逃走 上
『追跡を開始します』
その声が響いた瞬間。
全員が動いた。
考える時間などなかった。
目の前にいるのは、白い仮面をつけた存在。
そして、その標的は――。
【朝霧直人】
直人は画面を見つめた。
「……また俺か」
自分でも分かっていた。
このゲームが始まってから。
自分は何度も中心に置かれている。
蓮の記憶。
7人の中で最も重要な人物。
だから狙われる。
でも。
納得できるわけがなかった。
「直人!」
大和の声で我に返る。
「今は考えるな!」
直人は走り出した。
廊下を曲がる。
階段を下りる。
後ろから音が聞こえる。
――カツン。
――カツン。
――カツン。
鬼の足音。
その音だけが、ずっと追いかけてくる。
直人は振り返った。
白い仮面の鬼。
距離はある。
なのに。
なぜか安心できない。
むしろ。
近づかれている気がする。
「おかしい……」
黒崎が呟いた。
直人は横を見る。
「何が?」
「普通なら、走るはずだ」
黒崎は鬼を見る。
「でも、あいつは走っていない」
確かに。
鬼は歩いている。
ただ歩いているだけ。
なのに。
追いついてくる。
「理由がある」
黒崎は続ける。
「俺たちが逃げる方向を予測している」
直人は息を呑む。
ただ速いだけじゃない。
考えている。
まるで。
自分たちの行動を読んでいるように。
その時。
スマホが鳴った。
――ピロン。
【ゲーム開始から5分経過】
【感染者:0名】
直人は画面を見る。
まだ誰も捕まっていない。
しかし。
安心はできなかった。
鬼はまだ。
一度も本気を出していない。
その瞬間。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
直人が横を見る。
白い仮面。
いつの間にか。
すぐ近くにいた。
「っ!」
直人は反射的に後ろへ下がる。
鬼の手が空を切った。
あと少し。
あと少し遅ければ。
触れられていた。
「今の……」
美月が震える。
「瞬間移動みたいだった」
誰も答えられない。
鬼は何も言わない。
ただ。
再び歩き始める。
その姿を見て。
直人は思った。
この鬼は。
焦っていない。
逃げ切れないと分かっている。
その時。
校舎の反対側から叫び声が響いた。
「誰か!」
全員が振り返る。
「助けてくれ!」
石田涼介だった。
直人たちは急いで向かった。
そこには。
壁にもたれかかる石田がいた。
「石田!」
黒崎が近づく。
「何があった」
石田は震えながら答えた。
「……分からない」
「気づいたら……後ろにいた」
直人の背筋が冷える。
鬼は。
見えない場所から近づいた。
石田はスマホを見る。
「……見てくれ」
画面には。
【石田涼介】
【感染率:15%】
その数字が表示されていた。
全員が黙った。
15%。
まだ大丈夫。
でも。
0ではない。
確実に。
終わりへ近づいている。
石田は呟いた。
「俺……消えるのか?」
誰も答えられなかった。
直人は拳を握る。
「消えさせない」
石田を見る。
「絶対に」
しかし。
その言葉を聞いていた誰かが。
小さく呟いた。
「でも……」
「直人が狙われてる限り」
「一緒にいる奴も危険なんじゃないか?」
空気が止まった。
誰も言わなかった。
でも。
全員が考えていた。
直人の近くにいるから。
危険なのではないか。
その疑いが。
少しずつ広がっていた。




