっか。勝てる云々は置いておいて、見当は付いてるの?」
その質問にギートは少し間を開けて、護衛隊長が一番怪しいと言っていた。
帰ったら観察しに行こう。訓練とかしてるなら、兵を纏めてる奴がそうだろうし。ついでに、どれくらいの力を持っているのかも見ておかないと。
仕事から帰ってきて報酬を山分けした後解散し、それぞれ泊まっている宿に向かう。
今は昼を少し過ぎた辺り。まだご飯の途中かも知れないけど、見えない様にするから気にすることはない。
テイルにも付いてくるか聞いたら即答して、早速向かう。
城が建っている辺りに来て、周りに誰もいないことを確認してから不可視の結界を張り中へ。
どこで護衛の人達が訓練をしているか知らないから、何処に行けばいいか迷ったけど、かけ声みたいなのが聞こえたからそっちに向かった。
そこでは、ざっと見ただけでも百人位の兵がいた。中には女性もちらほらと。
その集団の前に立ち指示をしている男が一人。多分、そいつが隊長なんだろう、他の兵とは鎧が違う。誰が見ても装飾過多だ。
「これなら楽勝だね」
「あかねがやらなくても、わたしがやるよ?」
「駄目。貴女が手を汚す必要なんて無い。そんなことは、私がさせない」
これだけは、何があっても譲らない。
取り合えず夜にまた来て、何か怪しい所が無いか確認しよう。
一旦、戻って、夜になるまで待った。
「そろそろ行こうか」
「うん」
城に向かい、不可視の結界を掛けて再び城に入った。
護衛を真面目にする気は、これっぽっちもないらしい。
隊長の魔力を辿って着いた、ある一室の前。中からは話し声が聞こえた。
「それでは、明後日の晩に、魔王を殺してくれるのですね?」
「ええ。報酬さえ払ってくれるなら、どんな者であろうと殺して見せますよ。ですが念の為に、こちらは七人で赴きます。寝ているとは言え、相手は魔王ですから。そちらは誰も近づけないよう、頼みますよ?」
「勿論ですとも。フフ、アイツが消えれば、この国が私の物になるのも時間の問題。いやはや、楽しみです」
「随分と気の早い方だ」
「いえいえ、信頼してこそ、ですよ」
ラムネちゃんを殺すことについてだった。
二つの内一つは、昼に聞いた声と同じ。確定だ。数も分かったし、今から城の敷地内で監視しておこう。
律儀に明後日来るか何て分からないし。
ラムネちゃんの部屋に近い屋根に座って、空を見上げる。国の内情なんかとは違って、綺麗だった。
「どの国でも、結局人は人か……本当に、下らない」
「あかねは、くだらなくなんかない」
「……ありがとう、テイル」
ありがとう。
それから監視を続けたけど、その夜には来なかった。
次の日も。
そして、今日。時間は、夜十一時。
「来た」
どこかで複数の人が動く気配がした。不可視の結界を維持したまま、訪れを待つ。
約十分後、全身を黒いローブで包み、簡素な仮面を付けた七人が屋根の上に来た。
なんでわざわざ、屋根に来るかな。普通、窓から入ったりするんじゃないの? まあ、いいや。
「待ちくたびれたよ?」
誰かいるなんて思っていなかったのか、警戒を始める暗殺者達。
「ここだよ、ここ。分からないの? それで暗殺者なんだ?」
「誰だ!?」
「あんたらに名乗る訳ないでしょ」
テイルを残して結界から出る。
「生きて帰さないから」
「何者かと思えば只の小娘ですか? 貴方たち、相手をする必要は有りません。魔王を殺しましょう」
「相手の力量も分からないんだ。ホント、よく暗殺者なんてやれるよね? もう、笑っちゃうよ? しかも、こんな小娘の言葉でイラつくなんて」
後ろで構えていた四人が、私の言葉に肩を揺らした。ホント、この程度で感情に揺らぎを見せるなんて。冷静を保てない奴が、暗殺なんてするなっての。
「掛かってくるなら、掛かってきなよ? 殺してあげるから」
完全に切れたらしい四人が、リーダーの制止聞かずに斬り掛かってくる。
こっちに来たときからずっと抑えていた魔力を解放する。制御できるかどうかなんて今はどうでもいい。こいつ等は、絶対に殺す。塵も残さない。
魔力の波動で落ちた四人と、後ろの三人。全員が、体を震わせていた。
何も言わずに放った火は、今までの比じゃなかった。テイルよりも大きい。
四人を飲み込むだけに留まらず、後ろの奴らも燃やし尽くした。
リーダーは、防御の魔法でも張ったのか無事だけど、他の六人は焼滅した。
「どうするの? みんな死んじゃったよ?」
どうして、こんなに落ち着いていられるんだろう?
