一難と言うほどではないが去ってまた一難
「よーし、今日は真面目に働いたな。さーて、帰って一杯やるか」
敵のアジトの前で腰を伸ばす柔軟をしつつ、今後の予定を口にする。
ここで捕まえた二人はこの町の領主のところへ護衛が運んでいった。
証言だけでは言い逃れる可能性があったので、親玉の前で欲求不満のバージンとシエルに組み手をさせつつ、
「証文とか取引の書類がどこにあるか教えてくれ。あっ、拒否したらあそこに放り込むから」
と優しく脅すとあっさり吐いてくれた。
領主と親玉が繋がっていて証拠隠滅される可能性もあるが、そん時はそん時でまた考えればいい。
「こんないい天気の日はひなたぼっこしながら、酒を飲んでつまみを囓る。最高じゃねえか」
その光景を想像しただけで喉が鳴る。
早く帰ろうと足早に立ち去ろうとした俺の肩を掴む輩がいた。
「こらこらこら、何言うてんの本番はこれからやろ?」
くそっ、勢いで誤魔化しきれなかったか。
振り返ると肩に手を置いた呆れ顔のスマイルと、肩をすくめているバージンとリトルがいた。
「今からボルフガルフを呼んで暴れる真似をさせる予定ですよね。豚人族の方々も町の近くで待機しているのですから、今更やーめたは通じませんよ」
「そうじゃぞ。面倒を後回しにすると余計に面倒になるだけじゃ」
「ごもっともなご意見で。はぁー」
頭を豪快にぼりぼりと掻き、至福の妄想をため息と共に吐き出す。
しゃーねえか。さっさとやっちまって、ゆっくりすればいいだけの話だ。
「そうだ、リトル。念のためにあれはやっておいてくれたか?」
「うむ、準備は万端じゃよ。今日はいつもより豪快に暴れる振りをするのであろう」
事前に頼んでおいたことはやってくれていたか。物事をちょくちょく忘れるから、少し不安だったが大丈夫なようだ。
「シエル、竜笛の準備しておいてくれ。俺たちは町の門付近まで移動す――」
今後の計画を口にして行動に移ろうとした、そのとき。遠くの方から人々の悲鳴が響いてきた。
距離があるので衰えた聴覚ではハッキリ聞き取れないが、何かが来たと叫んでいるようだ。
「おいおい、もう吹いちまったのかよ。ちょいとタイミング早いぞ」
「えっ、違う違う! 吹いてないよ、まだ!」
仲間達の視線が一斉にシエルへ向くと、当の本人はポケットから慌てて竜笛を取り出し「ほら、まだ吹いてないから!」と無実をアピールしている。
本当にまだ何もしていないようだ。となると。
「この騒ぎは何だ?」
俺たちは顔を見合わせると、声の流れてくる方向へ向かい全力で駆け出す。
徐々に大きく鮮明に聞こえてくる住民の叫び。それに加え破壊音と無数の足音が入り乱れている。
狭い路地を抜けて大通りに飛び出すと、そこは酷い有様だった。
必死の形相で逃げ惑う人々。地面には大量の血の跡と横たわり微動だにしない住民。
吹き付けてくる風に乗って運ばれてきたのは、むせかえるような血の臭い。
至る所に血だまりがあり、そこに浮かんでいるのは原形を留めていない人だったモノ。
誰がこんなことをやったのか、と問う必要もない。現在進行形で殺戮が繰り広げられている。
住民に襲いかかるソレは異形の兵士だった。
全員が同じデザインの黒い金属製の鎧を着込んでいるが、ソレを人とは呼べない。いや、体の部位は人なのだ。腕も脚も人であるのは間違いない。
だが、肩口から腕が四本生えているモノや、脚の代わりに腕が蜘蛛のように八本生えているモノまでいる。
そうかと思えば本来なら腕が生えている場所に脚があるモノまでいて、すべてのソレが普通の人とは違う外見をしていた。
