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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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潔く

 地面から噴き出す光。

 それは線のように細く、地面に不可思議な模様を描くように広がっていく。


「いかん! これは、魔法陣っ!」


 珍しくリトルの狼狽した声がする。


「それっ――ぐっ」


 質問しようとした途端、全身から力が抜け膝を突いてしまう。

 なんだ、この脱力感は⁉

 振り返ると仲間が四つん這いになっていた。俺と同じ状態か。

 いや、シエルだけは完全に地に伏している。


「白銀の翼よ。その魔法陣に見覚えがあるのではないか? よく知っているはずだ」


 意味不明なことを口走るゼノス王。


「何の話だ。魔法陣なんぞに覚えは……まさか」


 あることに思い当たり、地面を走る光を凝視する。

 大きさは違うが、確かに見覚えがあった。この――魔法陣に。


「リトル、これはまさかあの」

「なんてことじゃ……。我々が異世界に飛ばされたときのものに酷似しておる。改良はされておるようじゃが。だが、この魔法陣は多くの魂を必要と……そういうことかっ! 己が部下の魂を媒体にっ」


 顔をしかめ悔しそうに吐き捨てるその言葉を聞き、一瞬にして理解した。

 前は王都の人々を、今回は自分の部下である元近衛兵や異形の兵士を糧にしたのか!


「そんなっ! また異世界に飛ばそうっちゅうんかい!」


 冷静に返すリトルと慌てふためくスマイル。

 あのときの悔しさ憤りが蘇りそうになるが、この状況で冷静さを失うわけにはいかない。

 どうにかして、この魔法陣を消さなければ。

 四肢に力を込め余力を振り絞るが、立つことすらままならない。


「無駄な抵抗はせぬ方がよい。エルフの言うとおり、これはあの魔法陣を改良小型化したものだ。王都の人々の魂を生け贄として捧げ触媒とし、異世界との境界を破壊し、邪神デリフィス様をこの世界に呼び戻すための、な」


 予想は的中かよ。黙らすために一撃でもぶつけたいところだが、この脱力感に抗うのに必死でまともに動けそうにない。

 口を動かすので精一杯だ。


「貴様らは余の先手を打ち、企てを阻止したと勘違いしているようだが。何もかも我が手の上で踊らされていたに過ぎぬ。この町にいるのも何をしようとしていたのかも知っておる。把握したうえでの行動だ」

「な、何言うてんの。ちょっとうまくいったからって、調子乗って監視してたとかふざけたことぬかさんといて」

「遠方からの透視魔法をわしが見抜けぬと思うてか」


 この状況でも強気の発言をする仲間たち。


「そこのエルフがいる限り、ただの魔法は通用せん。だがな、余と視界を共有する契約を結んだ者がいたとしたらどうだ? この呪いならば魔法を探知できまい」


 余裕の笑みを崩さずに放ったゼノス王の言葉。

 意味は理解できたが内容が頭に入ってこない。

 今……視界を共有する契約を結んだ者……とほざきやがったのか?


「おい、冗談はやめろよ。それじゃ、まるで仲間の一人がてめえの配下になったみたいじゃねえか」


 自分で口にしておいてぞっとした。そんなことあり得ないとわかっているのに背筋が寒くなる。


「そう言っておるのだよ。なあ――」


 俺と仲間たちが周囲を見回していると魔法陣の影響がないかのように立ち上がる――バージンがいた。


「お、おい。冗談だろ……」


 そのまま無言でゼノス王の下に歩み寄る。その背には後生大事にいつも手入れをしている大きな盾が見えた。

 上空から見下ろしていたゼノス王がすーっと地上に降り立つと、その前で片膝をつき恭しく頭を下げるバージン。


「う、嘘や! そんなん認めへん! バージン! なんか言うてや!」

「どうしてなのじゃ! そんな男ではないはずであろう!」

「どういうことなんだ!」


 俺たちの悲壮な叫びが届かないのか、バージンは微動だにしない。


「そうだ、その顔が見たかった! ふははははははっ! なんと心地よい!」


 醜悪に笑うゼノス王。

 だが、その不快感よりも疑問の方が大きい。


「何とか言えよ、バージン!」

「やれやれ。そう責めるでない。こやつは余の指示に従ったにすぎぬ。余への忠誠の証を見せてやるがいい」


 そこでようやく動きがあった。立ち上がるとこちらに向き直り、前髪を掻き上げる。あらわになった右目には瞳の代わりに赤い文様が描かれていた。

 これが視界を共有する契約の証か。


「こやつの見たものはすべて余も見ることが可能となる。これまでのたわいのない日常もすべて目にしてきた。故に今回の計画も把握した上で、この計画を実行したというわけだ」

