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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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34/49

育成は難しい

 オークライと名乗る豚人族が憎む相手。それは若かりし頃の俺たち白銀の翼。


「あいつらを一日たりとも忘れたことはない!」


 怒りを込めて叫んでいるが、その割に目の前にいる俺たちに気づいていない。


「ちなみにどんなヤツらなんだ?」

「リーダーは黒髪で筋肉質。金属鎧を着て大剣を背負っていた! 白髪の女は黒髪の剣士より背が低くうつむき気味でぼそぼそ小声で話す陰気くさい女だ!」


 隣に並んでいるスマイルの横顔が怖い。


「聖職者の服を着ていた男は、ひょろ長い枝みたいな貧弱そうなヤツだったな」


 反対側の隣に立つバージンが口元に笑みを浮かべたまま、全身の筋肉を膨張させるポーズをしている。たぶん怒っているのだろうが、前髪で隠れた目が見えないので判断が難しい。


「あとは虹のような目立つ髪色をした耳の長いエルフがいたか」


 なぜかバージンの肩にちょこんと乗っているリトルは、ぼーっと空を眺めているだけで無反応だ。自分の話題だということにも気づいてないっぽい。


「それに白銀の翼が生えた女。その合計五人の連中だった……んんっ、待てよ。そういや、お前らも五人組だな」


 オークライは顎に手を当てて俺たちをじっと見つめている。おっと、気づかれちまったか?


「いや、ないな。髪色も体型も別物だ」


 あっさりと疑惑が晴れてしまった。

 確かに。誰も十年前の見た目通りのヤツはいない。だとしても、リトルやバージンは別として、俺やスマイルの顔には面影が残っている。

 そこまで憎む相手なら覚えていてもよさそうなものだが。


「ねえねえ。さっきから体型とか色ばっかだけど顔は覚えてないの?」


 バカ弟子がニヤニヤしながら手を上げて質問をした。こいつ、当人たちがいるこの状況を楽しんでやがるな。

 頭を小突いてやろうかとも考えたが、同じ疑問を抱いていたので傍観しておくか。


「はあああっ? 人間の顔なんて見分けがつくわけねえだろ。貴様らも俺たち豚人族の顔を見比べて判断できるか?」

「なるほど! 全員豚にしか見えない!」


 裏表のない性格は嫌いじゃないが、思いついたことを何でも口にする癖は矯正した方がいいかもしんねえ。取りあえず今は黙らせておいた方がいい。

 バージンに視線をやると、その大きな手で口を塞いでくれた。


「ま、まあ、そういうわけで顔は覚えてねえが、それ以外の特徴は完璧に覚えている!」


 普通は髪色や体型を覚えておけば異種族であっても判断できる。だけど、俺たちはその色や姿形が変わりすぎている。

 そりゃ、当人を目の前にしてもわからないはずだ。

 ネタバレをしてもいいんだが、正体がバレると話がややこしくなるのは必至。ここは他人の振りをして話をすすめるか。


「あんたらは、なんでそんなにも白銀の翼を恨んでんだ?」

「聞きたいか、そうか聞きたいか。ならば、教えてやろう!」


 この質問を待っていたとばかりに大声を張り上げると、忌々しげに顔を歪め唾を地面に吐く。

 こりゃかなり恨みを買っているな。だというのに自覚がないというか、思い当たる節がねえんだが。

 俺たちはこいつらの命を取らずに見逃してやった。感謝することはあっても恨まれる覚えはない……はずだ。何かを記憶違いしているのか?


「あいつらはガキだった俺たちを見つけると殺さずに捕獲して……虐待を加えたんだ!」


 悲痛な声で叫ぶ豚人族のリーダーを見て、シエルがドン引きした顔で俺たちを凝視している。怯えた振りをして後退るんじゃねえよ。


「虐待ですか。にわかには信じられませんね。……そのようなことをした覚えもありませんし」


 バージンが思わず口を挟んできた。こいつも同じ事を思ったらしく、最後の呟きは俺たちにしか聞こえていない。


「はっ、信じられないか。そいつらはな、言葉のわからない俺たちを見下し、やりたくもないことを押しつけてきた! 嫌がる俺たちに人の言葉を無理矢理に教え込み、もっと効率よく食料を作れと、人間の道具を使った農作業のやり方を叩き込みやがった!」


 その告白を聞いて人間側が黙り込み、首を傾げる。

 豚人族は当時のことを思い出し、涙を拭う者までいた。


「あのー、それって自立できるように教育してくれただけでは?」


 シエルの質問がすべての答えだ。

 ここまでの話を聞いて完璧に思い出した。確かに俺たちは助けた豚人族の子どもたちが人間に迷惑を掛けずに生きていけるように、色々と教え込んだのを覚えている。


「いいや、違うね。初めのうちは言葉は理解できなかったが目を見ればわかる。あの俺たちをモンスターと見下し、自分たちはいいことをしてやっている、というていで虐待を加えた! 自己満足に染まった瞳と態度を見れば誰だってわかるぜ」

