嘘も方便
「黒竜がでたぞおおおおおっ!」
「なんでこんな場所にいるんだよ!」
外壁の上で叫ぶ兵士たち。
震えながら槍を突き出しているが、上空で羽ばたいている黒竜に届くわけがない。
「黒竜……それも双頭黒竜だとっ」
圧倒的な強者として知られている竜。加えて凶暴で凶悪だと噂されている黒竜の亜種。絶望せずに立ち向かうことができる兵士など皆無だ。
双頭黒竜は空中浮遊してるだけで手は出していない。――俺の命令に従って。
ここは俺たちがハンターギルドで豚人族討伐の依頼を受けた町だ。かなり大きめの町で分厚い壁で囲まれている城郭都市。
壁は他国からの侵略に備えて、というよりモンスターから守るために存在している。この世界で人間同士の争いも存在しているが、日常で人々を脅かす存在は別だ。
町の周辺は兵士やハンターによってモンスター狩りが頻繁に行われているので、一般市民が遭遇する確率はぐんと減る。
その結果、人間の町の近くは危ないと学びモンスターは近づこうとしないのだが、稀に攻撃を仕掛けてくる個体も存在する。
なぜ、そんな無謀な真似をするのか。そこに人間という食料が大量に集まっているからだ。襲ってくるモンスターが弱い個体なら何の問題もない。
しかし、ごく稀に一般の兵士では叶わない個体が襲いかかってくる場合もある。そういった非常事態に陥ったときはハンターと力を合わせて立ち向かう、という協定がハンターギルドと国家間で結ばれている。
実際に今も兵士とハンターが慌てふためきながら対応しようと努力はしているようだ。
「フハハハハ、愚かで脆弱な人間共よ、逃げ惑うがいい! 我が忠実なるしもべ黒竜よ、若く健康で幸せそうにしている既婚の野郎兵士を集中して狙うのだー! そして、美しい三十から四十後半の未亡人となった者を我のところまで連れてくるがよい!」
俺は町から少し離れた山の上から、慌てふためく兵士やハンターを眺め悦に入る。
「悪党の芝居がめっちゃ似合ってるけど、言っていることがセコ過ぎるわ」
「どうせ狙うなら未婚で純潔を失った者だけにしてください。未経験の若者は見逃してあげましょう」
「やめんか、情けない」
俺の発言を聞いた仲間から様々な反応が返ってきた。
その言葉を無視して近くにあった岩に片足を乗せ、眼下を睥睨する。
「しっかし、やる気あんのかあいつらは」
大半が怯えているだけで、なんとか武器を構えているヤツらもへっぴり腰だ。
一般の兵士が挑んでどうにかなる相手ではない。だとしても果敢に挑む気概のある兵士やハンターが何人かはいるもんだが。
「矢がちーっとも届いてへんやん。この町の兵士もハンターも質が悪すぎへん?」
「まあ、豚人族討伐を流れ者のハンターである私たちに頼むような方々ですからね」
「ここは比較的平和な町じゃったからのぅ。安全が故にハンターギルドの汚職が発生する。皮肉な話ではないか」
仲間たちは慌てる様子がなく、俺の隣で呑気に眺めている。
城壁周辺をおちょくるように飛んでいる双頭黒竜は――数日前に再会を果たしたボルフガルフだ。卵から孵化した状態から育てた子なので、俺たちの言うことには従ってくれる。
今も人には危害を加えず、町の周りを適当に飛んで脅かしてくれ、という頼みを実行しているに過ぎない。
「師匠、師匠、豚人族さんたちはいないみたいですけど?」
額に手を当ててキョロキョロと辺りを見回すシエル。
ああ、そうか。こいつには計画の内容を詳しく説明してなかったな。
「黒竜襲撃イベントは今日だけじゃないからな。あと何回か繰り返して危機感が高まったところで、豚人族がやってきて退治に成功。住民たちから感謝感激雨あられ。からのー、豚人族は討伐する必要ないんじゃね? という民意の流れを演出するわけだ」
「あっ、そうなんだ。でも、ボルフガルフが他の人にやられたりしない?」
ポケットから取り出した竜笛をじっと見つめ、心配そうに呟く。
その竜笛はダリルイにくれてやった物なんだが、旅に同行するシエルにこそ必要だろうと託されたそうだ。
「あいつを倒せる強者は滅多にいねえよ。それに一定の距離を取って飛ぶだけでいいって言っておいたからな」
それから五分ほど優雅に空を舞いながら思い出したかのように天に向かって火を吐き、充分に存在感をアピールしてから双頭黒竜ボルフガルフは空の向こうへ消えていった。