「筒抜けだったってことか」

「いかにも」

「元近衛兵たちは捨て駒だったってことか」

「いかにも」


 鷹揚にうなずくゼノス王。


「あいつらも浮かばれねえな」

「何を言う。偉大なる余の糧となったのだ。誉れであろう」


 それは嫌みではなく心底本音で語っているのが声の響きで伝わる。


「バージン、いつから裏切っていたんだ?」


 俺の問いに沈黙で返す。


「バージンよ発言を許そう。好きに語るがよい」


 そこで始めて重い口を開く。


「豚人族のところに滞在していたときにゼノス王からの接触があったのですよ。そこで私は……裏切りを決意しました」


 それを聞いて少し安堵した自分がいる。

 何十年も俺たちを謀っていたわけではなかったのだと。


「理由はなんだ。おまえほどの人間が志を変えるほどの理由を教えてくれ」

「それは……」


 背負っていた盾を地面にそっと寝かせるバージン。

 そして、盾の側面に指を這わせるとその上部が開いた。


「彼女、アピュを復活させるという条件です」


 盾の中から抱き上げられたのは胸の前で手を交差させ、まぶたを閉じて眠っているかのように見える天使。白銀の翼の一員だった――アピュ。


「皆さんもご承知ですよね。英雄である我々を見いだし導いてくれた彼女。あの日、異界の境界が崩れ飛ばされそうになった我々を、禁断である邪神の秘術で守り時を止めてくれたことを。その影響で彼女は神からの怒りを買い自らの時を永遠に止めることになってしまった。私の力が足りなかったばかりに」


 後悔とともに吐き出された懺悔の言葉。

 忘れるわけがない。異界へ吸い込まれそうな俺たちを助けるために、アピュが周囲の時を停止させ、その魔力を補うためにリトルが体のすべてを精霊に捧げ、こうなってしまったことも。


「皆さんは汚名を返上し、雪辱を果たすために戦っていたようですが……私は違います。彼女を救うためだけに生き恥をさらしてきました」


 それを見抜いたゼノス王が誘惑をしてきたのか。


「だけどゼノス王が約束を守る保証はないやん! こんな傲慢で嘘つきな男やで! 詐欺師の言うことを信じた方がまだ可能性あるってもんや!」


 スマイルの怒鳴りに大きくうなずく。

 俺も同じことを思った。ゼノス王との約束になんの価値と保証があるのかと。


「散々な物言いではないか。だが、その疑いも当然だ。故に視界を共有する契約を結ぶ際に契約したのだ。視界の共有をかなえる代償として余がアピュの時間を元に戻すと。邪神デリフィス様は時を司る神。その力をもってすれば難しいことではない」


 ……そうか。魔法で交わされた契約は絶対。そして邪神の力。その二つの要素を目の前にぶらつかされたら、バージンが飛びつくのも納得はいく。

 あいつはずっとアピュのことを後悔し続けていた。アピュを――愛していたからな。純潔を尊重し、自ら守っているのもそれが理由だから。

 スマイルが同じような目に遭い助けられるとしたら、俺は……どうするだろうか。


「皆さん、すみません。謝って済まされる問題でないのは重々承知しています。ですが、私はどうしても――」

「もう、しゃべんな。腹は立つが納得しちまったよ」

「そうやね。アピュ復活の条件出されたらなんも言えんわ」

「仕方ないのう。元に戻ったらよろしゅう伝えるんじゃぞ」


 同じくあっさり現状を受け止める二人。

 そんな俺たちを見てバージンが今にも泣きそうな顔になる。


「お前さんはアピュを復活させるために邪神について学び、自ら汚れた証としてその白衣を白から灰色に変えたんだろ。邪神の力で蘇るってのは間違いじゃなかったってことじゃねえか。今までの努力は無駄じゃなかったんだぜ。もっと誇れよ。俺たちと違って一番やりたかったことを成し遂げたんだからよ」


