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第1話 どうして僕が貴族見習いに?

初回は4話投稿、5話からは1日おきに20時に投稿します

 ーー暗いトンネルを抜けると唐突に現れる広い草原の中にその王国はある。

 小国だが湖にたたえられた豊富な水と肥沃な大地に恵まれ、安定的な治世の下、慈愛に満ちた王族と王に忠実な貴族が領民を思い、領民は王族を慕い、その幸福度は世界一であると言っても過言ではない。

 その国の名前はローデシア王国。ぜひ、もう一度訪れてみたいと切に願っているが、その国へ至る道をどうしても思い出せない―ー


  山口太次雄 著 「ローデシア王国訪問記」より



 ごくごく普通の日本の高校生だった僕の人生が一変し、貴族の道を目指すことになったのは、僕が高2になったばかりの四月のある日のことだった。たしか、あの日はぽつぽつと篠突く雨が降る少し肌寒い日だったと思う。


 僕は、いつものように学校帰りにスーパーに寄って夕飯の買い物をした後、家に帰るために多摩川沿いの道を歩いていた。


「あれ?あの子どうしたのかな?」


 多摩川にかかる橋の下、小さな女の子が赤いランドセルを横に置き、何か黒いものを抱えながらしゃがみこみ、沈んだ顔をしている。

 傘がなくて困ってるのかな?


「どうしたの?傘忘れちゃった?」


 そろそろ暗くなってきたし、小さい子が一人で危ないよな、と心配しながら声を掛けると、その子は顔を上げた。


 その顔を見て驚いた。金髪碧眼の西洋人形のような顔。なんと外国人さんだったか!!


 その子は碧い瞳でじっと僕を見つめた後、少しためらいながら口を開いた。


「お兄ちゃん、買ってくれない?」


「えっ?買うって何を?」


 ドキリとして思わず後ずさると、その女の子はランドセルの中をゴソゴソと探り出した。


「国語の教科書とか……」


「それ売っちゃうと先生に怒られるよ」


「じゃあ、たて笛か体操着」


「いや、お兄ちゃん変態じゃないから。というか喜んで買うような危ない人もいるからそんなこと言っちゃだめだよ」


「じゃあ、わた……」


「お~っと!それ以上は言わせないよ~!」


 なんか変な子に話しかけちゃったな…と少し後悔し始めた。何かのごっこ遊びに付き合わされてるのかな?


「じゃあ、しゃくい、とか……」


「『しゃくい』?なにそれ?それっていくらなの?」


 僕の質問にその子は首を傾げた。


「う~ん、リサは『さいていでもいちおくえん』って言ってた」


「1億円!さすがにそんなには出せないな~」


 やっぱり子どもの遊びだったか…そう思った瞬間、その子の顔に暗い翳が差していることに気づいた。

 ただの遊びじゃなくて、何か事情があるのか?


「ねえ、どうして何か売ろうとしてるの?お金がいるの?」


 その女の子は腕に抱えた黒いものに視線を落とした。よく見ると黒い子猫のようだ。小さくみゃ~と鳴いている。


「もしかしてその子猫にご飯をあげるためのお金がいるってこと?」


 女の子は小さくこくりとうなずいた。


「なんだ……じゃあお金は渡せないけど、これだったら……」


 僕はエコバックからさっき買ったばかりの牛乳を取り出し、折り紙で紙皿を作ってそこに注いだ。黒い子猫は女の子の手からするりと抜け出し、そのミルクを舌で舐め始めた。


 かわいいっ!!

 よしっ、大サービス。夕飯のおかずに買った唐揚げもあげちゃうぞ!!

 塩分とか心配だから衣を外してっと……おおっ、気に入ってくれたようだ。よしっもう一個あげよう。


 僕が子猫の餌付けに夢中になっていると、いつの間にか女の子が立ち上がっていた。


「お兄ちゃん、お名前おしえて」


「ああ、山口一郎だよ。君の名前は?」


 しかし女の子は僕の問いには答えず、黙ってしゃがみこんだ僕の前に立ち、肩にたて笛をあてた。


「貴殿の優しさを謝し、ローデシア王国の女王ローザマリア・ローデシアの名の下に、山口一郎を騎士に任じ準男爵に叙爵する」


 急に大人びた口調になって難しい言葉を使い出したので驚いた。


 騎士?準男爵?なんだろ?こんな遊びが学校で流行ってるのかな?


 じゃあ、少し遊びに乗っかってあげるか……。


「光栄の極みです。陛下のため、粉骨砕身この身を捧げ尽くします」


「うむ、よろしく励め!」


 その後、僕はマリアちゃんと黒い子猫のバロンを家の近くまで送ってあげた。


 なんだ、この団地に住んでるのか。団地に住んでるのに、王様って……いや、団地に住んでるからこそ貴族のごっこ遊びをしたいってことなのかな?


 かわいらしいな~。


「マリアちゃん、じゃあね~!!」


 手を振って別れを告げながら、のん気にほっこりしていた僕は気づいていなかった。


 この瞬間、既に僕がローデシア王国の貴族見習いとなり、本物の貴族を目指した苦難の道が始まっていたことを。




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