邪法
朝食を食べ終わり、苦い薬を吞まされたあとゲクリスから詳しい話を聞くことにした。
ちなみに、ダリルイは飯を食ったら外へ飛び出していった。友人か片想いの相手にこれまでの話をするつもりなのだろう。
「俺たちは黒竜退治の依頼を受けたんだが、ややこしいことになっているみたいだな」
昨日、遭遇した動く死体のことを暗に指摘するとゲクリスが疲れた顔で頷く。
「そうなのですよ。黒竜という厄介事があるというのに、毎日やってくる動く死体。動きが鈍いのでなんとかなっていますが、問題は動く死体が近隣の村の住民でして」
見張りから聞いた話と一致している。
「隣村から逃げてきた村人たちは、かなり取り乱していたのですが今はなんとか落ち着いたようです。よほど、恐ろしい体験をしたのでしょう」
「見張りが口にしていた話によると、村人が狂ったように暴れ出して殺し合いが始まったそうだな」
「既にお聞きになられていましたか。にわかには信じられないのですが、当人たちはそう言ってました。正直、私も含めた村人は正気を疑っていたのですが、あの動く死体を目の当たりにすると……」
動く死体の存在は一般にも知られている。
死体に悪霊が取り憑き暴れる、というのはそれほど珍しい事態ではないからだ。それ故にこの国では死体は火葬することが義務づけられていた。
それでも野盗に襲われた旅人や戦場で命を失った兵士。この世に未練を残し死んでいった骸に悪霊が住み着き動き出す。
「これほどの数が自然発生したものだとすれば、相当に未練の残る死に方をしたと考えられるが、バージンどう思うよ?」
専門外の俺があれこれ考察するよりも、そういった事情に詳しい聖職者に話を聞いた方が早い。そう判断して話を振る。
謎の粉を溶かした液体を口にしていたバージンが一気に飲み干すと、口元を拭い深刻な表情を浮かべた。
「百人程度が住んでいる村が野盗に襲われ、目を覆いたくなるような無残な殺され方をしたとしましょう。それでも動く死体になる者は……多くて十人程度でしょうか」
「それは変です。隣村は百人に満たなかったはずですが、隣村の住人と思われる動く死体が、もう既に二十人は来ていますから」
隣村と頻繁に交流があったので、動く死体の身元に間違いはないそうだ。
「となると、考えられるのは邪法ですね。邪法で死者を動く死体として操っている者がいるのではないでしょうか」
「ちょっと待ってください。邪法って、ちょっとした呪いとかができる魔法ですよね?」
ゲクリスは魔法の知識があるようで、邪法について見聞きしたことがあるようだ。
「邪法なんてものをよく知ってたな」
「私の……祖母が使えたのですよ。といっても、忌み嫌われている魔法ですので、それを知っているのは私ぐらいでしたが」
「邪法とは邪神の力を借りて行使する魔法。呪うことで人を病気にしたり、小さな怪我や不幸を呼び寄せることもできる、と言われておるのぅ」
唐突に語り始めるリトル。
うちのメンバーで一番魔法に詳しいのはこいつだ。ここは説明を任せるか。
「本来、邪法には人を殺す力もないと言われておる。ちょっとした嫌がらせ専門の地味魔法、なんてバカにされたりもしたのぅ。力の根源が邪神ということも相まって同じ魔法使いから蔑まれてきた、そんな魔法じゃよ」
「そうなんですよ。祖母も私がいじめられたときに、いじめっ子が腹痛になる魔法をかけてくれたぐらいで、死者を動かすなんて大層なことはできなかったです」
昔を懐かしんで祖母の顔でも思い出したのか、ゲクリスが優しい顔になっている。
「魔力が弱ければそうであろうな。だが、魔力が強い者が生け贄を捧げ、儀式を執り行えば人ぐらいは殺せる。とはいえ、大量殺人なんぞは大魔法使いであっても……普通は魔力が足りぬ」
「リトル、大勢の人を狂わすことは邪法で可能なのか?」
殺すことが無理でも村人を狂わせて同士討ちさせる、ぐらいのことはやってのけられるのか。そこが重要だ。
「ふむ。強大な魔力の邪法使いがやれば可能かもしれんのぅ」
「ということは隣村の一件は邪法使いが犯人か」
ここで犯人が特定できるのはありがたい。今後の対策が楽になる。
「ちょっと待って。狂わせるのはいけても、動く死体にするのは難しいんとちゃうん?」
スマイルが疑問を口にすると、全員の視線がリトルに集中する。
自分の話は終わったとばかりに茶をすすっていたリトルが、視線に気づきカップを机に置いた。
