第7話:白との対話
死神界で目覚めたラグナードは、白い羽を散らす小柄な存在──アズレリアと対面する。 言葉を理解し、会話ができる相手との出会いに戸惑いながらも、 ラグナードは初めて“繋がり”を求める気持ちを抑えきれず、共にいることを願い出る。
アズレリアはその願いをあっさり受け入れ、 ラグナードの身体に起きた変化や、青い炎の正体、 そしてここが“死神界”という異世界であることを告げる。
魔界でも天界でもない場所で、 魔神と天界の使徒──異なる二つの存在の奇妙な関係が始まろうとしていた。
一瞬の沈黙が流れる。 白い何かは、ラグナードの反応をただ静かに見ていた。
ラグナードは、魔界のどこにも存在しない“白”を前に、 何を言えばいいのか分からなかった。
「だれ……?」
やっとの思いで絞り出した言葉。 相手が何者なのか、そして言葉が通じるのか──半信半疑だった。
しかし白い何かは反応しない。 表情も、気配も、一切変わらない。
どれほど沈黙が続いただろう。 ラグナードは思考を整理できず、ただ混乱していた。
「おい」と聞こえた声も、 死を前にした幻聴だったのかもしれない。 だが、圧倒的な圧力を持つ存在が目の前にいるのは確かだ。
攻撃してくるわけでもなく、ただ見ている。 いったい何のために──。
沈黙の中で、ようやく思考が少しずつまとまり始めた。 身体の痛みは消え、どこか大きくなったような感覚すらある。
「……?」
ラグナードは自分の手を見た。 傷はすべてふさがり、右腕も元通り。 そして、骨の顔に受けた青い炎が、まだ右腕に灯っている。
その様子を見て、白い何かが初めて口を開いた。
「お前は、言葉が理解できるのか?」
ラグナードははっと顔を上げた。
「しゃべっている……お前、しゃべれるのか?」
質問の答えではなく、驚きがそのまま言葉になった。
白い何かは、わずかに呆気にとられたような気配を見せた。
「驚いた……この魔神は言葉が理解できるのか」
ラグナードはもう話を聞いていなかった。 喜びが胸を突き抜け、抑えきれない衝動が溢れ出す。
「できる!言葉理解できる!!お前も話ができる!」
会話になっていない。 だが白い何かは、その様子を観察するように見つめていた。
「お前、名前はあるのか?」
「俺はラグナード!お前は?」
「アズレリア」
「アズ……レリア……アズレリア!!アズレリアは魔神なのか?」
「私は天界の使徒。お前は……魔神のようだな?」
「俺?俺は魔神じゃなくて魔物だ。魔界に住んでる」
「魔物?どう見ても魔神だが……」
「??」
ラグナードには理解できなかった。 魔神とは巨大で強く、魔界の象徴のような存在。 自分は弱く、森の奥でひっそりと生きてきた。 魔神と呼ばれる理由が分からない。
「お前はなぜ、ここにいる?」
「なぜ……?」
答えられない。 洞窟を出たら知らない場所にいて、 目の前の存在は魔界のどれよりも強い圧力を持っている。
「わからない……洞窟から出たらここにいた」
その言葉に、アズレリアは顔をしかめた。
「ここは死神界。天界とも魔界とも違う、別の世界だ」
ラグナードには理解できなかった。 魔界は知っている。 天界?死神界?場所のことなのか?
だが、そんなことはどうでもよかった。
──初めて、話ができる相手を見つけた。
ずっと一人で恐怖に怯えて生きてきた。 強者しかいない魔界で、繋がりを持つことを諦めていた。 何のために生きているのかも分からなかった。
四本足の魔神の言葉に希望を抱き、魔神城へ向かった。 だがそこにあったのは絶望で、今はここにいる。
この機会を逃せば、 もう二度と誰かと話せないかもしれない。
ラグナードは勇気を振り絞った。
「俺と……一緒にいてくれないか?」
アズレリアは目を丸くした。
「頼む……俺は弱い。魔界で生きていけない。 話ができる魔物も魔神もいない。 話ができるやつがいるのか知りたくて、森から出て……だから……」
「いいよ」
言い終わる前に返ってきた答え。
ラグナードは胸の奥がずんと重くなった。 嬉しさよりも、気持ちが届いたという安堵が広がる。 全身から力が抜けた。
「いいけど、その前に起き上がってもらえるかな?」
ラグナードは仰向けのままだった。 外傷は消え、左手の青い炎も消えている。
勢いよく起き上がり、アズレリアの前に立つ。
「キミは魔神だから、さっきの死神から受けた青い炎は力になっているはずだよ。 本来、青い炎は人間を焼き尽くすためのもの。 魔神には効かない。むしろエネルギーになる。 あなたの姿が人間に近いから、死神は人間だと思って攻撃したんだろうね」
死神──初めて聞く言葉。
人間──言葉だけは知っている。
ラグナードは、ゆっくりとアズレリアを見つめた。