「あれだけビビればいけるだろ。続きはまた明日だ」
「どれぐらいやんの?」
「念のために四日ぐらいやっとくか。他の町に救援を頼んだとしても、来るには一週間はかかるだろうからよ」
この町から馬車で三日ほど進んだところに強力な軍隊を備えた町がある。
北西は他国と隣接していて、東はモンスターが多く住む森があるという最悪の立地条件。その防衛地点を守るために猛者が多く集まっているそうだ。そこから援軍がやってくると少し厄介なことになるからな。
「撤収すんぞ」
四日目。
いつもの黒流襲撃前に町へとやってきた。
「また、今日もアレが来るんじゃないだろうな」
「あの黒い竜は何考えてんだ。襲ってくるわけでもなく、ただ頭の上をぐるぐる飛んでいるだけなんて不気味すぎるだろ」
「あれは人間の怖がる様を見下ろして楽しんでいるんだ。ハンターや兵士は何やってんだよっ」
町中が黒竜の話題でもちきりだ。
前に依頼を受けたときは大通りに人がごった返していたのだが、今は両手の指で足りるぐらいの人しか見かけない。
黒竜を恐れて家の中に引っ込んでいるようだ。
巡回している兵士に出くわすことはあるが、対応できていない弱みがあるので町人に合わせる顔がないらしく、うつむいたまま足早に歩き去って行く。
「順調順調」
予想以上の展開に思わず笑みがこぼれる。
「うちらのやってることって完全に悪党側やな」
「最終的にこの行いで多くの豚人族と子供や老人が救われるのです。神も見逃してくださるでしょう」
スマイルのぼやきにバージンが笑顔で応える。
昔なら「神に恥じる行為です!」とか言って全力で止めてきたのに、考えが柔軟になったもんだ。
町の様子を観察し終えた俺たちは次にハンターギルドへとやって来た。
木造二階建てでガラスをふんだんに使い、他の町のギルドと比べると建物は新しく木材もいいものを使っているのが一目でわかる。
「これも汚い連中と繋がっているおかげなのかね」
入り口の柱を小突きながら皮肉を口にする。
普通なら他のハンターに聞かれないか心配をする場面なのだろうが、周辺に人影はない。
扉を開けて中に入るが、職員が数名とハンターらしき人影は……三人だけだ。
「前に来たときはそれなりに繁盛していたよな」
「そうやね。過剰なぐらいの職員の数と、へなちょこなハンターがうろちょろしとったで」
三人のハンターもホールの隅で肩を寄せ合っていて、俺たちと目を合わせようともしない。見た感じ駆け出しハンターか。
数少ない職員の視線が俺たちに集まるが、意にも介さずホールを縦断してカウンターの前に立つ。
手元の書類を確認していた女の職員が気づいて顔を上げた。
「あら、この状況でハンターが来るなんて珍し……あなたたちは」
驚き目をしばたたかせている職員は、偶然にも俺たちが豚人族討伐の依頼を受けたときに手続きをした相手だった。
「久しぶりに戻ってきたら、なんだこの状況は。ギルドも過疎っているじゃねえか」
騒ぎを企てた張本人だが、しれっと質問を口にする。
「それがここ数日、黒竜が町にやって来ているのですよ。富裕層やハンターの多くが町を去ってこの有様です。私も逃げ出したいのですけど、家や土地を捨てられないし、他の町に仕事があるとは限りませんからね。……はぁ」
大きなため息を吐いて、うなだれる職員。
このご時世、町を捨てて他の町に移り住むというのは一大決心が必要となる。移動中モンスターに襲われる可能性や、他の町で仕事にありつけるかどうか。
生きていくために移り住んだのに、その先で野垂れ死んだなんて話はよく聞く。
散々ビビらした黒幕が何を言ってんだって話だが、これ以上追い詰めると他の住民も命懸けで逃げ出す羽目になる。やっぱ、今日決行するべきだ。
「黒竜ねえ。おいおい、タチの悪い冗談だぜ。竜が襲った跡なんてどこにもねえ。町はきれいなもんだ」
「不思議なことに黒竜は上空を飛んでいるだけで、手を出してこないのですよ。それが理由で住民の間でも町を離れる判断に迷う人が多いみたいで」
知ってる。
自分たちがやらかしたことを、すっとぼけて訊ねるってのは不思議な感覚だ。悪事を働きながら何食わぬ顔をして生きている連中はこんな気分なのかね。
