人の道具
豚人族に先導されて、荒れ地を越えた先にあった、森を切り開くように延びた道を進んでいる。
俺たちは馬車に乗ったまま移動するのを許されているのだが、さっきからリーダーの雄……いや、男と言うべきか。そいつがちらちらと何度もこっちを見てくるんだが。
何か言いたげな表情だな。ここは話を振ってみるか。
「この道の先にあるのか?」
「ああ、そうだ。ところで、どうだこの道は立派だろう?」
何が……言いたい。豚人族に上目遣いで見られても気持ち悪いんだが。
目的は不明だが、とりあえず話を合わせておくか。
「凹凸が少ないから馬車が走りやすいな」
「そうか、そうか。ここは我々が平らにならした道だ。大きな石も綺麗に取り除いた」
自慢気に話すだけあって、道はそれなりに整備されているようだ。さっきから馬車の振動も少ない。
「うちの村の道よりしっかりしてる……」
人でありながらモンスターに負けたことが悔しいのか、シエルは地面をじっと睨むように見つめている。
よく見ると道の周囲の生えている木々の枝も伐採してあるな。道にはみ出さないように配慮しているのか。
「のどかでええわあ。ここいらは野花が豊富なんかな。花屋の花もええけど、健気に咲く花って素敵やわー」
スマイルの喜ぶ声に促され同じ方向に視線を向けると、道の脇に沿うように花が並んで咲いている。
自然に生えていると考えるには出来過ぎだ。まさかとは思うが……これを豚人族が植えたのか?
そんな疑問を抱きつつ視線を前に向けると、先頭を行く豚人族たちが照れて大きな鼻をこすっている。……マジで植えたのか。
いい人……いい豚人族を演じて油断させている可能性を疑っていたんだが、ここまでが全部芝居なら世界初のモンスター劇団でもやった方がいい。
緊張していたのがバカらしくなってきたが、それでも油断はしないでおく。万が一に備えるのが大人ってもんだ。
仲間たちはリトルを除いた全員が複雑な表情をしている。豚人族に対しての価値観が揺らいでいるんだろうな。
小一時間ほど森を進んでいると急に視界が開けた。
目の前に広がるのは……なんだあれ?
ここには古城があってそこをこいつらは根城にしている、という話だったはずなんだが。
「何これ……お城じゃないよね? あんなの見たことないし。も、もしかして、異物⁉」
後ろから御者席に上半身を乗り出し、慌てふためいているシエル。
驚くのも無理はない。俺も表情には出していないが、内心では動揺している。
大きな敷地を覆うように灰色の壁が取り囲み、その先にあるのは城……というよりも砦といった感じなのだが、その外観がこの世界の物ではない。
巨大な長方形の武骨なシルエットに多くのガラス窓。敷地内の地面は灰色で白い線がいたるところに描かれている。
普通の人が見れば驚愕して当然の光景。だが、俺たちの驚きは種類が違った。
「これは異界の基地なのでは」
バージンの呟きに俺たちは同時に頷く。
この外観とコンクリートの地面に見覚えがあった。俺たちが飛ばされた異世界にあった建造物にかなり似ている。
俺たちが彷徨った異世界は退廃の一途をたどっていて、騒乱と混沌で満ちている終末世界だった。
そこには基地と呼ばれる人間たちの軍事施設がいくつかあり、その内の一つにしばらく滞在したことがある。
「あれは異物か?」
ぐだぐだ考えるより直接訊ねた方が早いだろうと、豚人族のリーダーに声をかける。
「ああ、そうだ。森の奥で静かに暮らすつもりで立地条件のいい場所を探しているときに偶然見つけてな。それ以来、俺たちはここに住み着いている」
これはさすがに予想外だ。
モンスターの群れが住む異界の基地。それも人並みの知能を持っているとなると……。
「ねえ、ねえ、これヤバいんとちゃうの?」
「基地ですよねこれは。あの武装した異界の人々がいた」
「モンスターに異物の武器とは物騒じゃのぅ」
仲間が危惧するのも無理はない。これが知能の低いモンスターならマシだったが、こいつらは人と変わらないぐらいの知能を兼ね備えている。もし、異物の使い方を理解して武装していたら、人にとってかなりの脅威となり得る。
コンクリートの壁の切れ目には門があり、鉄製で重く引いて開ける仕様になっている。そこも過去、世話になった異世界の基地と同じだ。
門の前には見張りの豚人族が二名。更に壁の少し奥に見張りができる塔があり、そこにも豚人族がいる。
「帰ったぞ。門を開けてくれ」
リーダーが軽く手を上げると、見張りが恭しく頭を下げる。
「お帰りなさいませ。その人間は?」
「近くで拾ってきた。雨とこの寒さだ。老人や女子どもには辛いだろうと連れてきた」
「それはそれは、良いことをされましたね」
うーん、できた人……できた豚人族としか思えない会話内容だ。
荒々しさを一切感じない穏やかな空気感。
「豚人族ってこんなに理性的で穏やかなんだね。知らなかった」
「感心するのはいいが、これは例外中の例外だぞ」
シエルは素直すぎる傾向があるから釘を刺しておく。
今まで何度も遭遇してきたが、こんな対応をするやつらは初めてだ。
開かれた門の先は広々とした平らな地面がある。平屋の建造物がいくつかあり、開いている扉の先には見慣れない乗り物が見えた。
