第十一話 色付く現実
戦闘後の後始末が一段落し、討伐隊は簡易の野営を組んでいた。
討伐隊の損壊状況は上々だが、今回の討伐はあくまでも新人育成である。元から泊まりの討伐だとスケジュールが組まれていた。
騎士団は報告書の整理や負傷者の状態確認に追われ、エルネスティは少し離れた場所で黙々と魔力調整をしている。
キリュウは、焚き火の前で膝を抱えて座っていた。
泣いてはいない。ただ、先ほどまでの強気な顔もない。呆然としたような、静かな顔だった。
少し距離を取って様子を見ていたが、一人でに復活する兆しはない。
デリックに頼まれたメンタルのフォローという言葉を口の中で何度も転がす。
転がしてる最中に、そういえば私の人生で誰かを励ますだとかって経験したことがないということに気付き愕然とした。
エルネスティはそもそも落ち込んだりすること自体が少ないくらい好き勝手やるタイプで、後悔をすること自体が少ない。
デリックは色々考えている分、今何かを深く考えているなだとかは察することができる時はあるが、彼は手の内を見せない。私が何か声をかける前に逃げるように煙に巻いてしまう。だから私もそういう時は深追いはせず、ただデリックが浮上するのを待つだけだった。
その他は……、そもそも友人と呼べる立ち位置の人間がいないためにわからない。
愕然とする。致命的な指示ミスだと思う。頭を押さえた。
ちらりとエルネスティの方を見る。
この状況を打破してくれないだろうかと。
そうすると、わざとらしいくらいの笑顔で首をトントンと触る。
ならば制限魔法を解け、と。
ひくりと喉が鳴った。あまりに分かりやすい挑発だ。
制限魔法を解いたところでその口はキリュウを向かず、私に牙を向くだけなことは察しの悪い私でも分かる。
杖を手で弄りながら、浅く息をついた。
向いてない、絶対に向いてないと思いながら、私は恐る恐る声をかける。
「……落ち着いた?」
キリュウは小さく肩を揺らし、視線を上げる。
言葉は多く言い過ぎず、けれど省きすぎもせず。
相手の顔色をきちんと見ながら、言葉を重ねていく。
頭の中でそう繰り返す。
とりあえず今は、事実のみを並べよう。
キリュウが分かりやすく、現状を飲み込めるよう。
「この世界に、魔王はいない。少なくとも、あなたの言う“物語上の魔王”は存在しない」
返事を待たず、私は淡々と事実を並べる。
キリュウの目がわずかに見開かれる。
「エルネスティの両親は、生きてる。今も、普通に。あなたが思ってるような悲劇は起きてない」
一つ、間を置く。
「私は、あなたが言うような……、や? ……ヤ、ヤンデレ? というのにもなっていないし。エルネスティも、自分を責め続けるキャラクターじゃない」
正直なところ、ヤンデレ? とかいう異世界語がどういう意味かは分かりかねるが、キリュウは私の性格も違うと言っていたから、やはり私は"ヤンデレ"ではないのだろう。
そもそも、私もエルネスティも「キャラクター」ではない。
此処に居るただの人間だ。
焚き火がぱち、と音を立てる。
キリュウは、その火をぼんやりと眺めた。何か言おうとして、ゆっくり口を閉じる。
反論しなかった、というより、できなかった、がきっと正しいのだろう。
「じゃあ……」
キリュウの声が震える。
「私が知ってた世界は、何?」
私は即答しない。
代わりに、視線を地面へ落とす。
その答えは推測はできるけど、それが正しいかは分からない。私はこの世界の神ではないからだ。
でも、あえて推測を口にする。
「たぶん、似てるけど違うもの。あなたのいう世界と、この世界は」
「違う……」
「あなたは“物語の中”に来たんじゃない。この世界に、落ちてきた人間」
その言葉が、決定打だった。
キリュウの呼吸が、浅くなる。
炎の揺らぎと連動するよう、キリュウの瞳も素直に揺れた。
「……帰れない、の? この異世界ファンタジーの世界で好き勝手やって、それで、いつかは私、元の世界に帰るものだと思ってた」
その問いに、私は正直に答える。
「分からないけど。でも、少なくとも――あなたは私たちと同じ人間には変わりない。だから、死んだら終わりだと思う。そこに、特別性は何もない」
選択肢を間違えても、やり直しはできない。
死んだら終わり。
傷ついたら、治るまで時間がかかる。