「黒竜か……なかなか面倒なのに目を付けられたな。俺が聞いた噂によると黒竜は頭がいいらしいぞ。数日観察してから行動を起こすそうだ。今は自分の脅威になる人間がいないか、飯はどれぐらいあるか見定めている最中なのかもな」
更に適当な嘘を並べて追加で脅しておいた。
その効果はてきめんで、見る見るうちに女職員の顔から血の気が引いていく。
これ以上追い詰めるのはさすがに気の毒か。
「こんな状況であれなんだが、俺たちの受けた依頼について報告してもいいか?」
「は、はい、もちろんです。豚人族討伐でしたよね。どうでしたか?」
「それなんだが――その前に途中で暇潰しに狩ったモンスターの素材買い取ってくれよ」
バージンが筋トレのついでに倒したモンスター数匹の素材と、双頭黒竜のボルフガルフから抜け落ちた鱗を数枚カウンターに置く。
「はいこれは……っ⁉ あ、あの、これ黒竜の鱗に見えるのですが?」
「おっ、そうなのか。町外れの森の中に堕ちてたから拾っておいたんだが、ラッキーだったな」
「な、なるほど。この町を襲っている黒竜の体から剥がれた物でしょう。査定はこんなもんでどうでしょうか?」
差し出された紙には、想像以上の値が記載されていた。
「いいのか、こんなにも?」
「ええ。今日明日にも滅ぶかもしれない状況ですからね。ここで金払いを渋る意味もありませんし」
そう言って苦笑いを浮かべる受付嬢。この娘、思ったよりも豪胆なようだ。
「んじゃ、ありがたくもらっておくぜ」
受付嬢は一度引っ込むと、奥の倉庫から金の入った小袋を取り出し、中身を確認させる。
「確かに受け取ったぜ。じゃあ、話が逸れちまったが本命の――」
豚人族討伐については、予め考えておいたセリフを思い出しながら言葉にする。
「遭遇したが人の言葉を理解する頭があってな。んでもって会話したんだが……こっちで受けた依頼内容と話が異なるんだよ。依頼では無害な商人が襲われ商品を奪われたって話だったが、そいつは奴隷商人で違法な子供の売買を行っていたと聞いたぞ?」
そこで言葉を句切り、冷めた視線に若干の殺気を込め職員を貫く。
この反応で職員が依頼内容に嘘があることを理解していたか、そうでないかをあぶり出す。
「えっ、いえ、そんな馬鹿な。依頼書にはただの行商人で奪われた荷物は食料品となっています」
慌てて机の引き出しに入っていた依頼書と詳細が書かれた紙を取り出すと、「見てください」と内容を提示してきた。
確かに奴隷商人の文字はどこにもない。職員の反応からしても嘘は言っていないようだが。
「精霊が嘘じゃないと言っておる」
服の袖が引っ張られたので顔を向けると、リトルが職員の周辺をぼーっと眺めながら大丈夫だと口にした。
精霊が言うなら間違いねえか。
「あんたは知らなかったんだな。そりゃ、すまん」
殺気を消し、表情を緩め笑顔で対応する。
「あ、いえ、こちらこそ情報に不備があったようで申し訳ございません」
深々と頭を下げ謝っている。どうやら、この職員はまともか。となると、怪しいのはあれか。
俺たちと同年代ぐらいの職員が苦々しい表情で、こっちを睨むように見てやがる。あの顔……あいつは不正も繋がりも把握してそうだ。
「おう、こっちこそ悪かったな脅すような態度で。それで、その豚人族なんだが話のわかる連中でな、拠点に招かれてお邪魔したんだが奪われたはずの商品……つまり子供たちが幸せそうに暮らしていたぞ」
「……そこのところを詳しく教えてくださいませんか?」
おっと、怯えた顔が一変してキリッと引き締まった。
この女職員は信用に値するかも、しんねえな。ちらっと横に視線を移すと、リトルが無言で頷く。
じゃあ、大丈夫か。
俺は豚人族たちと奴隷たちの関係を嘘偽りなく伝える。基地やそこにある大量の異物のことは避けて。
すべてを話し終わると「貴重な情報ありがとうございます。このことについては上と相談しますので」真剣な面持ちで語る女職員。
「頭が薄くなりかけた鼻のデカいオッサンには気をつけな。あいつは怪しいぜ」
わざと大きな声で忠告をしておく。
その声が聞こえた職員の視線が一斉に、壁際で聞き耳を立てていた職員に集中した。
「んなっ! ごほんっ」
わざとらしく咳払いすると足早にホールから出て行く職員。
面白いぐらいに思った通りの行動をしてくれる。さーて、あの職員の行き先を調べるとするか。




