モンスターと人
「ごっつう、おいしいんやけど……」
提供された料理を口にしてスマイルが唸っている。
俺たちは基地の食堂に招かれ、シミ一つない真っ白なテーブルクロスで覆われたテーブルの前に座らされていた。
目の前には料理が並び、対面には豚人族と人間の子供が交互に座っている。
「今日のスープは格別だな」
「んとね、わたしたちもてつだったんだよ」
「おおー、それは凄いではないか」
褒めて褒めてと目を輝かせる子供の頭を優しく撫でる豚人族。
人間の子供だけではなく俺より年上の老人もいるのだが、隣に座る豚人族の若者がかいがいしく世話をしている。
「じいさん、慌てて呑み込むんじゃねえよ。このままじゃ食いづらいだろ。切り分けてやっからちょっと待ちな」
「いつもすまんのう」
「いいってことよ」
礼を言う老人に笑顔を返している。
なんだ、この……温かい食事風景は。
「豚人族に対するイメージがことごとく覆されますね」
「師匠、話が違わない?」
「そうだな」
感嘆のため息を漏らすバージンとシエルに相づちを打つ。
種族間でのいざこざなんて微塵も存在せず、互いが仲の良い家族のように振る舞っている。
連れ去られたはずの人々は誰もが笑顔だ。子供は元奴隷で間違いない。
あの豚人族よりも肥えている男はおそらく奴隷商人だろう。唯一、その男だけがこの場で不満顔だ。
「なぜ、わしがこのようなやつらと……」
ブツブツと愚痴をこぼしている。
奴隷と一緒に食卓を囲み、同等に扱われるのが納得いかないようだ。
そんな男を眺めているとこちらに気づいたようで、料理がのったお盆を手に俺たちの前へと移動してきた。
「あんたら、何者だ」
「一応、ハンターだな」
性格の悪さがにじみ出ている顔の男は、見るからに苦手な相手なので投げやり気味に返す。
男は大きく一度頷くと、テーブルに身を乗り出し小声で話しかけてきた。
「やはり、そうか。……わしをここから逃がしてくれぬか?」
「あーん? 出て行きたけりゃ勝手に出ればいいだろ。ここのリーダーは出入り自由だって言ってたぞ」
「そ、それはそうなのだが……」
なんだよ、オッサンが言いづらそうにもじもじしても気持ち悪いだけだぞ。
ここまで来る道すがら耳にしたのだが、捕まった奴隷商人はここで奴隷と一緒に労働をさせられていたそうだ。「奴隷を帰す気はないが、お前は解放してやる」と言われているのに居続けている、とリーダーが言っていた。
「逃げるのはわし一人ではなく、大事な商品である奴隷も連れて行って欲しいのだ」
あー、そういうことか。なら答えは一つ。
「断る」
「なぜだ。町に戻れば金はいくらでもやるぞ?」
「いらねえよ」
「まさか、貴様ら奴隷反対派か」
忌々しげに俺を睨んできやがった。
「借金まみれで自ら堕ちた労働奴隷はしったことじゃねえが、確かガキの奴隷は違法だったよな?」
「そ、それは……」
後ろめたいことを自覚しているようで、目を逸らした。
「し、しかしだ。人と豚人族のどちらの味方をすればいいかは、貴様らにもわかるだろう?」
「中身も見た目も醜く肥えていない方の味方をするぜ」
「ぐぅぅっ」
手にしたフォークを回しながら嫌味を返すと、唸りながら俺を睨み付けている。
大声で怒鳴りたいが、この状況で口にしたらどうなるのか予想できるぐらいの知恵は働くようだ。
「愚か者がっ……。あのとき、金をもらっておけば良かったと後悔しても知らんぞ」
「はいはい」
憎々しげに殺気混じりの視線を飛ばしてくるが迫力が微塵もない。
適当に返事をして、あとは無視をしておく。
厄介な男ではあるが、この状況下において一人で何かやる実力があるとは思えない。逃げるなら勝手に一人で逃げてくれ。
一応、子供を連れ去らないか注意だけはしておくが。
食後、ホールで皆がくつろいでいたので、連れ去られた人々から情報収集をすることにした。
