第13話 元勇者、冒険者になる
「レインさん……」
受付嬢は言うべきか言わざるべきか、少し悩んだように手招きする。
二人は顔を近づけた。
ボクが男らしい風体だったならば、キスでもしていると思われてブーイングでも起こっていただろう。
「あの、このステータスって──」
「そのことです。レベルがゼロなんていうのは、赤子と同レベルなんです」
「……へっ?」
聞こうと思った内容とは違ったが、ボクの顔が引きつった。
「私自身、初めて見ました」
その顔は嘘だとか冗談だとか、そういったものを微塵も感じさせてはいない。
まぎれもない事実なのだろう。
「赤子……赤ちゃん……えぇ……」
「い、いえ、レインさんくらいの年齢でも、ゼロの方はいらっしゃる……と思います。たとえば記憶が無くなる以前が病弱だった、あるいは貴族のお子、なのかもしれません」
それは精一杯のフォローだったのだろう。しかし両親がいないことなど、誰よりもボク自身が知っていることである。
病弱だとか寝たきりだった、などもあり得るはずがない。
神さまがくれた身体、というのが本当だとすれば、だが。
「生まれたばかりの赤ちゃん、か……」
ボクは小声を漏らす。
この世界に家族も親族も、誰もいないのだと思うと少し寂しい。
それでも、相棒のぷるんとした身体を抱き締めると、そんな気持ちなどは消え去った。
『ピィ?』
「あの、受付嬢さん。ボクは弱いと思います。……でも、冒険者をやりたいです」
彼女は姿勢を正すと、頷く。
「冒険は一人だけで行うものではありません。友を、仲間を、信頼できる人がいてこそ、成り立つんです。レインさん──これから幾度となく、あなたに新たな冒険が待ち受けますように」
彼女は片手を己が胸に当てて頭を下げた。
それはある種のおまじないのようなもの、なのだろう。
新たな冒険が待ち受けているのであれば、それは生きて帰って来られたという意味なのだから。
こうしてボクの組合への登録、というものが完了した。
「でも結局……ステータスってなんだろう」
冒険者組合の一角。
ボクは酒場の隅っこのテーブルで蜂蜜酒をちびちび飲みながら、独りごちた。
受付嬢さんとの会話が良い雰囲気で終わったので、今さら聞くに聞けなかったのだ。
勇者であった頃は、こんなゲームのようなものはなかった。
紙に印刷してくれた物を今一度、眺める。
やっぱり、
(……何度見ても、全体的に弱いってわかる)
別に最強になりたいだとか、勇者然とした力や能力が欲しいわけではない。だとしても、これはいくら何でも低すぎる。
レイン・ヴィーシ
Lv.0 力:E1 耐久:E1 俊敏:E1 魔力:A10
〈魔法〉
【使令秘法】
〈スキル〉
【前世の記憶】
【生活補助】
【対話】
「ステータスが低いのは、まぁ延び白があるって考えられるけど……。この使令秘法ってなんだろう」
使令──だからソラのことだろうか。
ボクは何度目かの、ため息をはいた。
「はぁ……」
『ピィ?』
「ねぇソラ、ステータスなんて……昔はなかったよね」
『ピィ』
「やっぱりミカゲさんじゃん」
『ピィ!?』
「まぁどっちでもいいんだけどさ。どうしよ、なにか依頼受けてみよっか。ステータスについても聞けそうだし」
『ピィピィ!!』
怒るソラと一緒に受付まで戻ると、受付嬢さんは優しげに微笑んだ。
「どういったご用ですか?」
「えっとですね、ボクでも受けられる依頼とかって、ありますか?」
「銅等級の依頼でしたら、えっと──今は三つあります」
受付嬢さんがカウンターに置いたのは三枚の紙である。
【薬草採集の依頼】
スライムに食べられる前に、薬草を採ってきて欲しい。
キロで買い取るので最低でも一キロ以上の採集を心がけよ。
買い取りとは別途の報酬として、銅貨十枚。
【荷物持ちの依頼】
こちらは銀等級の冒険者チームです。構成は前衛二、後衛二。
戦闘ではなく、移動の際に荷物を運んで欲しいのです。
新人冒険者の方はチームの動きなどを覚えられると思います。
報酬は銀貨一枚。
【助っ人します】
助っ人します。
戦闘には自身あり。
報酬は食事を奢って貰えれば、それで。
「あの、この最後のやつは依頼……なんですか?」
「あのお二人は他国の組合から来られたので……あちらではこれが普通、なのかもしれません」
ボクはもう一度、依頼書を見た。
一枚目、さすがに一キロは多すぎる。
二枚目、先輩の動きを覚えることは新人冒険者には有益かも知れない。しかし、目的地が書かれていないので遠い可能性しかない。
三枚目は……これは、
「他よりは良さそうだし、これにします。というかこれってこっちが報酬を払うんですよね」
受付嬢さんは依頼書に受注の判子を押した。
「はい。これでは依頼なのか、わかりませんよね」
苦笑う彼女にお礼を言って、ボクはこちらが雇うのか雇われるのかわからない、へんてこな依頼書を書いた二人の元へと向かった。