いいように攻める方、攻められる方
「リョーマ!サイドアガル、スペース、フォロー!ユーマ!ソノママ7番ストップ!」
試合再開を前に、尾道の守備陣に片言の日本語で声を張り上げるシドニー。フットボールの母国、イングランドで国を背負ったこともあるほどの実績を持ちながら、若い選手たちにその経験を還元すべく日本語取得にも余念のないセンターバックは、ヒース監督からの指示を伝達する。そして最後にボイェを呼び止める。
『勝手に攻めすぎだ。少しは周りを考えろ!』
英語で語気を強めてきたシドニーに対し、ボイェは「分かった分かった」とけだるそうな仕草で返した。
(プレーで返せばいいと考えているようだ。反省が見えんな…。同じようなプレーにならねばいいが)
シドニーの懸念するように、ボイェは自分のプレーが失点の遠因であるとはとらえてはいなかった。
(へっ。思ったより、あの37番スピードあったな。だったら、それ以上のプレーで黙らせてやるさ。そろそろあの15番の韓国人もうっとうしくなってきたし、俺の力を見せてやるぜ)
ほどなく試合再開。尾道MF河口はボールを持ってピッチを俯瞰する。
(思った以上に和歌山のボランチコンビが厄介だな。パスをかすめようと遊撃的に動いている割には、好きになりそうなスペースが空かない。しかも4番の江川、自分を上手く消して動いてやがる。ボイェの攻めは聞いてはいるだろうが、こりゃ追いつくのは相当きついぞ)
とりあえずと、河口は添島にボールを出す。受けた添島はさっそくドリブルで仕掛けようとする。ここで襲い掛かるのが猪口である。猛然と身体をぶつけてくるが、なんとか踏ん張る。
「クソッ。小さいくせに当たりが強いなお前」
「そんなにガタイ変わんないでしょ?」
サイドからバイタルエリアへ切れ込むドリブルが持ち味の添島だが、ここまではその一番の武器を猪口に邪魔され、なかなか本領を発揮できない。それでも何とか前につなぐ。ボールを受けた野口はキープしながらゴールの方向を向こうとするが、マークについている上原がそれを阻止。ならばと野口は2トップを組むデニスに託すが、渡る前に古木がクリアする。
猪口と江川のダブルボランチは、思った以上に効果的だった。ピッチ中央に限らず、サイドの近くまで走り回る二人は、尾道の選手たちからパスの判断の早さ、ドリブルのスピードを奪い、得意のパスワークを封じさせた。ボイェの動きこそ存在感があったが、本来の持ち味を発揮できないことでその攻撃はちぐはぐさが漂った。
そしてそんな停滞感を、和歌山の司令塔は察知した。
(あっちは空気がもやもやしてる。突くなら今だな)
そして栗栖は仕掛けた。中央でボールを受け、そのまま左サイドの桐嶋に繋いだ。受けた桐嶋はドリブルを仕掛け、尾道は右サイドバックの茅野が対応する。
「今日は調子よさげだな。そうはやらせんぜ?」
「バーロー。かつての相方が世界で暴れてて、黙ってられねえんだよ!!」
挑発する茅野に、ややマジなトーンで反論する桐嶋は、そのまま茅野を振り切ってアタッキングサードに侵入。ドリブルで中央突破を図る。
「リョーマ!13番マーク!カヤノ!挟ム!!」
これを見てシドニーが周りに指示を飛ばしながら桐嶋に迫る。
「ケッ。でかいのじゃ相手が悪いや」
桐嶋はそれを見て一度味方に戻す。受けたのは栗栖だ。ペナルティーエリアには味方の須藤が、小石川にマークにつかれていて自由がなさそう。ならばと…
「もう一発、かましてこい!」
栗栖はにやりとしてボールを横に流す。そこには江川が駆け上がっていた。
そして受けた江川は、また右足を振り抜いた。
「そう何度も入るかよ!!」
さすがにこれは種部が見事な跳躍ではじき出す。小石川が大きく蹴りだしてコーナーキックに持ち込む。高さ勝負となれば、今日の両者に限って言えば尾道のほうが有利だ。和歌山のターゲット役はセンターバックの上原ぐらい。エースの剣崎や主力の外村がいないだけで、和歌山には大きなハンデだ。だが、栗栖はそこにむしろ勝機を見出していた。
「コーナーだからって、大きいやつを狙うだけが能じゃないってね」
栗栖は助走をつけて大きくボールをけり上げる。それはニアどころか、ファーサイドで待ち構えていた上原すら通過。逆サイドのタッチラインを割りそうなぐらいのミスキックかと思われたが、これを和歌山の左サイドバック、寺橋が追いついて再びゴール前にクロスを上げる。一度動いたことでマークが不十分な中、上原とシドニーが競り合い、シドニーが勝つ。こぼれたボールに複数の選手が群がったが、これを猪口が真っ先に拾い、そのまま右足を振り抜く。
先制点と同じような、地を這うボールが再びゴールネットを貫いた。
前半は和歌山が2点リードして折り返すこととなった。




