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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
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27話 「班編成」

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【プロローグ:旧宗教領セリフィア】



 帝都ヴァルメリアが、一人の少年の不遜な演説に沸き、新序列一位の誕生という天変地異に震えていたその頃。


 帝都から遥か南、峻厳な山脈の霧に隠されるようにして存在する旧宗教領セリフィア――。その最奥の谷に位置する『蒼龍そうりゅうの里』は、外界の喧騒を拒絶するような静寂に包まれていた。


 神殿の裏手、白く立ち込める霧が庭の石組を濡らす。その中心で、一人の少女が膝を抱えて空を見上げていた。


 紅茶色の長髪が、湿った山の風に柔らかく揺れる。カレン・ゼラントス。五年前、荒れ狂う川の流れから「神子」として救い出された彼女は、十歳の誕生日を迎えようとしていた。


「カレン様、そろそろ儀式の時間でございます」


 純白の法衣を纏った巫女が、恭しく頭を下げる。カレンはゆっくりと視線を落とした。その瞳は、透き通るような茶色をしているが、そこには五年前の炎も、自分を必死にボートへ乗せてくれた兄たちの記憶も、一切宿っていない。


「……はい。今日も、ですね」


 カレンの声は、感情の起伏を奪われたように平坦だった。


 彼女は、里の者たちから「神の再来」として崇められている。だがその実態は、背中に宿る龍痣りゅうあざの暴走を抑えるという名目で、幾重もの「封印術式」によって自由を奪われた黄金の檻の囚人であった。


 カレンが立ち上がると、その背後の空間がわずかに歪んだ。彼女が動くたびに、周囲のりつが勝手に書き換えられていく。龍痣がもたらす無意識の権能。それは彼女の意思とは無関係に、世界の理を侵食し続けている。


(……なんだか、とても懐かしい夢を見た気がする)


