災い転じてなんとやら
驚愕する元近衛兵は一見冷静に見える。だが、頭を囲うように配置されている多眼の瞳が心の動揺を表すかのように落ち着きがない。
あの目って、たぶん両肩にいる血の涙を流しているヤツのだよな。当人は動揺を隠しているのに、そっちがバラすのか。
「この町に張られた結界も我々の侵入を妨げるために、予め先手を打ったということか」
顎に手を当て、こちら側に都合のいい勘違いをしている。その対応を見てスマイルがニヤリと口元に悪い笑みを浮かべた。
「あんたらの悪巧みなんて、灼熱の脳細胞を持つうちにかかれば朝飯前や!」
てめえの手はお見通しとばかりに、大きな胸を張り鼻で笑うスマイル。
灼熱って、脳細胞が燃え尽きてんぞ。
「朝飯はまだかのぅ」
「リトル、今いいところやから黙っといて」
言葉のあやを理解できずに、リトルが袖を引っ張りお腹空いたアピールをしている。
「なるほど。そなたが白銀の翼の頭脳だと」
目を閉じ、感心して大きく頷く元近衛兵。俺たちが「それはない」とばかりに手と頭を左右に振る。
俺たちは基本自由気ままに行動をする。現状に応じて得意な者が判断をして指示をする、というのがいつものパターンだ。
魔法はリトル。金や商売に関してはスマイル。宗教やアンデッドにはバージン。武器による戦闘や戦略に関しては俺、といった具合に。
ちなみにリーダーは俺……ということになっているが、仲間が面倒だからと押しつけたともいう。
「珍しく今日は意気込んでんな、あいつ」
「そういえば最近スマイルが悩んでいましたね。仲間内で自分だけキャラが薄いんじゃないかと」
自己アピールを続けているスマイルを眺めながらバージンがぼそりとこぼす。
「キャラが薄い? どこがだ。派手な赤髪に訛りの強い方言。キャラ立ちまくりだろ」
「普通であればそうなのでしょうが、当人曰く『魔法が異様に強い高年齢の幼女、聖職者のくせに筋肉だるま、一見地味だけど剣の腕はピカイチのリーダー。うちなんて戦闘力はみんなに劣るし、ツッコミ役やし。ちょっと美人で、胸も大きくて、薬学に詳しくて、まとまりのないチームを陰から支えているだけやん?』とのことでした」
「悩んでるアピールしているだけの自慢話じゃねえか!」
本当に悩んでいるのか、という疑問は残るがキャラの薄さか。戦闘力に関しては確かにと納得してしまう自分がいる。俺たち四人で戦ったとしたら一番弱いのはスマイルだ。
拳銃と火の魔法は厄介だがリトルに魔法は通じず、銃の弾も魔法の障壁に弾かれるだけ。
相手がバージンだとしたら魔法を数発平然と食らいながら鎖を振るわれて終わりか。弾も何発か撃ち込まれたぐらいじゃ死なないだろうしな。回復も出来るし。
俺相手になると空水魔法で弾丸の速度が落ち、火の魔法も消火できる。ハッキリ言って圧勝できる自信がある。
とはいえ、このチームを支えているのは間違いなくスマイルだ。家事全般、リトルの介護、薬と診断による仲間の体調管理。
あいつがいなければ数日で壊滅する自信がある。悩む必要はないと思うんだが。
「平和ボケした町を陥落させるだけの簡単な作業程度だと甘く見ていたのは認めよう。しかし、まさかお主らが立ちはだかるとは。王が警戒するだけのことはあるようだ」
「そやろ、そやろ。もっと褒めてええんやで?」
調子に乗りまくって後ろが見えるぐらい仰け反っている。
よくもまあ偶然の産物に対して、そこまで自慢気にできるもんだ。……もうちょい、活躍の場を譲った方がいいのかね。
「白銀の翼で一番警戒しなければいけない相手は英雄クライだと考えていたのだが、見解を改めないといけないか。本当に警戒すべきは、お主だと」
元近衛兵の無数にある目がすべてスマイルに向く。
「えっとー。そ、そんなに見つめられたら照れるやんか」
赤い髪を左右に振りながら一見おどけているように見えるが、こめかみを流れる冷や汗を見逃さなかった。