ゴツゴツとした鉄の車体に馬車の車輪とは似ても似つかない、堅い板を帯状に繋げたものを車輪で回して動かす――キャタピラと呼ばれる装置。
あれは速度は出ないが悪路を苦にせず動ける仕組みらしい。
異世界の兵器――戦車がそこにあった。
「こんなのまであるのですか」
「ほんまに異界の基地が丸々こっちに流れ着いたんやね」
「懐かしいのぅ」
異世界での記憶を思い出したのか仲間が渋い顔をしている。
戦車の存在は脅威だが、あれはそう簡単に動かせる物じゃない。こいつらはモンスターにしては頭がいいが、戦車を動かすには異世界の専門知識が必要となる。何も知らない状態で起動させるのは人間にも至難の業だ。
「いくらなんでも動かせるとは思えないが、それよりも問題がある」
戦車がある、ということは他の兵器もあって当然。
俺たちが飛ばされた異世界の国はニホンというのだが、異世界の中でも平和で争いの少ない国だったらしい。
だが邪神の復活と次元の切れ目の影響で、異世界中にモンスターがあふれ出してしまった。ニホンも例に漏れず被害は尋常ではなく、国民の過半数が殺戮され、廃墟と瓦礫の国へと変貌してしまう。
ゼノス王のやらかしは、あちらの世界にも多大なる影響を与えていたのだ。
基地は平和な国で唯一、潤沢な武器や兵器が残っていた施設。それを手に入れたとなれば……。
「警戒は解くなよ」
仲間に注意を促しておく。深刻な表情で頷いているが、シエルだけは蚊帳の外で基地内を眺めて「何、何、あれ、あれ! なんか強そうでかっけー! うおおおおっ、でかーーい!」と奇声を上げて喜んでいる。
一番大きな建物の近くにある駐車場に馬車を駐めると、俺たちは建物内部へと招かれた。
今のところ怪しい動きはない。基地内の豚人族も俺たちに手を出してくるような真似はしてこないが、その手にしたものを見て警戒が強まっていく。
銃だ。基地内のモンスターの大半が銃を手にしている。それもスマイルが手にしているような銃ではなく、一回り大きな短機関銃や機関銃や小銃と呼ばれる強力な武器を携帯していた。
異物で武装を固めたモンスターの群れ。危険度が急激に跳ね上がっていく。
これだけの武器を使いこなせているのなら、小さな町ぐらいなら余裕で占拠できる。
思わず刀の柄に手を掛けていた自分に気づき、そっと手を下ろす。
相手に警戒させるのは愚策だ。それにまだ想像に過ぎない。あの銃器も本当に使いこなせているか定かではない。
呑気にはしゃぐシエルは放置して仲間に目配せで注意を促す。
門から敷地内を通ると、巨大な建物の前にたどり着いた。
ガラス張りの大きな扉がゆっくりと開いていく。そこは大きめのホールとなっていて物は少ない。壁際に長椅子と異物の器具が並べられているぐらいだ。
その器具を目撃した瞬間にバージンの態度が変わった。
鼻息荒く興奮状態で膝を突くと、神への祈りを捧げている。
「おおっ、神よ感謝します! ま、まさか、こんなところに楽園がっ!」
涙を流しそうな勢いで歓喜しているのには理由があった。
そこにある器具がバージンの人生を変える切っ掛けになった物だから。
「ウエイトトレーニングのマシンがこんなにもっ! おおっ、まずはベンチプレスをやってもよろしいでしょうか?」
「よろしくねえよ!」
ぐいぐいと豚人族に迫っていく筋肉バカの後頭部を小突いておく。一緒になって筋トレの器具に向かっていこうとした弟子の首根っこを、もう片方の手で捕まえる。
「怯えてるだろ! すまんな、こいつら筋トレに目がなくてよ」
「そ、そうなのか。ここは休憩場と雨の日の鍛錬場になっている。しかし、よくこの異物を知っていたな」
「使ったことがあるからな」
異世界で、は省いておく。
「そうか。この器具の良さをわかっているとは見る目がある人間だ」
「おそれいります。皆様も大したものです。あとで筋肉談義に花を咲かしたいですね」
「私も! 私も!」
笑顔で言葉を返すバージンとシエルとリーダー。
こ、こいつ。器具を前にしたら、一瞬にして打ち解けやがった。
放っておいたら話が逸れていきそうなので、二人の間に体をねじ込み割り込む。
「無駄話はあとにしてくれ。ところで、ここに連れ去られた他の人間はどうしているんだ?」
本命はこっちだ。
この答えによっては敵対するかどうかの対応が決まる。
「くっくっく、やつらはこの先で労働中だ見ていくか?」
「お、お前まさか捕まえた人間を……」
その瞬間最悪な想像が頭に浮かぶ。
鋭い視線と殺気を叩きつけ、踏み込もうとした直前に隣の部屋に繋がる扉が開け放たれた。
「オークライ、お帰りー」
「お菓子作ったから食べて食べて!」
飛び出してきた子どもたちは豚人族のリーダーであるオークライに、手にした木製の皿を押しつけている。
その皿には焼きたてのクッキーが並んでいるのだが。
「はっはっは。よく働いたようだな! どれ一ついただくとするか。……なんということだ、こんなうまい菓子を作るなんて! これは将来コックさんか、それともかわいいお嫁さんかな?」
「もーう、褒めすぎだよー」
笑顔で和気あいあいとはしゃいでいる人間の子供とオークライ。
「なんだこれ」