 カレンは無意識に、北の空を見つめた。自分を呼ぶ、誰かの声。泣きそうなほど熱く、けれど雪のように静かな、二つの温もり。


「カレン様?」


 巫女の声で現実へ引き戻される。


「……何でもありません。行きましょう」


 彼女が神殿の奥へと消えていく。その背中にある龍の痣が、不気味に、そして美しく、暗闇の中で微かに脈動した。


 遠く北の地では、兄たちが何かに気づき始めていた。だが、その時間もまた、迫っていた。



 帝都の北端。常に冷たい風が吹き抜け、エリートたちの傲慢さが石造りの校舎に染み付いた《ヴァルメリア帝国司法養成院》。


 入学式の熱気が冷めやらぬ講堂に、新入生たちの緊張した空気が充満していた。


「これより、今年度の実地演習における『班編成』を発表する」


 壇上に立つ教頭バルト・ドランの声は、ひどく濁っていた。彼は手元の羊皮紙を、指が白くなるほどの力で握りしめている。


 ドランの視線の先には、最前列に並ぶ三人の異端児がいた。


 黒髪を静かに流し、すべてを見透かすような瞳をしたヤマト・ゼラントス。


 不快そうに腕を組み、黄金の威光を隠そうともしない第四皇子レオンハルト・ヴァルメリア。


 そして、水を湛えたような美しい水色の髪を背に流し、凛とした所作で佇むミヅキ・キサラギ。


 ドランは、口端を歪めて声を張り上げた。


「第一班。ヤマト・ゼラントス。レオンハルト・ヴァルメリア。ミヅキ・キサラギ」


 その瞬間、講堂が割れんばかりのざわめきに包まれた。


「嘘だろ!? 成績トップ三人を同じ班にするのか?」


「皇族と、逆賊の弟と、東方の異端……。あんなの、一日で内紛が起きて崩壊するぞ」


 レオンハルトが顔を真っ赤にして立ち上がろうとした。だが、ドランの言葉がそれを制する。


「……なお、第一班は『特別実験班』として定義する。拠点は、北校舎の最果て――第十三雑居房だいじゅうさんざっきょぼうを使用せよ。以上だ」


 「第十三雑居房」という言葉が出た瞬間、周囲から失笑と憐れみの視線が飛んだ。そこは、数十年前から使われていない廃屋同然の倉庫街の一角だ。


「な……! 貴様、ドラン教頭! 皇族である私を、あのような掃き溜めに置くつもりか!」


 レオンハルトの怒号に、ドランは柔和な笑みで応じた。だが、その笑みの奥には、露骨な悪意が隠されていない。


「おやおや、レオンハルト殿下。これは陛下より賜った『次世代リーダー育成プログラム』でしてな。トップの者たちには、極限状態での連携を学んでいただく必要がある。……まさか、殿下ともあろうお方が、少々の埃や隙間風で『降参』なさるわけではございませんよな?」


