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The Best Youth 〜君と一緒に〜  作者: ダークキング


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9/23

夏の始まりと揺れる距離

六月も終わりに差し掛かり、季節はすっかり夏の気配を帯びてきた。

朝は歩くだけでも汗をかく。

クラスメイトの夏服姿も、もう見慣れていた。

「もうすぐプールの時期だね」

「そうだな」

「ほんと、あっという間だよね」

「もう七月だしな」

季節の話題が一段落したところで、ふと思い出す。

「俺らの今年初プールっていつだ?」

「明日だよ」

「明日か。水着出しとかないとな」

「そうだね」

そのとき、背後から聞き慣れた声が飛んできた。

「お兄ちゃ~ん」

この呼び方をするのは、一人しかいない。

「お、可織か」

「お兄ちゃんたち、プールいつ?」

「明日らしいけど?」

「ってことは、私のクラスが一番かも」

得意げに言う可織に、思わず声が大きくなる。

「な、可織のクラスが一番だと!」

「そんなこと言われても、私が決めるんじゃないんだから」

「俺らのクラスが一番じゃないのはいいとして、可織のクラスが一番なのは納得いかねぇ!」

「光ちゃん、落ち着いて」

「落ち着いてるけど!なんで可織のクラスなんだよ!」

明らかに落ち着いていない俺に、呆れた声がかかる。

「朝から騒ぐなよ」

振り向くと、信夫が立っていた。

「な、なんだと信夫」

「周り見てみろよ」

言われて周囲を見渡すと、いつの間にか視線が集まっている。

「お兄ちゃんはよくても、私まで変な目で見られるんだから」

「……ごめん」

可織は小さくため息をついた。

「もう、私先に行くから」

そう言い残して、駆けていく。

「おい、可織!」

呼び止める声は届かなかった。

「怒らせちゃったね」

「……ああ」

そこへ、慌ただしい足音。

「お二人さん、遅刻するよ」

振り向くと、息を切らした麻衣子。

「私より遅かったらアウトだからね」

「それはヤバい。直美、急ぐぞ」

「遅くなったのは光ちゃんのせいでしょ」

「……すみません」

走り出しながらふと麻衣子を見ると、どこか考え込んでいるようだった。


「今日は疲れた」

「特に何もなかったでしょ?」

「寝不足で疲れた」

「自業自得でしょ、それ」

そのとき、空気を切るように可織が現れた。

「兄に向かって失礼な」

「私、先に帰るから」

明らかに機嫌が悪い。

「またね、可織ちゃん」

「はい、さようなら」

「バイバイ」

最低限の挨拶だけを残して、可織は足早に去っていった。

「……朝のままだね」

「え?」

「可織ちゃんの機嫌」

「あ、ああ……」

分かってはいたが、改めて言われると少し胸に刺さる。

「ちゃんと謝らなきゃダメだよ」

「なんでだよ」

「可織ちゃん、お昼大変だったらしいから」

足が止まる。

「……どういうことだ?」

「“変な兄貴の妹”ってからかわれてた」

「……つまり、光ちゃんが悪いってことだよ」

「……そうだな」

言い返す余地はなかった。

「直美、この後時間あるか?」

「いいよ。可織ちゃんが喜びそうなの、一緒に見てあげる」

言葉にする前に、意図を汲まれる。

「さすが幼馴染だね」

「一応ね」

「“一応”ってなんだよ」

「フフ、冗談」

からかうように笑う直美。

「じゃ、私こっちだから」

「ああ」

「明日には仲直りしててね」

「ああ。頑張るよ」

麻衣子と別れて直美と二人になる。

さっきまで笑ってた直美が、ふっと表情を変える。

「でもね、それより大事なのはちゃんと謝ること」

「……分かってる」

「物でごまかそうとしちゃダメだよ」

「……分かってるって」

少しだけ、図星だった。

「じゃあ、帰ってちゃんと謝るんだよ」

「……分かったよ」

直美と別れて家路につく。

――可織は昔からそうだ。

強がりで、あまり人に頼らない。

全部自分で抱え込んで、勝手に解決しようとする。

だからこそ、今日のことは余計に悪かった。

「……ただいま」

返事はない。

可織の部屋の前で、少しだけ迷ってから口を開く。

「今日は悪かった」

沈黙。

「昼、いろいろ言われたんだろ。……全部、俺のせいだ」

少し間を置いて――

「……いいよ、もう」

声が帰ってきた。

「お兄ちゃんのそういうとこ、私が一番分かってるし」

