悪夢の国のムーマたち(1/1)
不意に、車体が大きく揺れました。ヤマトはびっくりして、床に転がり落ちそうになります。
「地震だ!」
ヤマトは慌てて座席の下に隠れようとしましたが、ルカは「違うっすよ」と言いながら窓の外を指差します。
そこに広がっていた光景に、ヤマトは口をあんぐりと開けてしまいました。
紫や群青色の毒々しい草が生え、向こうの沼からはブクブクと泡が立っています。空も、見ているだけで気が滅入りそうなほどに厚い雲でどんよりと覆われていました。
「何、ここ……」
ヤマトが知っている夢の国は、もっと華やかで心が弾む場所だったはずです。だというのに汽車の外に広がっているのは、それとは真逆の光景でした。
「ここは悪夢の国に近いっすからねえ」
ルカが言いました。
「臨時列車の路線は、普通のドリーム・エクスプレスとは違うんす。悪夢の国に近いところに敷かれている線路を通るんすよ」
またしても車体が揺れました。「お客様にお知らせいたします」と車内アナウンスが入ります。
「当列車は、ただいまムーマの攻撃を受けております。お客様におかれましては、身の安全を守る行動を取るようにお願いいたします」
「身の安全!?」
不穏な言葉に、ヤマトは息を呑みます。
「それに、ムーマっていうのは……」
「あれっすよ」
ルカが窓の外に視線をやりました。
そこにいたのは、ヤマトより少し背の低い人型の怪物です。歯はギザギザで赤い目をしており、背中にはコウモリに似た羽が生えていました。
「人間! 人間だ!」
「連れて帰るぞー! キヒヒヒヒ!」
ムーマはヤマトと目が合うと、恐ろしい声で笑いました。ヤマトはすっかり怯えきって、「ひぃっ」と悲鳴を上げます。
「あ、ああああ、あれ、あれは……」
「悪夢の国に住んでる妖精っすね」
ルカはカートからジュースを出してグビグビ飲んでいます。
「悪夢の国の女王の手下っす」
「僕のこと、連れて帰るとか言ってたけど……」
「あいつら、いつも人間をさらおうとするんすよねぇ。女王のエサにでもする気じゃないっすか?」
「エサ!?」
食べられてしまうと聞いて、ヤマトはパニックになりました。また車体が揺れます。ヤマトが窓から覗いてみると、ムーマたちが手に持っている魔法の杖からビームを出して、列車を攻撃しているのが見えました。
ヤマトはいてもたってもいられなくなります。
「嫌だ! もうこんなところにいたくない!」
ヤマトはそう叫びながら、列車のドアを開けました。けれど、すごいスピードで後ろへと流れていく景色に怖じ気づいてしまいます。ここから飛び降りたら、大ケガをするに違いありません。
「ドアが開いたぞ!」
「人間! 連れて帰る!」
ヤマトに気付いたムーマたちがこちらへ向かってきます。間一髪、ヤマトは扉を閉めました。
汽車の外側では、ムーマたちがドアをドンドンと叩いています。ヤマトは生きた心地もしません。
そんな時、またしても車内アナウンスが流れました。
「お客様におかれましては、身の安全を守る行動を取るようにお願いいたします」
「身の安全を守るって、どうやって!?」
ヤマトは思わず叫びます。
「もうダメだ! 汽車から逃げても逃げなくても、僕はムーマにさらわれちゃうんだ! それで、悪夢の女王に食べられちゃうんだよぉ!」
「ヤマトくん、泣かない泣かない」
カートを押しながらルカがやって来ました。
「大丈夫。何とかなるっす」
「で、でも……!」
「ヤマトくん、オイラはプロの車内販売っすよ」
ルカはえっへん、と胸を張ります。
「何か欲しいものはないんすか?」
「欲しいもの!?」
意外なことを言われ戸惑ったヤマトでしたが、先ほどの車内アナウンスを思い出します。そして、こう返しました。
「身の安全!」
「はいよ! 身の安全、一丁上がり!」
ルカがカートにかかった布を取って、中に手を突っ込みます。そこから出てきたのは、いくつかの球体でした。その表面には、何とも奇妙な生き物の絵が描かれています。
