画策
「二期の一番のシーンはホリピンキーが泣きながら『赤点より怖い物なんてない!』と勇敢に立ち向かうところでしょう!」
「それに関しては異を唱えさせてもらおう。わしのお気に入りはホリブラッディーが全身血まみれでチラシを配る場面だ」
「ほっほっほ、お主らはまだまだ甘いのぅ。一番の見所は食事シーンじゃよ」
食堂のど真ん中で迷彩服と奴隷商人と幼女エルフが熱いバトルを繰り広げている。
その周りには同じ趣味の連中が集まり、各自のモエシーンとやらを語っているようだ。
「いやいや、格闘シーンだって! あの重量感のある打撃音。地面に倒れた敵の顔面を踏み潰す容赦のなさ! 最高でしょ!」
何気にバカ弟子も参入している。いつの間にアニメ試聴会に参加していたんだ。
あれだけ熱意を込めて楽しそうに語られると、少しだけ興味が湧く。ちらっと観たことはあるんだが、絵とはいえ子供が傷つく場面を観るのが辛くてやめてしまった。
盛り上がりは最高潮に達したようで、周りの子供や豚人族まで騒ぎ始めている。
俺は料理の載ったトレイを手に食堂の端まで移動する。会話が気になって食事に集中できねえ。
「めっちゃ盛り上がってるやん」
そんな俺の隣に腰を下ろしたのはスマイルだ。こいつは食後らしくお茶の入った湯飲みを手にしている。
「ホリなんちゃらとかいうアニメにご執心みたいだぜ」
「あれ、めっちゃ面白かったで」
「お前も観たのかよ……」
もしかして、この場でちゃんと観てないのは俺とバージンだけなんじゃないか? そういや、バージンが見当たらねえな。トレーニング室にもいなかったようだが。
最近一人でいることが多いが、そんなに筋トレの器具で鍛えるのが楽しいのかね。
「子供がみーんなその話題するから、お話しするためには勉強しとかんと。たまにわからないことを叫ばれることがあったし」
「もしかして……遊んでやっているときに意味不明な技名を口にするのはそれが原因か」
なんちゃらフラッシュ、とか言いながら殴りかかってくるガキが多かった理由が今判明した。
「この調子だと、あの悪徳奴隷商人もガキに手を出す気は失せそうだな。あれが偽りの芝居でなければだが」
「あー、それは大丈夫みたいやで。リトルがあん人の周囲に漂う感情の精霊が暗いのから明るくなってきたって言うとったし」
「それなら安心か」
精霊は至る所に存在している。有名なのは地水火風といった四大元素に関わる精霊なのだが、他にも精神に影響を与える精霊なんてものもいる。
人の心を陽気にさせる精霊は基本明るく、ネガティブにさせる精霊は暗い光を発しているそうだ。俺は精神を操る精霊が見えないから、リトルの言葉を信じるならということになるが。
あの奴隷商人を初めて見たときにリトルが「暗いのぅ。真っ暗じゃ」と周りに漂う精霊を眺めしかめ面をしていた。それが明るい精霊に入れ替わったということは、心境の変化があったということなのだろう。
「動く絵を見て心が変わるか。そんな単純なもんかね」
「それぐらい衝撃を受けたんとちゃう。性格なんて生まれというか環境で変化するもんやから。今まで奴隷を人として扱うことのなかった家庭で育てば、それが常識になる。ずっとそんな環境で過ごしたから、考えを改める機会すらなかったんかもしれんよ」
そうか。俺たちもモンスターはすべて悪だと思い込んでいた時期があった。……人のことは言えないのか。
今までの行いを反省したところで、それまでの過ちが許されるわけではないが、奴隷商人が今後どうなっていくか見所だな。
「すっごく反省して、町に戻ったら自ら出頭するって宣言したらしいで。あと、捕まえている奴隷たちをすべて解放するように手続きもして、奴隷商人も廃業するらしいわ」
「そうか。あれが素なら、孤児院でも開きそうな勢いだからな」
すべてを信じられるほどお人好しではないが、期待はさせてもらおう。もしも、すべてが偽りだった場合は、俺がけりを付ける羽目になるが。