まずは頭から髪の毛が全滅した老人に話を訊いてみるか。
手足が痩せこけていて立っているだけで体が小刻みに震えている老人は、見たところ八十代かそれ以上だろう。
この世界でそこまで生きられる人なんてごく僅か。かなりの幸運と健康に恵まれた人のようだ。
「じいさん、ここでの暮らしはどうだ? 不満はねえか?」
「あーっ、あんたは今日ここに来た人か。あー、豚人族に警戒する気持ちはわからんではないが、みんな優しくええ人だ。寝床もあって、食事もおいしい。それにこんな老人にも目を掛けてくれておる。村での暮らしよりも居心地がいい。わしにとって彼らはモンスターではなく、神様みたいなもんじゃよ」
穏やかに微笑むその顔は無理に言わされている感がない。心からの思いが言葉を通じて伝わってくる。
人は年を取れば自ずと力は落ち、病気にも弱くなる。裕福ではない家庭で邪魔者扱いされることだって珍しくない。山に役立たずの老人を捨てる非道を行う地域もあるぐらいだ。
そんな老人が健やかに余生を過ごせる場所を見つけたんだ、モンスターを神と称したくなる気持ちは理解できる。
それからいくつか言葉を交わして、次に見た目はリトルぐらいの女の子に話を訊くことにした。子供相手となるとスマイルが適任なので任せるとしよう。
見た感じは十歳前後。艶のある黒髪で愛嬌のある顔つきだ。服装は淡いピンクのワンピースで綺麗に洗濯されていて染み一つない。
「ちょっと、お姉ちゃんとお話しーましょ」
「うん、いいよー」
俺が近づいたら警戒されたのに、スマイルが笑顔で手招きすると破顔してトコトコと自分から歩み寄ってきた。
さすが包容力の塊。昔から老人や子供に強いんだよな。
「ここでの暮らしは楽しい?」
「うん! すっごく楽しいよ! 前はね、ずっと暗いところにいて、おいしくもないものしか食べさせてもらえなかったのに、ここはごはんが温かくておいしいんだよ! お魚もお肉も食べていいんだよ!」
目を輝かせて嬉しそうに語る少女。
明るく楽しそうに語っているが、これまでどんなに過酷な環境で暮らしていたのか……身につまされる。
「大きな声でお話ししても怒られないし、ご飯をおかわりしてもいいし、きれいでかわいい服も着せてくれるんだよ!」
指折り数えながら嬉しいことを口にしている。
両手の指を全部使ってもまだ言い足りないようで、両腕で円を描くように大きく回す。
「いーっぱい、楽しいことがあるんだよ!」
「そうなんやね。今、幸せ?」
「うん! すっっっっっごーーーく幸せ!」
「そっかー。よかったね」
はち切れんばかりの笑顔で話し続ける少女の頭を撫でるスマイル。
その姿を見ているだけで心が満たされていくようだ。
まだ完全には豚人族の連中を信用していなかったが、どうやら杞憂だったか。
他の人にも接触してみたが内容はほぼ同じ。恨んでいるのは奴隷商人の男だけ。
連れ去られた人々は丁重に扱われ、自分たちの意思でここに留まっている。無理に連れ帰る必要はない。
となると悩みの種は――武装か。
これだけの知能があれば銃の扱い方は簡単にマスターできる。
食堂にいた豚人族が持っていた銃の安全装置はかかったままだったが、見張りの連中は安全装置を解除していた。つまり、銃の仕組みを理解しているということだ。
人道的な扱いをしている、その点は評価できる。だが、だからといって人間に対しての武力行使をしない、とは限らない。
住民に優しく人道的な王、なんて過剰評価されていたゼノス王があの有様だ。表向きの顔だけを信じると痛い目を見る。
人々から離れて部屋の隅に移動すると仲間が寄ってきた。お互いの情報を交換するが、概ね同じ内容だ。
「あいつらがここに居座るだけなら何の問題もねえんだが」
「そうですね。基地は強固な守りですし、異物の武装もありますから外敵の心配もありません」
