エピローグ
馬車の御者席でハンドルを握りながら、ぼーっと外を眺める。
「今日もうっとうしいぐらいいい天気だぜ」
雲一つない青空から燦々と光が注いでいる。
多くの人が目をそらす方角の空には目障りな邪神の姿はない。
ゼノス王を討ち取ったあの日、異世界との境界は完全に塞がり邪神デリフィスはその姿を消した。
「師匠ー」
目の前に逆さの生首が突如現れた。
弟子のシエルがまた屋根に上っていやがったのか。
「なんだ」
「師匠たちは目標を達成したんだよね?」
「まあ、そうだな」
ゼノス王への復讐。犠牲になった人々の敵討ち。あのときの屈辱は晴らせた。
三十年もの間、そのことだけを考えて生きてきた。だが、すべてが終わったというのに達成感というよりは空虚と表現すべき、か。
「ずっと這いつくばっているだけで、なーんにも活躍できなかったけどさ、最後の戦いっていうか、あのオチはそれでいいの? なんかラストバトルってもっと壮大でド派手なのを期待していたのに」
逆さで長い髪を垂らしながら不満顔をするな。
「そんな英雄譚に出てくるような展開なんて実際にはねえんだよ。あるとしてもそれは若く無謀な連中の特権だ。いいか、勝負ってのは勝てばいいんだ。過程よりも結果が大事だと、何度も教えたはずだぞ」
「そうだけどさー。でもー、あの結末はちょっと」
納得できないままシエルが視界から消える。
屋根の上でふてくされているのだろう。
「まあ、誰もが想像できなかった最後ではありますよね」
背後から聞こえてきた声に振り向くこともなく苦笑いを浮かべる。
声の主であるバージンは後ろから身を乗り出すと、そのまま俺の隣の御者席に座った。
この馬車――キャンピングカーは馬車にしては大きさに余裕があるのだが、こいつのバカでかい体が隣に来ると窮屈に感じてしまう。
「ライク、一つ訊いてもいいですか」
「おうよ」
「私がゼノス王に寝返ったのではないと、本当に信じていたのですか?」
軽いのりで返そうかとも思ったが、その真剣な目に見つめられ一度開きかけた口をつぐむ。そして、深呼吸をしてから再び開いた。
「いいや。だから、あのときの動揺も口に出した言葉もすべて本音だ。でも、お前が未だに迷っていることだけは伝わってきた」
「そう、ですか。しかし私はライク、リトル、スマイル、シエルよりもアピュを選んだのは、まぎれもない――」
「なんじゃ、呼んだかのう?」
「ダメやないのリトル。男同士の真剣な会話に割って入ったらあかんで」
俺とバージンの間ににゅっと首を突き出してきたのは、幼女にしか見えないリトル。そして、赤髪のスマイルが続く。
「お二人とも……本当に申し訳あ――」
「辛気くさいのはやめーや。誰も気にしてへんって」
「そうじゃよ。そんなことより朝ご飯はまだかのう?」
張り詰めていた空気が破壊され、一瞬にしてのどかな空間が成立する。
まあ、こっちの方が俺たちらしいか。
「バージンその話はもう終わりだ。二度と口にするなよ。もし約束を破ったら、お前の筋トレ器具全部捨てるからな」
「ご無体な!」
基地からいくつか筋トレの道具をもらってきたのを知っている。
本気で怯えているようなので、しばらくは蒸し返すこともないだろう。
「それで、師匠たち。この後、どうすんの?」
再び、シエルが逆さ状態で登場する。
「決まってんだろ、俺たちの仲間アピュを元に戻す方法を探す旅を続けんだよ」
俺の言葉を聞いてバージンの口元が嬉しそうに緩む。
「ついでに、ちょくちょくギルドで依頼をこなして路銀を稼ぐぞ」
「あ、なんか世直しの旅っぽくていい!」
その答えに納得したシエルが馬車から飛び降りると、有り余った元気を消費するように馬車と併走している。
若いってのは、ほんとそれだけでうらやましい。
「じゃあ、まだまだ旅は続くっちゅうことやね」
「お昼ご飯とおやつはまだかのう」
「要求が増えてますよ、リトル」
体にガタが来るのが先か、旅の目的をすべて果たすのが先か。
どっちにしろそのときが来るまで、俺たちの冒険はまだ続く。
三十年前に通った道もまだ半分しか達成していない。
「人生は旅か」
いつか俺たちの足が止まったとしても、その先の道を進む若者がいる。
シエルなのか、はたまた旅の途中で新たに出会う誰かなのか。
それはわからないが追い抜かされるその日まで、道の先を行く者として恥ずかしくない大人の背を見せていきたいもんだ。
人生も旅もまだ終わりは見えていないのだから――
ということでこれにて完結です。
これ以上ご老体に無理させるわけにもいきませんので!
次回作でまたお会いしましょう。(もしくは未完結の作品で)