ドア越しでも分かる。少しだけ、いつもの調子に戻っている。

「……そっか」

「通学路とか学校では、気をつけてよね」

「ああ」

一拍おいて、今度はこっちから。

「可織もさ」

「え?」

「あんまり無理すんなよ。強がるのも、ほどほどに」

少しの沈黙。

「……悪かったわね」

「悪いって言ってないだろ」

思わず苦笑がこぼれる。

「相談くらい、いつでも乗るから」

「……うん。ありがと」

ぎこちないけど、ちゃんと届いた感じがした。

「今日の晩飯、可織が作るのか?」

「そうだけど」

「たまには俺が作るよ」

「え?」

少し驚いた声。

「何食べたい?」

「……じゃあ、パスタ」

即答だった。

「了解」

――数少ない、俺の作れる料理だ。

「できたら呼びに行く」

「分かった」

キッチンに立ちながら、さっきの会話を思い出す。

ちゃんと、伝えられただろうか。

――いや、多分大丈夫だ。

「可織、できたぞ」

返事がない。

部屋のドアを開けると、

「……寝てるのか」

漫画を手にしたまま、静かに寝息を立てていた。

「まったく……」

小さく息をついて、布団をかける。

「……無理すんなよ」

聞こえていないと分かっていても、そう呟いた。

パスタは少し冷めるだろう。

でも――まあ、それでもいいか。



「昨日はどうだった?」

次の日の朝。顔を合わせるなり、直美が聞いてきた。

分かってて、あえてとぼける。

「どうだったって、何がだよ」

「ちゃんと仲直りできたの?」

「あ、ああ……まあな」

「そう。なら大丈夫だね」

ちょうどそのとき――

「追いついた!」

息を切らしながら可織が駆けてきた。

「おはよう、可織ちゃん」

「あ、直美さん。おはようございます」

そこまでは普通だったが、

「で、なんで走ってきたんだ?」

「お兄ちゃんより遅かったら遅刻するから」

「な、失礼な!」

朝から容赦がない。

「朝から楽しそうだね」

振り向くと、麻衣子が手を振っていた。

「あ、麻衣子。おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」

麻衣子がニヤッと笑う。

「仲直り、できたみたいだね」

「……まあな」

「一応」

少し照れくさい。

「あ、お兄ちゃん」

「ん?」

「昨日はありがと」

一瞬、何のことか分からなかったが――すぐに思い出す。

「布団、かけてくれたでしょ?」

「あ、ああ……別に大したことじゃないし」

少しだけ照れる。

「なになに? なんの話?」

興味津々に麻衣子が割り込んでくる。

「わっ!」

「な、なんでもないよ!」

「怪しいな~。白状しろ~!」

「わー」

可織と麻衣子が追いかけっこのように走っていく。

「……大変だね、光ちゃん」

横で直美がくすっと笑う。

「まあ、可織は元気なのが一番だよ」

「そうだね」

そう言いながらも、直美はじっとこっちを見る。

「で、何言われてたの?」

「え? べ、別に……」

「まあいいけど。だいたい分かるから」

からかうように笑う直美。

「……さすが幼馴染」

「どういう意味?」

「そのままの意味」

軽口を叩きながら、ふと思い出す。

「そういえば、今日からプールだよな?」

「そうだよ」

「何時間目?」

「二時間目」

――なんだかんだで、ちょっと楽しみだった。

「よし、気合い入れていくか」


「しかし、まさか三組と四組の合同とはな」

二時間目の体育はプール。三組と四組の合同授業。

「まあ、二クラスならその組み合わせになるよな」

「だな」

信夫と着替えを終えて、プールへ行こうとしたところで――

「あれ?」

ふと手元を見る。

「どうした?」

「……ゴーグル、教室に置いてきたっぽい」

「なんだそれ」

「まだ誰かいるかな」

「もういないだろ。みんなプール行ってるって」

「……だよな。ちょっと取ってくる」

「ああ。俺は先行ってるぞ」

「悪い、すぐ行く」

教室へ向かいながら、頭の中で確認する。

――この時間なら、もう女子もいないはず。

そう思って、ドアを開けた瞬間。

「きゃっ!」

「あっ――」

空気が止まる。

そこにいたのは、麻衣子と――

その着替えを待っていた直美と沙樹さき

「……」

「……」

数秒の沈黙。

「ご、ごめん!」

反射的に視線を逸らす。

「何してるの、光ちゃん!」

直美の声は、いつもより一段低い。

「い、いや……ゴーグル忘れてて……」