「そうじゃのう。今までなら、大量の動く死体を邪法使いが生み出すことは不可能だった。それは間違いない。ただ、今までならじゃが」
そこで話は終わりとばかりにお茶をすすっている。
「おいおい、もったいぶるなよ。その先が知りたいんだっての」
俺が続きを話すように促すと、リトルはちらりと俺の顔を見たあとに……小さく息を吐いた。
なんだよ、その残念そうな人を見るような顔は。
「話の流れでわからんのか。邪法とは邪神の力を借りる魔法じゃ。つまり、力を借りるべき相手である邪神は今どうなっておる?」
「そりゃ、邪神は……そういうことか」
バカか俺は。なんで、すぐにそのことに気づかなかった。
他の仲間は既に察していたようで、目線を伏せて何も口を挟まずに話を聞いている。
「十年前に邪神が復活したせいで、邪法の力が強まった……ということですか?」
答えにたどり着いたゲクリスが自分の考えを口にした。
「そうじゃ。不完全とはいえ邪神が復活した影響で、邪法は十年前とは威力が桁外れになっておる。故に十年前は大した力のない邪法使いだったとしても、今は別人のように強力な邪法を操れるようになっていても不思議ではないのぅ」
邪神復活の影響がこんなところにも出ているのか。
モンスターの活発化と強化。更に数の激増。
次元の歪みにより異世界の物が大量に流れ込んだ。
この二つだけでも厄介なのに邪法の力まで増しているとは。
「黒竜と動く死体の一件は別口と考えていいんだよな?」
「どうじゃろうな。精神を操る邪法も存在しておるから、それで黒竜を操っているという可能性も無きにしも非ずじゃよ」
そうか。隣村の人々を狂気に走らせたのは精神を操作する邪法の一種。となると、竜も操れる邪法があっても不思議ではない。のか?
「それはおかしない? 竜って精神への抵抗力が人の比じゃないんやし」
「私も一つ疑問が。精神を乱す邪法は相手の体に接近しなければ効果が薄いはずです。となると、黒竜を操るにはその体に触れなければなりません。そのためには竜の捕縛は必須。それは倒すよりも困難では」
スマイルとバージンの指摘に頷いて同意を示す。
竜と戦うことにはためらいはない。だが、捕獲しろという依頼であれば難色を示して当然。討伐と捕獲では難易度に雲泥の差がある。
「言われてみれば、そうじゃのぅ」
「確証のないことを断定してことを運ぶのは無能のやることだ。今のところは関係性が薄いぐらいに考えて動くとしようぜ」
「そうやね」
「異議なしですよ」
これで一応の方針は固まった。
さて、問題はどっちから片付けるべきか。
「ちなみに黒竜の被害はでてるのか?」
「モンスターが狩られて、森の木々が倒されているぐらいでしょうか。村に直接の被害はありません。怪我人もいませんので」
意外だな。黒竜の存在にびびっているだけで被害はないのか。
被害者がいないのであれば騒ぐ必要もないように思えたが、村の近くで竜が目撃されたら普通は大騒ぎになるか。自分の感覚と世間のずれを自覚しないとな。
「ほんなら、先に手を付けるのは動く死体の方でええんかな?」
「いいんじゃねえか」
残りの二人も反論はないようなので、優先順位は動く死体に決定した。とはいえ、黒竜の方も調べておくつもりだが。
「あ、あの、うちの村はそれほど裕福ではありませんので、その、あのですね。そちらの依頼料も払えるかどうか、その、あの……」
恐縮して身を縮め、しどろもどろになっているゲクリスの肩を力強く叩く。
「心配すんなって、タダでいいぜ。動く死体の案件は本番前の柔軟体操みたいなもんだ。年寄りは体温めておかないと大怪我に繋がるからな」
俺が席を立つと、仲間もゆっくりと腰を上げる。
「こちらとしてはありがたい話ですが、本当にいいのですか?」
「かまわねえって」
とは言ってみたものの、あまりに条件がいいと逆に不安になるのが人間の心理。
こちらも何かしらの交換条件を出して、欲を見せた方が安心する場合がある。
「そうだな代わりに、べっぴんさんに酒でも注いでもら、うごっ」
急に頭全体を覆う違和感に襲われ、俺は溺れそうになる。またかよっ!
「あ、あの。どうして、急に喉元を押さえて、もがいてらっしゃるのでしょうか?」
理由を教えてやりたかったが、こっちは命がかかっている。そんな余裕はねえ!
「ほっといてええで。いつもの発作やから」
適当なこと言ってんじゃねえぞ、スマイル! と怒鳴ってやりたかったが、俺の口から出た言葉は「あぼばばばばばっ」だった。