「まさか、そんな力を持っているとは思いませんでしたよ。仕方有りません。今日の所は――」
「生きて帰さないって、言ったよね?」
今まで出したことが無い低い声で言うと、リーダーは息を詰まらせた。
殺気も魔力も、全てリーダーに集中させるだけで、一切動かなくなる。
「この程度なんだね。それじゃ、殺してあげるから、ラムネちゃんを狙ったこと、後悔しながら死んで」
巻き付けた風の魔力を、刃の形へ変える。
「ヒ! 止めろ! 来るな! く――ッ!?」
その耳障りな声を聞きたくなくて、一足跳びに胸を貫く。
断末魔を上げることもなく、男は息絶えた。
腕を引き抜き、魔力を抑えていくと、風も霧散した。
風を纏って居たから、腕が血で濡れることは無かった。
「テイル、もう少し待ってて……隊長を、始末してくるから」
「……うん」
死体はそのままにして、少し離れた位置にある窓から入る。
殺した……人を。
肉と骨を貫く感覚。風を纏っていても、確かにあった。
千切れて、砕いて。
噴出した血が、ひたすらにリアルで。……キモチワルイ。
嫌悪感を振り払って、一昨日の部屋へ。辿り着き、ノックをする。
暫く待っていても返事は無かったから、多分寝てるんだろう。
風を纏わせ、扉を斬る。結構大きな音が出ちゃったけど、ラムネちゃんの部屋は遠いから聞こえない筈。
この音で、隊長は起きたみたいだけど。
遅いよ。アンタも、あの人達も。
「だ、誰だ! お前は!?」
「こんばんは。ラムネちゃんを殺したい、隊長さん」
「フ、フン……何のことだ?」
「いいよ、誤魔化さなくて。一昨日、ちゃんと聞いたから。だから、黙って死んで」
早く帰りたい。
「今ね、私、怒ってるの? せめてあんたを殺さないと、この国も壊してしまいそうなんだ」
テイルの温もりを感じたい。
「でも、そんなことしたらさ、ラムネちゃんまで危ないでしょ?」
夢の中に逃げたい。
「けど、護衛隊長のあんたが死ねば、全部、丸く収まるから」
この黒い感情から、逃げ出したい。
「いいよね? 護衛隊長ってことは、魔王と国を守るってことでしょ?」
だから――。
「く、来るなっ! 近付くっ……?」
早く殺させて。
「さよなら、隊長さん」
「……ゴハッ……な、ぜ……」
胸を貫かれ、隊長は呆気なく死んだ。
穴が開いた胸から噴出した血が、体に掛かる中、静かに倒れた隊長が動くことは無かった。
「……帰ろ」
不可視の結界を掛けて、屋根の上に戻る。
「おかえり」
「テイル……」
「よごれてる。早く帰って、おふろに入ろう?」
「うん、そう、だね……」
けど、宿に戻った私は、途端に意識を手放した。
それから数日。
予定を考えていると、またスカートが引っ張られた。そこには、ラムネちゃん。
「おはよう、ラムネちゃん。今日は、どうしたの?」
「……大事な、話があるの。部屋に来てくれる?」
「うん」
今日は赤面することが無かったから、本当に大事な話なんだ。内容は、まあ、あの日のことだと思う。
魔族は、魔力に敏感だ。あの時、少しでも目が覚めていたなら、分かるだろうから。……嫌われちゃったかな?