更に顔も口がない、鼻がない、目がないモノもいれば逆に、目が多い、鼻が多い、口が多い等、逆のパターンもある。
異形の兵士たちは人間の部位を兼ね備えていながら、適当に人間の部位を付け合わせて作られたかのような外見をしていた。
「こいつらは、あのときの連中か」
そして俺たちはソレに見覚えがあった。
以前、ゼノス王をあと一歩のところまで追い詰めたときに邪魔をしてくれた、あの無数の化け物たち。
「状況から察するにゼノス王の軍勢がこの町を襲ったということですよね。何が目的でこんな場所を……と考察している場合ではありませんでした、ねっ」
首を傾げながらバージンが腕を軽く振るう。
少し離れた場所で逃げ遅れた子供を襲おうとしていた異形の兵士が、白い鎖に殴られ体が真っ二つに両断された。
「だな。話はこいつらを片付けてからにすっか」
居合いの構えから抜刀。狙った相手は刀の間合いから外れていたにもかかわらず、いとも容易く切り伏せられる。
同じことを五回繰り返すと、視界の先にいた異形の兵士が全員地に伏した。
「えっ、師匠何やったの⁉ まさか、剣の振りで真空状態を生み出し飛ばす、達人のみが使える奥義、みたいな!」
「なんだそれ。これは刃に空水魔法をまとわりつかせて、居合いで飛ばしただけだ」
目を輝かせて尊敬の眼差しを注いでいたシエルが、目の光を失い半眼になった。
勝手に期待して落胆するんじゃねえよ。簡単に見えて結構技術がいるんだぞ。
弟子の対応をしている間に、仲間たちが大通りにいる異形の兵士を片付けてくれていた。
「見える範囲はどうにかなったようだが」
目蓋を閉じ、意識を集中して周囲の気配を探る。
こいつらの独特な気配は既に覚えた。同じような気配は……近くにはない。更に捜索範囲を広げると、ここから東の方角に大量の敵を察知した。
「俺たちが入ってきた東門の辺りにうじゃうじゃいやがるぞ」
「そこからの襲撃ですか。なんとか耐えつつも、何体かは取り逃がして町に侵入された、といったところでしょうね」
「耐えてるんやったら助力せんと」
「では、急ぐとするか。皆、こっちにこんか」
手招きするスマイルに歩み寄ると、手にした杖を点に掲げくるりと円を描いた。
すると地面に魔方陣が浮き上がり、そこからあふれ出した光に俺たちは包まれる。
目も眩むような光が消えると、目の前の光景が一変していた。
閉じられた巨大な門と壁の上から攻撃を加えている兵士たち。怒号と悲鳴がそこら中から聞こえてくる。
「えっ、あれっ、ええええっ⁉」
シエル一人だけ状況を掴めずに取り乱しているが時間が惜しいので、門の隣に立てかけられているハシゴを登りながら説明を口にする。
「リトルが移動魔法でここまで運んだだけだ。うろたえる暇があるなら上れ上れ」
仲間たちは言うまでもなく全員がハシゴを掴んでいるが、取り残されていたシエルが我に返ると後に続く。
壁の上に到達すると、門付近の壁をよじ登ってきた異形の兵士に襲いかかられている者が数名いたので蹴散らす。
さっき町中で俺たちが倒したヤツらは侵入に成功した連中か。
ざっと周囲を観察すると門付近の壁に敵が集中している。
「なんで、この気持ち悪いのここにだけ攻撃してるんだろう。壁を平気で登れる身体能力があるなら、一斉に広範囲から襲えば簡単に陥落できるよね?」
辺りをキョロキョロと見回していたシエルがもっともな疑問を口にした。
俺も同じことを考えたが、あることに思い当たり腑に落ちる。
「ヤツらはそうしたくてもできねえんだよ。この門付近以外は結界で囲まれているからな」
その言葉を立証するかのように、少し離れた場所の壁を上ろうとしていた異形の化け物が見えない何かに弾かれ、煙を立ち上らせている。