「物覚えが悪かったら小突かれ、反抗したら叩きのめされたんだぞ! 失敗したらご飯抜きなんて、俺たち豚人族にしてみたら拷問より酷い扱いだ!」

「剣士の男は常に偉そうで、容赦なく暴力を振るってきた! あれは教育という名の虐待だった!」


 み、耳が痛い。

 覚えがない……とはいえない。言い訳をさせてもらうと、俺はそうやって両親から厳しく躾られていた。親は俺のことが嫌いなんだと、子どもの頃は本気で思っていた。

 訓練中に何度殴られ蹴られたか覚えていないぐらいだ。打撲なんて日常茶飯事で、骨折した回数なんて数え切れない。

 だから、俺なりにかなり手加減をして優しく対応したつもりだったのだが、今思えば……自分の日常が異常だっただけで正直やり過ぎだった。

 虐待と非難されても否定できねえ。

 弟子になったシエルへの鍛錬も昔と比べたら、かなり丁寧に身を案じながら教えている。無意識の内に過去の豚人族への対応を体が後悔していて、優しく振る舞っていたようだ。


「聖職者が一番冷めた目をしていた。話し方は丁寧だったが、いつも汚いものを見るような侮蔑の目をしてた!」


 そう言われてしまうとぐうの音も出ないのか、バージンは口を噤んでいる。

 昔、あいつはモンスターに対する偏見が酷かったからな。信じる宗派の教えが『モンスターはこの世に存在してはいけない邪悪な存在である。唯一の救う方法は死のみ』っていう過激な教義があって、敬虔な信者だったバージンはその教えに染まっていた。

 俺たちの中で一番モンスターを毛嫌いして、豚人族の子どもを見逃すと決めたときも最後まで反対していたっけ。


「エルフの女は無表情で何考えているかわからなくて怖かったよな」

「ああ、わかる。人形みたいで不気味だった」


 陰口を叩かれているというのにリトルは平然というより、状況を把握していないのかぼーっと空を眺めているだけだ。


「羽根の生えたのと無口な女は優しかったな」

「ああ、あの二人は嫌いじゃねえ。おいしい料理を作ってくれたし」


 自分が高評価なのを耳にして、ドヤ顔でこっちを見るスマイル。

 くっそ、うぜー。

 だが結局、今回も俺たちのやらかしが原因っぽいな。はあぁぁ……何やってんだよ白銀の翼。――特に俺。

 落ち込むバージンと後悔している俺を見て、シエルも察したようでなんとも言えない表情をしている。同情しているようでもあり、哀れんでいるようでもある。


「辛い虐待の日々を耐えた俺たちは、二度と人と関わらずに生きていこうと誓った!」

「あのー、境遇は理解できたけど。だったら、どうして人間を襲って連れ去ったの?」


 シエルの指摘はもっともだ。人間に関わりたくない、という主張と行動が一致していない。


「俺たちは人間の醜い様を見て学んだんだ。ああは、なるまいと。だからこそ、愚かな過ちを犯す醜い人間には容赦しねえ。同族である人間を売り捌くような外道には鉄槌を下す! それが我ら――」


 そこまで一気にまくし立てると、大きく息を吸う。

 他の豚人族がそれを見てリーダーの元に集まり、手を後ろに組んで胸を張る。


「「「「聖豚隊」」」」


 全員で声を揃えると、ビシッと右腕を空に突き刺すように伸ばした。

 何度も練習したのか一糸乱れぬ行動なんだが、驚いている場合じゃねえ。さっきの発言の中に聞き逃せない内容があった。


「同族である人間を売り捌くってのは、つまり襲った相手が奴隷商人だったってことか?」

「その通りだ。それも幼子を売り捌くような外道を見過ごすわけにはいかない」

「聞いてねえな、そんな話はよ」


 商人が襲われたことは伝えられているが、まさか奴隷商だったとは。この国では奴隷が認められてはいるが、それは借金をして返せなくなった者がやむを得ずになる、労働奴隷だ。それも十六歳以上という決まりがあった。

 子どもで商売をしていたとなると違法行為となる。ただでさえ印象のよくない商売で、闇に潜む組織が仕切っていることが大半なのだが……これは表に出せない案件か。


「悪いが、ちょっと待ってくれ。はい、集合ー」


 豚人族に背を向けて少し離れると集まり、円陣を組む。


「で、どうするよ」

「依頼なんて無視してええんちゃうか。つまり、うちらを騙して送り込んだっちゅうわけなんやろ。あの町のハンターギルドはどないなっとんねん!」

「まあ町の権力者と繋がりがあって、いいように利用される……なんてのはよくある話ですから」


 怒り心頭のスマイルをバージンがなだめている。

 リトルが見かねてアメを差し出したので受け取ると、頬を膨らましながら舐めている。


「あの町のハンターギルドの汚職問題はあとでどうにかするとして、こいつらどうするよ?」


 討伐依頼だったが、依頼内容に問題がある時点でやる気は減衰している。

 昔の俺たちだったら依頼を信じて、モンスターの言うことなんかには聞く耳を持たなかったが今は違う。

 自ら見聞きした情報を信じるのみだ。

 この豚人族の言っていることに嘘は感じられない。というか、過去の話も実際に俺たちがやらかしたことだしな。

 正直、見逃してもいいんだが連れ去られた子どものことが心配だ。


「ちなみに、連れ去った人間はどうしているんだ?」


 振り返り質問すると、相手はニヤリと笑う。

 この顔だけで判断するなら悪党にしか見えないんだが。


「同族が心配か……。ならば、俺たちについてくるか。空模様も怪しいからな。もうじき雨が降り地面がぬかるむ。そうなれば馬車での移動も辛くなり、雨で体が冷えるのは年寄りには酷だろう。止むまでなら根城に滞在して構わん」


 偉そうな物言いに聞こえるが内容は気遣いであふれている。

 仲間の顔を見回すと全員が頷く。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 5人目についての詳しい描写が……。 [一言] これは恨まれても当然ですね……。わたしは体罰が当たり前だった時代の人間なので体罰自体に忌避感はないですが、骨折はさすがにw その感覚でやってし…
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