「……ど、どないしよう。なんか、目え付けられたんやけど」
すーっと俺の隣に滑り寄ると小声で耳打ちをしてきた。
「調子に乗るからだ。俺は知らん」
「そんなイケずなこと言わんといてや。日陰者がちょっと日の光を浴びたかっただけやん。あんなのに狙われたら、うち、うち……おちおち夜しか眠られへんわ」
「小ボケ入れられる余裕があるなら、いけんだろ」
突き放してもいいんだが、こいつが集中的に狙われたらかばうのも手間か。
「ああもう、面倒臭えな。おい、勝手に警戒すんのはてめえの勝手だが、この結界も俺たちがここにいるのも、たんなる偶然だ」
「あー、いーけないんだ。ライクがバラしたー」
「子供かっ、お前は!」
俺を指差して非難するんじゃねえ。助けてやろうとしてやってんだろうが。
切れ者と勘違いされるのも後々厄介になるだけだ。ここは正直にネタバレした方が楽になると判断した。
「偶然……ふっ。この状況を偶然で片付けられるとでも。まあ、いいだろう。そういうことにしておくとするか」
そんな「本当のことはわかっているけど騙された振りすればいいんですか?」みたいな出来る男の顔をしてニヒルに笑ってんじゃねえぞ。マジでわかってないだけなんだからな。真相を知ったら恥ずかしくなるのは、お前の方だぞ!
「もう、どうでもいいや。なんにせよ、ここでてめえの口を封じたら済む話だ」
「その意見には同意する。だが、どちらかといえばこちらのセリフではないか?」
「かもしんねえな。だが、呑気にお喋りしていていいのか。その多すぎる目で後ろを見てみろよ」
俺に指摘された元近衛兵の表情が硬直した。振り返ってはいないが、後方にある目で背後の確認をしたのだろう。
「豚人族の群れだと。それにあの見慣れない武装。ただのモンスターという訳ではないようだが」
「おうよ。あれは俺たちの仲間だ」
元近衛兵と異形の兵士を挟み撃ちにする形で並んでいるのは、町の近くで潜んでいた豚人族の連中だ。
全員で三十二名。前衛に並ぶ十名は巨大な盾を手に構え、その背後に銃を手にした射撃手。これが彼ら必勝の密集陣形らしい。
合図をしたら出てくる手はずだったが、この異常事態を察してやってきたのだろう。
「ライクよ、思いも寄らぬ展開なのだが。一体全体どういうことだ?」
豚人族のリーダーであるオークライが訝しげに目を細めている。
「悪いな、ちょい予定変更だ。まあ、どっちにしろこいつらを始末すれば住民からの信頼は得られる。あー、こいつらは悪の手先だからマジもんで殲滅していいぞ」
城壁の上からこっちを警戒している兵士たちが証人になってくれるはずだ。
「よくわからないが、承知した。異形だからといって見た目で判断するのは褒められたことではないが、町を襲っているこいつらが悪だというのは一目でわかる」
「理解が早くて助かるぜ」
この姿形で町を襲っておいて「善人です」は通用しないに決まっている。
挟み撃ちの形にはなっているが豚人族と元近衛兵たちとの距離はまだ遠い。銃なら充分に届く間合いではあるが、正確さと威力を求めるならもう少し縮めるべきだろう。
俺がそれを指摘するまでもなく、盾を構えた前衛がジリジリと距離を詰めている。
「その武装は異世界から流れ着いた銃と呼ばれるものだったか。確か弓よりも威力、連射性に優れた武器。これは少し面倒なことになっているようだ」
銃は異物として有名で、それを模倣した武器も大量に流通している。こいつらが知っていてもなんら不思議ではない。
その割には焦った様子は微塵も見せやがらねえ。豚人族の数を合わせたこちらより三倍近い人数差がある余裕か。
俺たちなら異形の兵士を数体同時に相手しても負けない自信がある。だが、銃を持っているとはいえ、あいつらの本気の戦力は未知数だ。
異形の兵士は身体能力が人間の兵士より優れている。それに加え、見た目による威圧感と恐怖により相手の動きを鈍らせてしまう。