「あかね・・・」
「大丈夫だよ、テイル。後悔は、してないから」
まだ、感触は強く残ってるけど。
無言で進むラムネちゃんに続くこと数分。城に着き、部屋に通される。
今日は、ラムネちゃんはどこかに行かず扉の鍵を閉めて、私達と向き合う形で座り、要件を話し始めた。
「最初に、お礼を言っておく。守ってくれてありがとう。アカネが来てくれなかったら、わたしは死んでた」
言葉が出なかった。
まさか、感謝されるとは思ってなかったから。
「……アカネ?」
「あ、ごめん。お礼を言われるとは思ってなかったから」
「アカネは、会って間もないわたしを守ってくれた。とても嬉しかった」
「……ラムネちゃんなら、アイツ等を撃退することなんて、簡単だったよね? どうして、出来なかったの?」
疑問はあった。
幼くても、ラムネちゃんの持つ力は強大な物だ。間違っても、あの程度の連中じゃ殺せない。
仮にも護衛隊長。仮にも暗殺者であるアイツ等だって、それは分かっていた筈なのに、予定通り、行動を起こした。
「あの日の食事全部に、特殊な毒が仕込まれていたから」
「どんな?」
「一定量に達しない限り死なないけど、その値を超えたら、後は時間の問題。でも、強すぎる魔力を浴びれば、たちまち消える」
「え……じゃあ」
「うん。だから、ありがとう」
「そう、なんだ……そっか」
私が、魔力を解放したから、それで、ラムネちゃんの毒を殺せた。
「でも、結局、動けなかったから、アカネの手を汚させてしまった。そのことは、悔やみ切れない」
笑顔は暗い物に変わって、ラムネちゃんは頭を下げた。
「え、い、いいよ、そんな……私が、勝手にしたことだもん」
「だから!」
「は、はいっ!?」
「びっくりした」
私も。ラムネちゃん、そんなに大きい声も出せるんだね。
「わたしを、連れて行って!」
「――――はい?」
揃って間抜けな声を上げてしまう。いや、あまりに予想外過ぎて。
「わたしは、外の世界を見たい。だから、アカネ達に付いて行きたい。アカネがわたしを守ってくれた様に、わたしもアカネを守りたい!」
ラムネちゃんは、ひたすらに真摯だった。
赤と青の瞳が、真っ直ぐ私を捉える。
「国は? 住民は? 政治は?」
「信頼に足る二人に任せてる。彼らも、アカネとテイルなら信頼できると言ってくれた」
「本当に、大丈夫なんだね?」
頷きは、確かなもの。
テイルに目を向ける。大丈夫と、その瞳が言っていた。
「分かった。一緒に、世界を見て回ろう。ラムネちゃん」
あの時の様に、腕を広げる。
一瞬きょとんとした顔をした彼女だけど、すぐに、満面の笑みを浮かべて
「うん!」
胸に飛び込んできた。
「あうっ!」
「あ……」
「すごいおと、した」
したね……。
「えっと……大丈夫?」
「なんとか。……これから、よろしくね? アカネ、テイル」
良かった、大丈夫みたい。
「うん」
「よろしく」
この国が、これからどうなるかは分からない。でも、ラムネちゃんが無事ならそれでいいし、この娘が信頼できると言う彼らに任せれば、心配は少なくて済む。
いつか、また此処を訪れた時は、ラムネちゃんが安心して暮らせる国になってると良いな。
「それじゃ、準備をしたら早速行こうか」
「うん! もう出来てるよ!」
「え、そうなの? 早いね? でも、荷物は?」
ラムネちゃんの周りを見るけど、何処にも荷物らしき物は無かった。
「空間に仕舞ってるの。制限が無いから、いくらでも入るんだよ? ほら」
と言って右腕を横に伸ばすと、その腕がどこかに入っていき、出てきた手は巨大な鎌を持っていた。……私にも使えないかな?
「アカネ達の荷物も入れられるし、お金とかも入ってるから」
「ホントに便利だね……それじゃ、出発しようか。テイル、ラムネちゃん」
「うん!」
頷いた二人と共に、不可視の結界を纏って外に出る。
宿の女将さんに、お世話になったお礼を言ってから、テイル達と一緒にレンドキアを後にした。
「さて、これからもっと、面白くなるよ? 目一杯、楽しんで行こうね?」
「おー!」
こうして新たに、ラムネちゃんが加わった私達は、面白い物を求めて歩を進めた。