彼女が例え、聖女の祈りという稀有なスキルがあろうと、私たちと同じ人型の人間である限り。
沈黙が落ちる。
キリュウはしばらく俯いたまま、何も言わなかった。
肩が小さく震え、唇が噛み締められる。
焚き火の音に混じって、キリュウがぐずぐずと鼻を啜る。
そうして、しばらく何も言わない時間が過ぎた後、目元を赤くしたキリュウがゆっくりと顔を上げた。
「……エルからみた、スフィアってどんな子?」
初めてエルネスティに向けられた質問だった。
エルネスティは、とくに迷うことなく指文字の魔法を使って、夜の空気に文字を書く。
『魔法バカの人見知り』
ピ、とぶれることなく宙に書かれた言葉に、思わず肩を叩く。失礼にも程がある。
エルネティは悪びれることもなく舌を出してから、私を引きずり立たせた。気がつけば、陽はもう沈み切っており他の野営班もそこそこに各自のテントに戻ろうとしている。
エルネスティはあくびを噛み殺しながら、私の腰を抱いてそのまま私たち用だと立てられたテントに向かって行く。
そんな私たちにキリュウは少しだけ、笑ってた。
今まで見た笑顔の中でも、やっと自然に見える笑顔だった。
▲▽
翌日、陽が昇る頃。
部隊は準備を整えて下山をしていた。
昨日の流れで、なんとなく私とエルネスティの近くに彼女は一緒になって歩いていた。
昨日と違うのは、彼女が一言も喋らなかったことだ。
何か、声をかけたほうがいいのだろうか。
しかし私から何か彼女に伝えたいことも言いたいこともない。彼女が何か聞いてきたら答えるが、異世界人である彼女の気持ちに沿ったアドバイスなどはとても無理。
……いやでも、デリックの無茶振りに結構真剣に応えた方なのでは? と私が自己弁護を始めた時だった。
後ろをついてきていた足音が、止まる。
私とエルネスティは振り返った。
今まで下を向いて黙っているばかりだったキリュウと、今日初めて目が合う。
「……でもさ」
顔を上げたキリュウは、泣いていなかった。
むしろ、目が妙に冴えていた。
「私、聖女であることには変わりないよね?」
唐突で、勢いだけの言葉。
思わず後ろに下がった私と、片眉をあげて少し可笑しそうな顔をするエルネスティ。
「スキルあるし! 回復できるし! ちょーっと乖離はあっても異世界知識あるし!」
そのどちらの反応にめげることもなく、むしろ見てもいないかの様にキリュウは声を張り上げる。
……え? 昨日の弾丸トーク、再来?
昨日の彼女の葛藤は幻だったのだろうかという強い意志を宿した目。
いくらなんでも回復が早過ぎない? どれだけタフなんだ?
「確かに昨日はビビったけど! でもそれって、最初だけでしょ!」
拳を握った彼女は、それを無意味に空に突き上げた。
その勢いのみの行動が、まさにユウナ・キリュウそのもののよう。
「長い人生じゃん! たまたまここに落ちてきただけで、いつか帰れる日が来るかもしれないし!」
真っ青な空の下。高らかに笑う彼女を、いつのまにかみんなが見ていた。
昨日の様に、みんな引いた目で見ている。
この女は、きっと昨日と今日で大きく何かが変わったわけじゃない。
喋りはどこまでも独善的で、勢いのみで生きてる様にしか見えない。
後退しているのか、前進しているのか。
そもそも何も変わっていないのか。今の段階では私には分からない。
「だったらさ、この世界にいる間は――ぜんぶ楽しんでやる!」
「……は、」
「まずはヒーラーとして、ちゃんと認めさせる。見てろよスフィア!」
けど、キリュウは逃げなかった。
それが、事実だ。
「そのうち泣いて言わせてやるんだから! “ユウナ様がいないと先に進めない〜!”って!」
……しかし、本当にこの女、うるさい。
「……心つよ……」
「何引いてんのよ! ここはユウナ様の心の強さに感動するところでしょ!?」
「強過ぎて……異世界人コワ……」
思わず零れた本音に、キリュウが得意げに笑う。
「異世界人じゃない! ユウナ!」
胸を張るその姿を見て、胸の奥で静かに結論が下りる。
――分かり合えない。
価値観も、距離感も、きっと最後まで噛み合わない。
「やっぱ、気が合わないわ」
ぽつりと漏れた一言に、キリュウは不満げに頬を膨らませた。
それでも――デリックには、一応、報告としてはまとめられる。少し安堵の息が漏れた。
キリュウ、聖女辞めないらしい、と。