 屈辱にまみれたまま死ぬ悔しさはある。今度異世界に飛ばされたらアピュの力がない今なら十中八九、無事には済まない。

 幸運にも異世界へたどり着いたとしても時間の流れが違うあちらから、こちらに帰る前に寿命が尽きる。ゼノス王を倒すことは……もう不可能だ。

 それでも仲間の誰か一人でも幸せになれるなら、いいじゃねえか。

 だから誇れ。うじうじするな。顔を上げろ。最後まで笑ってやれ。仲間の一人が本懐を遂げるのだから。


「もっと悔しがり足掻く姿を見物希望だったのだが、拍子抜けだ。まあよい、目障りな貴様らの顔をもう二度と見なくて済む」


 ゼノス王はバージンの横を通り抜け、無様に膝をつく俺たちをにやけ笑いで眺めている。

 ジャラリ。

 うつむいたままのバージンの腕からほどけた鎖が力なく垂れ下がった。


「では、これで最後だ。ここで自ら手を汚すよりも、異世界に飛び生き延び苦しみが長引く方が面白そうだからな。よい旅になることを願うぞ、白銀の翼よ」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、異世界への扉を開こうとするゼノス王。


「最後に発言を許そう。何かあるかね?」

「そうだな……。じゃあ、一言。亀の甲より年の功って知ってるか?」

「この期に及んで意味不明なことを。もうよい。魔法陣を」

「やっちまえ!」


 最後の言葉をさえぎり俺は大声を張り上げる。

 意味がわからず眉をひそめるゼノス王の首に白い鎖が巻き付いた。


「ぐがああっ! な、なに、ひゅ」


 鎖を両手で掴んだ状態でつり上げられている。

 その瞬間、全身への束縛が消滅して自由が戻った。

 未だに状況が掴めずに、首元の鎖を緩めようと暴れているゼノス王が目にしたのは、後ろから鎖を巻き付け引っ張り上げているバージンの姿。


「余を裏切ったのか!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。寝返った真似ごとをしていただけですよ。こうやって善神セルフィス様の力が宿った鎖で、あなたを倒す絶好のチャンスを得るためにね」


 あの鎖はデリフィスを封じていたセルフィスの鎖を元にしているので、邪神の力を源とするゼノス王には絶大な効果がある。こうなってしまったら魔法の発動すら不可能なはず。


「バカな! お前の行動は一部始終、その目で確認済みだ。怪しい行動は一切なかった!」

「そりゃそうだ。お前たちの計画を知ったのはさっきだからな。バージンからも話は聞いてなかった。だから驚いたのも本当のことだぜ」


 当たり前だとばかりに大きくうなずく。


「ただな、最後の最後まで俺は信じただけだ。この数十年、ともに過ごしてきた仲間を」

「そ、そうやで。これっぽっちも疑ってなかったわ! うちの芝居もなかなかのもんやったやろ」

「うむうむ。わしもわかっとったぞ」


 嘘つけ。本当ならどうして二人とも目をそらしている。

 まあ、そこを追求するのは後だ。

 すらりと刀を抜き、ゼノス王の側面に立つ。


「異世界ではお偉いさんが責任をとるときは自ら腹を刺して、介錯者が首をはねるそうだぜ。お前さんは潔く切腹なんてしねえだろうから、介錯してやんよ」

「今度は……余がしてやられたということか」


 先ほどまでの狼狽えた言動が嘘のように、達観した顔で俺たちをじっと見つめている。


「一応、最後の交渉をしておくとしよう。白銀の翼一行よ。汝らの願い、どのようなことでも叶えよう。我の配下とならぬか?」


 その言葉に聞き覚えがある。

 三十年以上も前に謁見の間で似たようなことを言われた。確か俺はそのとき――


「それは嬉しい申し出だぜ。じゃあ、一つ望み言ってもいいか?」

「もちろんだ。望みを言うがいい」


 ゼノス王も昔のやりとりを思い出しているのか、どこか楽しげにも見えるが……表情はすべてを悟っているかのようだった。

 俺がこの後に何を言うのかすでに理解しているのだろう。


「お前の死だよ」

「で、あろうな」


 振り下ろされた刃はあっさりと首を切断した。

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