フサフサした茶色い毛と、象のように長い鼻。しましま模様の足はちょっと猛獣のようでしたが、人なつっこい目をしているので、あまり危険な生き物には見えません。
「これ、何? 大砲の弾みたいに見えるけど……。それに、この生き物は?」
「バクでございます」
ヤマトの疑問に答えたのは、車掌さんのアナウンスでした。どうやら車内の様子は機関室から見えているようです。
「バク? 何ですか、それ」
「悪い夢を払うと言われる生き物です。そして、その球体は花火玉でございます」
「花火玉? 遊んでる暇なんてないんですけど!」
ヤマトは困ってしまいましたが、車掌さんは「遊びではございません」と言いました。
「バク印の花火はムーマに効果てきめんでございます。ご使用の際は、打ち上げ台をご利用ください。屋根の上にございます」
「や、屋根の上に!?」
ヤマトはドアを開けた時のことを思い出して身震いしました。
「つまり、花火を打ち上げるためには、屋根に登らないといけないってことですか? でもそんなことしたら、落っこちて大ケガしちゃ……」
今までで一番、車体が大きく揺れました。ヤマトは床をゴロゴロ転がって、壁にドシンとぶつかってしまいます。
「ヤマトくん、行くなら早くした方がいいっすよ」
ひっくり返ってしまったカートを起こしながらルカが言いました。
「ここで待ってても、ムーマに汽車を壊されるだけっす。『身の安全』が欲しいんでしょ?」
「うう……」
もっともなことを言われ、ヤマトは弱ってしまいます。けれど、また列車が揺れ始めたのに気付いて、「分かったよ!」と投げやりになりました。
「行くよ! この花火でムーマを追い払うんだ!」
「屋根に登るハシゴは、最後尾にございます」
「オイラもお供するっす!」
ルカがカートから出した風呂敷で花火玉を包みます。それを抱え、二人は列車の一番後ろの車両まで急ぎました。デッキに出て、備え付けのハシゴを登ろうとします。
そんな二人をムーマたちが見つけました。
「人間が来たぞ!」
「連れて帰る!」
ムーマたちが飛びかかってきます。ルカがヤマトとムーマの間に立ちふさがりました。
「ヤマトくん! 行って!」
ルカがムーマを防いでくれている間に、ヤマトは花火玉の入った風呂敷を小脇に抱え、夢中でハシゴを登りました。
あまりに必死になっていたため、汽車から落ちてしまうかも、なんて心配をしている余裕さえありません。
屋根まで登り切ったヤマトは、そこに自分の背丈よりも少し小さな筒が設置されているのを発見しました。きっと、これが打ち上げ台でしょう。
「待て、人間!」
ルカの横をすり抜けて、ムーマがこちらに向かってきます。ヤマトは風呂敷から花火玉を出し、打ち上げ台の上に乗っている筒に入れました。
「それっ!」
ヤマトは打ち上げ台についていた取っ手をつかんで、筒の向きを変えました。こちらへ向かってくるムーマに照準を合わせます。
「あっち行け!」
足元の「発射!」と書いてあるボタンを力一杯踏みました。
ヒューと笛が鳴るような音と、ドン! という破裂音。花火が直撃したムーマは「ぎゃあ!」と叫びました。
「バクだ! バク印の花火だ!」
ムーマが屋根から転がり落ちていきます。
ヤマトは空に向かって、次々と花火を打ち上げていきました。
「ひえぇ! 早く逃げろ!」
「俺たちはこれが大嫌いなんだ!」
空に、赤や青のカラフルな花が咲きます。その下で、ムーマたちは情けない声を上げながら飛び回っていました。花火から逃げようと必死で、仲間と正面衝突している者もいます。
「たーまーやー!」
列車からどんどん遠ざかっていくムーマたちに、ルカが手を振っています。
「やったっすね、ヤマトくん!」
「うん! 助けてくれてありがとう、ルカ!」
二人はハイタッチして、車内に戻りました。
窓の外を見ると、ムーマはまだ空の高いところからこちらの様子を見ています。けれど、先ほどのように襲ってくる気配はありません。きっと、警戒しているのでしょう。
完全に追い払えたわけではありませんでしたが、ヤマトは少しだけ安心しました。