 その声は丁寧だが、言葉の端々には「お前の意見など聞いていない」という圧力が込められていた。


 レオンハルトは屈辱に身を震わせたが、言葉を失った。


「ヤマト様……。随分と、熱烈な歓迎を受けてしまいましたわね」


 ミヅキが、上品な動作でヤマトに歩み寄った。清涼な水の香りが漂う。


「ええ。ドラン教頭は、僕たちのプライドを環境で削り、内側から自壊するのを待つつもりのようですね」


「……ヤマト! 貴様のせいで私の経歴に泥がついた。どう責任を取るつもりだ!」


「殿下、声を荒らげるのは非効率ですよ。環境が悪いのであれば、書き換えればいいだけの話です」


 ヤマトは動じることなく、淡々と答えた。その瞳には、既にドランの悪意すら「計算済みの変数」として処理されていた。



 学園の華やかな中央校舎から歩くこと三十分。石畳が割れ、雑草が隙間から顔を出す「北の果て」に、その建物はあった。


 埃を被った厚い鉄扉が、重々しく三人を出迎えた。


「な……なんだ、この悪臭は! 埃とカビの吹き溜まりではないか!」


 レオンハルトがハンカチで鼻を押さえ、絶叫した。窓は割れ、冷たい風が容赦なく吹き込む。家具はガタつき、律式の照明は断線して不気味な明滅を繰り返している。


「……少々、修繕が必要なようですわね」


 ミヅキも、さすがに困ったように水色の眉を下げた。だが彼女はすぐに袖をまくり、掃除を始めようとする。


「待ってください、ミヅキさん。その必要はありません」


 ヤマトが一歩前に出た。


「――記憶階梯メモリ・アセンド。構造解析、開始」


 ヤマトの視界に、建物の設計図が半透明のグリッドとなって浮かび上がる。前世の建築工学、そして帝国律式の配線構造。


 ヤマトは建物の中心にある「律式の結節点ジャンクション」へ歩み寄り、指を触れた。


「多重演算。律式のバイパスを形成。エネルギー効率を最大化」


 ヤマトの手元から、深い緑の光が走り出した。蜘蛛の巣のように張り巡らされた律式の回路が、ヤマトの演算によって瞬時に「最適化」されていく。


 カチッ。


 小気味良い音と共に、部屋中の照明が温かみのある光で灯った。さらに、割れた窓ガラスの隙間を覆うように、空気の密度を変えることで「断熱障壁」を物理的に固定する。


「これで、温度と湿度は管理されました。埃の粒子は静電気を利用して隅に集めておきました」


「……貴様、何をした」


 レオンハルトが唖然として立ち尽くしている。一分前までゴミ溜めだった部屋が、今や帝都の一流ホテルのように快適な空間へと変貌していた。


「最適化ですよ、殿下。僕にとっては、ここはただの『定数』の塊です」


「……さて、ミヅキさん。少しはお寛ぎいただけますか?」


「ええ、流石ですわ、ヤマト様。貴方とお会いしてからというもの、驚くことばかりで」


 ミヅキはおしとやかに微笑み、ヤマトが整えたソファに腰を下ろした。その信頼しきった様子に、レオンハルトは毒気を抜かれたように立ち尽くすしかなかった。



 落ち着きを取り戻した室内で、三人は中央のテーブルを囲んでいた。ヤマトが淹れた茶の香りが漂う中、しばらく誰も口を開かなかった。


 話題は、言葉にしなくてもわかっていた。


「……アイク・ゼラントス」


 レオンハルトが、噛みしめるように呟いた。


「あのグラヴィス・レーンを、正面から粉砕した男。帝国において序列一位は、法そのもの。それを、わずか十五歳の少年が奪い取った」


 沈黙。


「ヤマト。貴様、兄があれほどまでの怪物だと知っていたのか?」


「……僕も驚きましたよ」


 ヤマトはカップを手に取り、窓の外を見つめた。遠くにそびえる封律塔ふうりつとう。あの上空にある断律球だんりつきゅうで、アイクは一人で戦ったのだ。自分たちを逃がしてくれた、あの日の誓いを果たすために。


「ですが、アイクは元々そういう男です。守るべきもののために、自ら理不尽の化身になれる」


「アイク様が剥き出しの刃になられたのでしたら、わたくしたちは、その刃を正しく収める鞘にならなくてはなりませんわね」


 ミヅキが静かに言った。その水色の瞳には、ヤマトへの、そしてアイクへの揺るぎない敬意が宿っている。


「グラヴィス様といえば、あの日……ヤマト様たちのすべてを奪った因縁の御方」


 言葉が、途中で止まった。ミヅキは何かを思い出したように視線を落とした。


「……アイク様は、わたくしたちの想像も及ばない高みへ、一気に駆け上がってしまわれましたのね」


 レオンハルトは自分のカップに視線を落とした。序列一位。帝国の最高峰。自分よりも年下の少年が、その座を手にしている。


「……アイクが太陽として天に昇ったのなら、影もまた深くなる」


 ヤマトの声が、静かに続いた。


「ドラン教頭のような旧態依然とした権威は、いずれアイクの存在という『理外』に耐えきれなくなって壊れます」


 ヤマトはレオンハルトを見据えた。


「僕たちは、その崩壊の跡に新しい均衡を築く。この班こそが、その礎になるべきだ」


「……私を利用する気か。不遜な」


 レオンハルトが立ち上がろうとした。だがヤマトの次の言葉が、それを止めた。


「利用ではありません。最適化です」


 ヤマトは動じることなく続けた。


「殿下があってこそ、僕のシステムは完成する。そして殿下も知っているはずです。一人では、この先は乗り切れない。……僕たちも、そうだ。だから」


 一呼吸の沈黙。


「この班が必要なんです」


 レオンハルトはしばらく黙っていた。それからゆっくりと、ソファに腰を下ろした。


 鼻で笑ったが、その表情には微かな「共犯者」としての色が混じり始めていた。



 翌日。第一班に、最初の実地演習の命令が下った。


 呼び出された訓練場、そこにはニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべたドラン教頭が待っていた。


「おはよう、諸君。……さて、第一班に相応しい、難易度の高い演習を用意してやったぞ」


 ドランが指し示したのは、地中深くへと続く巨大な竪穴――共鳴の迷宮きょうめいのめいきゅう


「ルールは単純だ。迷宮の最深部にある『断罪の印』を回収して戻ってこい。……ただし、この迷宮の床と壁は、極めて精巧な『天秤』として機能している」


 ドランの説明を聞いたレオンハルトの顔が険しくなった。


「天秤だと?」


「そうだ。迷宮の床と壁には、律式の受容紋が刻まれている。歩いている間、班全員はそこへ絶え間なく律式を注ぎ込み続けなければならない。しかも、その注ぎ込む量を、常に完全に均一に保つ必要がある。もし個人の出力差が許容範囲を超えれば、迷宮の防衛機構が空間の均衡を崩す『異物』と見なし、物理的な圧殺トラップが発動する」


 ドランは意地悪く口角を上げた。


「常人を遥かに凌ぐ膨大な星幽容量を持ちながら、常に己のペースで防御律を固定化する皇族。大陸に渡ったばかりで、律の制御すら定まらない東方の娘。そして……『序列一位の弟』という肩書きだけで、この場に立っているつもりの逆賊の子」