「一週間後にあのおっちゃん連れて町に戻って……ギルドの依頼はどうするん? 豚人族のことはどうすんの?」
「あー、どうっすかなー」
良い豚人族でした、と伝えたところで信じてはくれないどころか新たな討伐隊が組まれるだけだ。まともに付き合えるモンスターがいることをハンターギルドや町の連中は信じようともしないはずだ。
「戦って倒せなかったけど追い出したってことにしたらどない?」
「少しの間は誤魔化せるかもしれねえが、ここに居座り続けるならいずれバレるだろ。基地から離れる気はないみたいだしな」
自給自足が成立していて住み心地がよく堅牢な建物。加えて武器も豊富なこの基地を手放す理由がない。
「じゃあ、お偉いさんに豚人族がここに住むことを許してもらうのは?」
「無理に決まってんだろ。この基地の存在を知ったら迷わず奪いに来るぞ。ここは異物だらけの宝箱みたいなもんだからな」
大量の銃に電力発電施設。そして戦車も含めた他の兵器。これをすべて研究して使用が可能になれば国家の戦力図が変わりかねない。
この世界に異物が大量に流れ込んでいるとはいえ、ここまでの兵器を使った話は耳にしたことがない。既に別の国には存在しているのを秘匿しているだけかもしれないが。
どちらにしろ、この世界には不釣り合いな強力すぎる代物であるのには間違いない。
「となると、豚人族に利用してもろうた方が世界平和に繋がるかもしれんな」
「かもな。まあ、あと四日はここに滞在するんだ。その内になんかいい方法を思いつくだろうよ」
「それやったらええけど」
スマイルは不安げだが、奴隷商人を解放する約束の期日までには時間がある。打開策の一つぐらい思いつくだろう。
その夜。尿意で目覚めた俺は静かに部屋を出た。
「ふぃー。年取るとしょんべんが近くて面倒くせえ」
スッキリした状態で廊下を歩いていると、窓越しに見える夜空の星々をぼーっと眺める。
今日は雲一つないのでいつもより星空がきれいに見えた。
「確か、この建物の屋上から見える星空が絶景だとか」
基地のボスであるアケチが前にそんなことを言っていたのを思い出し、屋上へと繋がる階段を上っていく。
扉を開けると夜風が吹き付けてきた。少し肌寒いがこの程度なら問題ない。
屋上は開けていてフェンスと物干し台が点在しているだけだ。
見上げた先には満天の星空が広がっている。
「スマイルも誘えば喜んだかもな」
「屋外で不純な行為はいけませんよ」
「しねえよ」
背後からした声に驚きもせず否定を返す。屋上に上がる前から気配を感じ取っていた。
俺の隣に並んだのはバージン。
「男二人で星空の鑑賞か。寂しいねぇ」
「人のことは言えないでしょう」
違いないな。
「ライク、ゼノス王を本当に倒せると思っていますか?」
じっと俺を見つめるバージンの真剣な眼差し――かどうかは鼻先まで伸びた前髪が邪魔でわからないが、おそらく間違っていない。見えなくても視線は感じられる。
冗談で軽く返していいような雰囲気ではないようだ。
「難しいだろうな。奥の手を見せたあの戦いが千載一遇の好機だった。こちらの手を把握して、油断していない状態のヤツを倒せる確率は……低い」
隠すことなく正直に答えた。
若返った状態で一気に勝負を決める。それが俺たちの秘策。年老いた俺たちに油断していた、あのときに倒せなかったのは痛すぎる。
「そうですよね。私たちの今の実力を把握されたのが大きいです」
「若い頃なら、あのときよりも強くなればいいだけだろ! なんて勢いでどうにかできたかもしれないんだがな」
俺たちに成長の伸びしろは――ない。ここから衰えていくことはあっても。
「正義はこちらにある、だから必ず勝つのは我々です。なんてことを口にする気もないですからね。それが本当なら我々はゼノス王の魂胆を見抜いて、三十年前に勝っていたはずですから」
正義が勝つなんて甘い幻想はもう抱けない。現実は勝った方がねつ造して正義になるだけの話。それがこの世の中だ。