「みんな、ごっつう楽しそうやし」
「助け出すのは余計な世話のようじゃのぅ」
確かにリトルの言うとおりだ。俺たちが助け出しても喜ぶ人は皆無だろうな。これで武装の件だけ解決したら、安心してここを立ち去れるんだが。
今後どうするか思案していると、足音が近づいてきた。
「ここにいたのか。あんたら、ちょっと付いてきてくれ。ボスがお前たちに会いたいそうだ」
豚人族のリーダーだと思い込んでいたオークライが、思わぬことを口にした。
「ボスって、あんたがここを支配しているんじゃねえのか?」
「違うぞ。現場を取り仕切るリーダー役を仰せつかっているが、ここの支配人というかボスは別にいる」
こいつよりも上の存在がいたのか。
立ち居振る舞いから察して、こいつが群れのトップだと確信していたんだが意外だったな。
「そうか。わかったよ、全員で行けばいいのか?」
「そうだな。その金髪の若い人間はいい。あんたらには会ってみたいとおっしゃっていた」
「えー、私だけ仲間はずれなのー」
不満顔の弟子の頭をポンポンと軽く撫でると、ふくれっ面がこっちを向いた。
断る必要もないので了承すると、俺たちはホールを出て建物の三階へと上がっていく。
「ボスってのはどんなやつなんだ?」
「会えばわかる。あと無礼な言動をするなよ。妙な真似をしたら力尽くで取り押さえるからな」
あの真剣な目と警告の言葉。
リーダーだけではなく、一緒に付いてきた他の豚人族も同じ目をして頷く。脅しじゃなく「本気でやるぞ」という強い意志を感じる。
これだけ人のできた連中が尊敬し、従う相手か。これは……期待できそうだ。
武装についてもそいつに訊ねるのが手っ取り早いか。
三階の廊下を進んだ先の角部屋の前で足を止めるオークライ。
扉の前には銃を構えた豚人族が二体。常時、見張りがいるのか。
「今日やってきた人間を連れてきた」
「通っていいぞ」
見張りが扉の前を開けると、一度咳払いをしてからリーダーが扉に手を掛ける。
「オークライです。人間を連れてきました」
「そうか、ご苦労。入ってくれ」
扉越しに男の声がした。聴覚も衰えてきているので扉を挟んだ声だけでは性別がわかる程度で、年齢の予想はできない。
ゆっくりと開いている扉の先には一対の机と椅子があり、そこに一人の男が腰を掛けこっちを見つめている。
「人間だと……」
髪を剃った丸坊主の頭に人のよさそうな笑みを浮かべ、服装は地味な色を混ぜ込んだような配色をしている。あれは迷彩服という異世界の戦闘服だ。
異世界に飛ばされた基地で同じような格好をした現地人を見た。
ということは、こいつは戦闘のプロである異世界人ということか⁉
一切崩れない笑顔に眼光の鋭さ。ただ者ではない……。
異世界の物がこの世界に流出した際に、僅かだが異世界人も紛れ込んだという噂を聞いたことはあるが、まさか本当だったとは。
しかし、これは勝手な憶測だ。基地にあった服を勝手に拝借しただけかもしれない。
咄嗟に浮かんだ想像を振り払って、余計な考えを消す。決めつけは行動を鈍らせるからな。予想が当たっているかどうかは当人に尋ねればいいだけの話だ。
「あんたは――」
「お話をする前に……オークライ君、ご苦労様でした。席を外してもらえますか」
「はい。外にいますので何かありましたらお呼びください」
敬礼をしてくるっとターンをすると部屋から出て行った。
「彼は真面目で忠実でとても頼りになるのですよ。さて、皆さんを呼んだのは他でもありません」
そこで言葉を句切り、肘を机に突き手を組むと口元を隠し、じっと値踏みするように俺たちを見ている。
「先程から観察させていただいていましたが……その子、エルフですよね! それも言動がロリババアじゃないですか! パーフェクトですよ!」
頬を赤らめ興奮した顔で息荒く叫ぶ男。
……なんだこいつ。