 ドランの声に、わずかな苛立ちが滲んだ。


「出力の前提も練度も完全にバラバラな君たちに、果たして『完璧な足並み』が揃えられるかな?……入学式では随分と立派な『天秤』論をぶってくれたな、ヤマト・ゼラントス。ならば、自分の言葉の正しさを、その身で証明してみせるがいい」


 ドランは踵を返した。去り際、誰の耳にも届かないほど小さな声で、独り言のように呟く。


「……お前の兄に言えることなど、何もないがな」


 ドランは声高らかに笑いながら去っていった。


 沈黙。


『出力を均一に保つ』ということの絶望的な難易度が、三人の脳に静かに浸透していく。


(……出力の制御がどれほど難しいか、俺は知っている。アイクでさえ、あれだけ苦労していた)


 ヤマトは静かに思考を巡らせた。


 あの採石場で、兄は何度も精度を外し、岩壁を無駄に抉っていた。あの規格外の容量を持つアイクでさえ、技を放つ一瞬の投入量を絞り切るのに、何度も膝をついていた。


(だが、今回はもっと厄介だ。一瞬を絞るんじゃない。注ぎ込み続けたまま、それを保ち続けなきゃならない)


 レオンハルトは常に、強固で揺るぎない一定量の律式を注ぎ込み続けることに長けている。皇族として、防御律を寸分の狂いなく固定化する訓練を積んできたためだ。


 一方、ミヅキは無律の地からこちらに来たばかりで、律というエネルギー自体にまだ身体が馴染みきっておらず、注ぎ込む量が安定しない。


「ふざけるな!」


 レオンハルトが声を荒らげた。


「私のこの洗練された注ぎ込みを、律の制御も定まらない彼女の不安定な波に合わせろと言うのか!」


「……申し訳ありません、レオンハルト様、ヤマト様」


 ミヅキが、少しだけ悔しそうに水色の眉を下げた。


「わたくし、こちらの『律』というものにまだ完全には慣れておらず、どうしても出力が安定いたしません……」


「気にするな、ミヅキ」


 ヤマトはしばし考え、迷宮の入口を見据えた。


「……俺がやる」


「何か、方法があるのか」


「ない。だから、作る」


 ヤマトは短く答えると、先に足を踏み出した。


「レオンハルト、ミヅキ。二人は出力の調整など考えず、ただ自分の最も自然な状態で動いてくれ」


 暗闇の奥から、ひやりとした風が吹き上げてくる。


「俺が、二人の間を埋める」


 縦穴の入口に立ったヤマトの背中に、レオンハルトとミヅキは無言で目を向けた。その横顔には、いつもの「計算済み」と言わんばかりの余裕はなかった。額にはすでに、薄い汗が浮かんでいる。


「……ヤマト様?」


「黙っていてくれ。今、二人を見ている」


 ヤマトの呼吸が、わずかに浅くなる。視界の端で、レオンハルトの硬く一定に保たれた注ぎ込みの輪郭と、ミヅキの揺らぐ波が、絶えず形を変えながら流れていく。それを一瞬たりとも見失えば、足元が崩れる。


「ドラン教頭は、俺たちが信頼関係や練度の差といった不確かなもので自滅するのを待っているようだが……」


 ヤマトは、奥歯を噛んだ。


「あいにく、そこに賭けるつもりはない」


 ミヅキは凛とした所作でヤマトの背後に立った。


「……ええ、ヤマト様。わたくし、どこまでも共にお供いたしますわ」


 レオンハルトは少し、躊躇った。


 だが――ゆっくりと二人に続いた。


「……フン、不本意だが、あのアホ教頭に恥をかかせるためだ。乗ってやる」


 バラバラな三つの力が、ヤマトという「鞘」の中で初めて一つに重なった。


 ヤマトの背には、すでに重い汗が滲んでいた。


最新話は用語・世界観説明として24話と25話の間に投稿しています。

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