「人間が歪に固まった兵か。少々美意識に欠けるが問題はない。なあ、お前ら!」
「「「「おうっ‼」」」」
そんな心配を余所に、鼻息荒く意気込むオークライたち。
「なるほど。我々を逃がさないように伏兵まで配置済みだとは。用意周到とはまさにこのことだ。白銀の翼の頭脳を名乗るに相応しい」
「えっとね、そんなに感心せんでいいんよ? ほら、ほんまにたまたまこうなっただけなんやから。ごっつう運がよかっただけやしぃ」
「適度の謙遜は美徳だが、度が過ぎると嫌味になるぞ?」
スマイルがどれだけ否定しようと聞く耳を持たない。あいつは注意すべき敵だと認識してしまったようだ。
「……どないしよう」
「泣きそうな顔すんな。自業自得だ」
噛み合わない会話を続けたところで誰も得をしない、実のないお喋りはこれぐらいにして武力行使で話を付けるぞ。
「お前さんたちは兵士たちの相手を頼む。俺たちはそこの親玉を潰すからよ」
「承知した」
その言葉を合図に豚人族が一斉に射撃を開始する。
俺の衰えた耳にも届く銃声が途切れることなく響き、次々と異形の兵士たちが倒れていく。
あいつらが手にしている銃は機関銃と呼ばれるもので、威力、連射性に優れた代物だ。実際に弾丸が敵の鎧を容易に貫通している。
弾の速度も相当なもので発射された弾を見てから避けるのは至難の業だろう。
異形の兵士たちは決して弱くないのだが、ろくな抵抗も出来ずに一方的に蹂躙されているだけだ。
「これは想像を遙かに超える威力。こちらの兵があっという間に尽きかねん。これでは王に叱られてしまうな」
元近衛兵が肩をすくめて頭を振ってガッカリ感を演出しているが、どこか芝居がかっていて態度にも焦りは見えない。
「仕方がない、追加するとしよう」
元近衛兵が指を鳴らすと地面の至る所に淀んだ水溜まりのような黒いシミが現れ、そこから異形の兵士が浮かび上がってきた。
その数は――百を軽く超えている。
「この厄介な結界がなければ町中で召喚する予定だった兵士たちだ。ここで戦力の出し惜しみをするのは愚の骨頂。こちらも全力でいく。盾兵よ、一列に並べ! その背後に弓兵を!」
さっきの攻防で対処法を学んだようで、豚人族を真似するように巨大な盾を持つ異形の兵士を一列に整列させた。
盾と盾が向かい合い、背後には互いに射手が構えている。両者から変距離攻撃が仕掛けられるが盾にすべて防がれている。
こうなるとじり貧だが、敵の注意を引いてくれているだけでも助かる。こっちは近衛兵に集中できるからな。
「あっちはあっちで任せて、俺たちもやるとするか」
「戦いに意はないが、こちらは一人で、お主らは四人。いささか卑怯ではないか?」
「お前さん、三人が合体した状態なんだろ? じゃあ四対三だろうが。それに俺たちは老人だぜ。年寄り相手だ、ハンディーぐらい必要だろ」
即座に返すと、本体と両肩の顔が苦笑しやがった。
「まあ、そうだな。だとしても一人多いのは間違いない。正義の味方としてそれはどうなのだ?」
「男が細けえこと気にすんなよ。それにな、どうもなにも……勝った方が正義だ。正々堂々なんて言葉は異世界に置いてきちまったよ。どんな崇高な精神のもとに動いたところで敗者は何も語れねえからな」
俺たちはそれを嫌というほど実感している。
あの惨事をすべて俺たちに押しつけられたのも、あの戦いで勝てなかったからだ。今更自分たちの行いが正しかった、なんて言う権利はない。
だが、すべての元凶は俺たちではなく――ゼノス王だ。
「そうだな。確かに勝てば事実を好きなように改ざんできる。それは目の当たりにしてきた」
バツが悪そうに苦笑しているのは、そういったゼノス王の行いを何度も見てきたからこそ、か。
「そういうこった」
これ以上の会話は必要ないとあちらも悟ったのだろう。地面に広がる闇に手を突っ込むと、引っ張り出した槍を見せつけるように頭上で回転させた。