「えっ、町を包むような結界があるの⁉ スゴイね、この町の防衛システム!」
目を輝かせて興奮しているところ悪いが、それは違うぞ。
「そうじゃねえよ。この結界を張ったのはリトルだ。今日はボルフガルフが派手に暴れる芝居をする予定だったからな。飛び火をしないように念のために結界を張るように頼んでおいたんだよ」
「ちなみに結界のアイデアを出したのは私です」
自分の手柄とばかりに上半身を反らし自慢げなバージン。
「三日掛けてじっくり仕込んだ結界じゃからのう。ちょっとやそっとでは壊れんぞ」
リトルがバージンをまねて小さな胸を張っている。
この襲撃は予想外だったが不幸中の幸いと言うべきか。
「まあ、それで向こうさんも門から強行突破しかできねえって訳よ」
と懇切丁寧に現状を説明している間に、仲間達が城壁の上にいる敵を掃討したので門の向こう側――外へと飛び降りる。
続いて仲間と弟子の着地音がした。
視界の先には石畳の街道があり、その上には無数の異形の兵士が蠢いている。ざっと数えてみたが二百ぐらいか。
「一人頭、五十。いけるか?」
「余裕ですね」
「こんなん余裕のよっちゃんやっちゅうねん」
「よっちゃんなんていたかのう?」
仲間はいつも通りか。
「師匠、私は私は⁉」
元気よく挙手しながらアピールをしている弟子。
異形の兵士相手に一対一なら問題はないだろうが、複数人相手になると少し厳しい実力差だ。
「シエルは俺たちがうち漏らした敵を頼む。あとそこら辺で苦戦中の兵士を助けてやってくれ」
「了解しました!」
おっと、駄々をこねて一緒に暴れると抵抗するかと思ったが、あっさりと引き下がったな。血の気が多いのに自分の実力を把握して抑えられるのは大したもんだ。
「悪かったな待たせちまって」
呑気に会話している俺たちを襲うことなく、距離を取って動きを止めていた異形の兵士たちに向き直る。
なんで襲ってこなかったのか疑問は残るが、倒せば同じだ。
仲間と共に前進すると異形の兵士たちが左右に割れ、開いた道を堂々とした足取りで向かってくる異形の男が一人。
そいつには顔に無数の目がある。最も特徴的なのは両肩に血の涙を流す人の顔。
「お早い再会じゃねえか、元近衛兵様よ」
「ほう、これはこれは。白銀の翼ではないか。……それと、すまんが誰だ?」
仲間を見回して感嘆の声を上げたまではいいんだが、俺をまじまじと見て首を傾げてやがる。
「何言ってんだ。ライク様の顔を見忘れたとは言わせないぜ」
「……しばらく見ないうちに老け顔になったようだな? この前は昔と変わらぬ顔をしていたというのに」
あっ、そうか。こいつと顔合わせしたときは『再起流転』で若返った姿だったな。本来の姿では初対面になるのか。
「あんときは、ちょちょいと秘術で一時的に若返っていただけだ。王様に聞いてねえのかよ」
「そのような秘術が……。我も他者の姿形に関しては口を挟める筋合いではないか。あと、王は無駄な発言を好まぬ」
おいおい。情報の報告、共有は重要だぜ。こっちには都合がいいけどな。
「しかし、まさか、お主らがこの場にいるとは。我々の動きを先読みしていたとでも?」
質問の意図がわからず首を傾げたが、直ぐさま納得した。
こいつ勝手に勘違いしてやがるのか。
「何言ってんだ、これは偶然の――」
「そうやで。あんたらのやることはすべて、ドシュッとバギュッとお見通しやで」
俺の言葉を遮り、前に進み出たスマイルがドヤ顔で偉そうにふんぞり返っている。
お、お前。この偶然を自分の手柄にするつもりか⁉