言い訳がましいのは分かってる。でも他に言いようがない。

「ゴーグル?」

少し離れたところにいた沙樹が、俺の席のあたりを見て――

「あ、これじゃない?」

ひょい、と持ち上げる。

「あ、ああ……それ」

差し出されたゴーグルを、ぎこちなく受け取る。

「……ありがとう」

「光ちゃん、早く行かないと遅れるよ」

直美はため息混じりに言う。

「……ああ」

まだ少し顔を上げづらい。

「私たちも急がないとね」

「お待たせ。ごめんね、二人とも」

麻衣子も着替え終わったらしく、いつもの調子に戻りつつある。

「ほら、行くよ」

「光ちゃんも、早くね」

「あ、ああ……!」

夏の熱気がこもった廊下を早足で歩く。

教室を出たあとも、しばらく心臓の音がうるさかった。

――誰もいないと思ってたんだ。

そう自分に言い訳しながら俺はプールに向かった。


「今日は大変だったね」

放課後の帰り道。

いつもならどうでもいい雑談で盛り上がる時間なのに、今日は少しだけ空気がぎこちない。

「あ、ああ……ごめんな、麻衣子」

「う、ううん。いいよ。直美と沙樹がいたから大丈夫だったし」

少し照れたように笑う麻衣子に、余計に申し訳なさが募る。

「……麻衣子だけだったら、ちょっと大変だったかもね」

「……だな」

言い返せない。完全に俺が悪い。

「光ちゃんも気をつけないとダメだよ。プールの授業なんだから」

「ああ……ほんとに、ごめん」

そのとき――

「何の話してるの?」

一番来てほしくないタイミングで、後ろから声が飛んできた。

「……可織か」

「“可織か”じゃなくて、何の話?」

鋭い。こういうときの可織はやけに勘がいい。

「い、いや……大した話じゃないって」

「だったら話せるよね?」

逃げ道を塞がれる。

「え、いや、その……」

言葉に詰まる。

――どうする。

「今日の授業の話だよ」

直美が自然に割って入った。

「ああ、そうなんですか」

可織の視線が少し緩む。

「そう。光ちゃんが授業中寝てて、先生に見つかりそうになってさ」

「お兄ちゃん、授業中寝てたの?」

「え? あ、まあ……」

実際は寝てないが、今はそれどころじゃない。

「はぁ……」

呆れたため息。

「光司くん、夜更かしでもしてるの?」

今度は麻衣子が食いつく。

「いや、たまにテレビ見てるくらいだけど」

「何見てるの?」

「適当。眠くなるまで流してるだけ」

「それなら本とか読めばいいのに」

直美らしい意見が飛ぶ。

「面白いのあるのか?」

「最近話題のやつならいくつかあるよ」

「じゃあ今度見てみるか」

「あ、それなら私も行きたいな」

麻衣子が少し前のめりになる。

「じゃあ一緒に行くか?」

「うん」

――そのやり取りを、直美は黙って見ていた。

直美、最近あんな顔すること増えた気がする。

「じゃあ、私こっちだから」

「ああ、じゃあな」

「また明日ね」

「うん。またね」

「失礼します」

「バイバイ」

麻衣子と別れて、三人で歩き出す。

「お兄ちゃんのクラス、今日プールだったんだね」

「ああ」

「男女一緒だったの?」

「いや、レーン分けされてたよ」

少し探るような聞き方。

「ふーん」

納得したような、していないような声。

「そういえば、怒られてなかった?」

直美がイタズラっぽく笑う。

「え? ああ、あれは信夫と話してたところを先生に見つかって……」

「もう……ちゃんと授業受けないとダメだよ」

ため息をつく可織。

「ああ、分かってるって」

「……ほんとに?」

小さく刺される。

「光ちゃん、もうちょっと真面目にやったほうがいいと思うよ」

直美からも鋭い指摘が入る。

「来年は受験生なんだから」

「……まだ先だろ?」

「一年なんてすぐだよ」

直美の言葉は、妙に現実的だった。

「ああ……まあ、できる範囲で頑張るよ」

そう答えるしか出来なかった。

「はい、直美さんの家到着」

可織の一言で、直美の家の前に着いたことに気づく。

「あ、ほんとだ。じゃあな」

「また明日ね」

軽く手を振って別れる。

しばらく無言で歩く。

「……毎日楽しそうだね」

ぽつり、と可織が言った。

「まあな。直美は幼馴染だし、麻衣子は同じクラスで席も近いし」

「……そう」

それ以上は何も言わず、可織は少し歩く速度を速めた。

俺は慌てて可織の後を追う。

――なんでか“そう”が、妙に頭に残った。

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