バージンは背中の盾を外して盾を抱く。まるで愛しい人を抱きしめるかのように。
「ですがもう、立ち止まるわけにはいかないのですよね……はぁー」
最後に小さく漏れたため息。それはどこか疲れたような悲哀を感じさせた。
筋肉を透過して昔の気弱だったバージンの姿が思い浮かぶ。
「ああ。俺たちが生き延びている理由だからな」
どれだけ勝率が低くても立ち止まるわけにはいかない。足を止める時間すら惜しいのだから。
互いにそれ以上は何も言わず、日が昇るまで夜風に晒されていた。
「で、何か思いついた?」
「……何の話だ?」
この基地にやって来てから七日目の朝。
眠気が抜けきってない状況で飯を食っていたら、正面に座ったスマイルが唐突に切り出してきた。なので素直に答える。
「あんた、まさかとは思うけど忘れとったん?」
「だから、何の話だよ」
「この基地のことをギルドにどう報告するか考える、って言うとったよね⁉」
「…………あっ」
完全に忘れていた。
「ほらなんだ、年取ると記憶力が貧弱になるだろ」
「都合のいいときだけ年寄りぶるのやめーや。どないすんのよ」
「もう、見なかったことにしようぜ」
「なんの解決にもならへんやろ。はぁーマジでどうしたらいいんや」
すっかり忘れていたが、対策を考えないとな。
二人で腕を組んで唸っていると、アニメ談義が終わったリトルとシエルが対面に座った。
「有意義な時間じゃった」
「うんうん、盛り上がったよねー」
興奮冷めやらぬ二人が席に座っても、さっきの話題を口にしている。
「で、師匠どったの? なんか二人とも難しい顔をしているけど」
「お前らは呑気でいいな。こっちはギルドに今回の一件をどう報告するかで思案しているってのによ」
「ん? いい豚人族さんたちだったよー、でいいんじゃ?」
ことの重大さがわかってないのか、バカ弟子が適当なことを言っている。……忘れていた俺が言えた義理じゃないが。
「それが通れば苦労しないっての」
「人間同士なんだから話し合えばきっとわかるよ」
若いな。と年寄りじみた感想が口からこぼれそうになった。
「それで無理だったら拳で語り合えばいいって! 世の中で最後に物を言うのは純粋な武力だってお母さんも言ってた!」
「……間違ってはねえが、教育方針はどうかと思うぞ」
なんでも力で解決すればいい、なんて教育をする親は問題ありまくりだ。
「ならば、豚人族は無害だという証明ができれば良いのではないか? 人に危害を加えないどころか有益であることが証明されれば問題あるまい」
リトルの提案は一考の余地がある。
「でもよ、そうなると町に被害を与える強力なモンスターを狩るぐらいのことをしないと、町の連中は納得しないだろ?」
そんなモンスターの討伐依頼はあの町になかったはずだ。
「それに強力なモンスターを見つけて討伐したとしても、奴隷商人と繋がっているようなギルドの連中が「豚人族が退治しました」と言って信用するかどうか」
「逆の発想をしてみたらどうですか?」
上半身むき出しで汗を拭うバージンが背後から会話に加わってきた。
姿が見えないと思っていたら、また筋トレ器具で鍛錬をしていたのか。
「逆?」
「はい。奴隷商人と繋がっているのであれば、彼に証言させればよいではないですか。権力者の言うことなら素直に聞くのでは?」
目配せしたバージンの視線の先にいたのは、アケチとまだ盛り上がっている奴隷商人。
ああっ、そうか、盲点だった。改心した奴隷商人を味方に付ければいいだけの話か。
「でも、実際に被害に遭ってないのにモンスター倒しましたー、とか言われてもさすがに信じへんのとちゃうか?」
「そこは、実際に被害に遭えばいいじゃねえか」
俺の発言が理解できなかったのか仲間が一斉に首を傾げ、半眼で俺を見つめている。
「火のない所に煙は立たない、って言うだろ。なら、実際に火を付けたらいいだけの話じゃねえか」
そう断言すると、仲間たちが俺から一斉に距離を取った。




