第12話 元勇者、冒険者組合に行く
「──なぁ、知ってるとは思うが」
その言葉は既に室内に何度となく反響し、何度となく乾杯の音頭となっている。
だというのに、皆は初めて聞いたように酒を酌み交わしていた。
そう、彼らはお祭り好きなのだ。
「銀髪の女の子がな、ストーンドラゴンを殺したんだよ」
部屋の入り口付近に座っている二人も、その話を直接聞いたのは初めてであったが「乾杯!」というかけ声と同じくらいには内容も聞こえていた。
曰く、銀髪の可愛らしい少女がストーンドラゴン──ドラゴンなんて言っても巨大トカゲに過ぎない──を殺した。
数日前から入れ替わり立ち替わりして城門を通せんぼしている魔物、つまり邪魔モノを、だ。
とはいえ可愛らしい少女、そんなものはただの謳い文句であって、あんな甲殻や鱗を断ち切れるのだから、きっと本当は筋骨隆々の大女なのだろう。
もしかするとそれすらも間違いで、本当は『男』かも知れない。
だが、
「おいおい、ジョッキが空じゃないか」
この言葉を受けては別だ。
もはや暗記しているような話とイメージは脳内の片隅からも消え去られ、二人は大いに驚いて、大いに喜ぶ。
そう、二人は金欠だったのである。
「でな、背中に乗ると斬って斬って、そりゃ凄かったんだ!」
「マジっすか!? ……すげえ、なあ?」
「はい。ストーンドラゴンの甲殻を斬るなんて芸当、私にはできません!」
淡い黒髪の少年と亜麻色の髪の少女はびっくりしながら再度、蜂蜜酒を飲み干した。
「こんな面白い話なのに、酒がねぇとはつまらんな。店員、この二人に蜂蜜酒のおかわり二杯ずつ。あとはつまみになにか──」
亜麻色の髪の少女が、テーブルに備え付けのメニュー表を取り出して指し示している。
まるで子犬のような雰囲気だ。
店員はテーブル横に立ってこちらを見やり、首をかしげていた。
「ま、そうだな。腹を空かせてるんなら奢ってやるのが先輩か。なぁ、この二人が食いたいってもんを持ってきてやってくれ」
二人の表情は満開の桜のように輝いた。
そんな二人を見て、中堅の冒険者である彼は思う。奇妙な奴らだな、と。
少年の腰には鞘の上から一見してもわかる名剣が。
少女の腰にも柄すら美しい二本の短剣が。
見た目も装備も新米には見えないというのに、腕に輝く冒険者の証たるブレスレットは銀色である。
自分の白金と見比べても二つ、位が劣っている。
それなのに武具は自分よりも──
「かしこまりました。ご注文は、ホロホロ鳥の唐揚げが十人前。ミストダックのまるごと香草焼きがお一つ。身投げ牛のステーキが六人前。各種スパゲッティの大盛り。デザートにルカ印のフルーツ盛り合わせをお二つ、でよろしいですか?」
「「よろしいです!!」」
「おい、ちょっと待てええええええええええええ!?」
◆
冒険者組合。
そこは冒険者が依頼を受けたり仲間を探したりと、いろいろな作業が出来る場所を提供している公共施設である。
食事も出来るので一般の人々もやって来たりと、出入りは激しい。
元々、ボクは記憶喪失ではないので、同じ里の仲間だとか両親、なんていう存在は見つかるわけがない。
それでもボクは冒険者になることにした。
冒険は好きだし、戦いも──まぁ、嫌いではないし。そもそもここで帰ったらミッケ村の人々にも悪い。
「おい、ちょっと待てええええええええええええ!?」
とあるテーブルでおじさんが叫んでいた。
見るとテーブルにはところ狭しと料理が並び、少年と少女がガツガツと豪快に食べている。
もはや猛獣のように。
もはや一心不乱に。
もはや、目の色を変えて。
うおおお! なんて叫びながら。
「良い家族だね」
『ピィ!』
さて、お父さんが子どもに奮発している微笑ましい光景をあとにして。
「冒険者になりたくて来たんですが、ここであってますか?」
冒険者組合、その建物の一角。
あきらかに受付で明らかに受付嬢な彼女に、ボクは話しかけた。
「あってますよ。ではさっそく登録を始めましょう」
受付のお姉さんは少し口元を緩ませると契約書のようなモノを出してきた。
カウンターに置かれた茶色の紙には、なにやら書かれている。
(あれ、書いている文字の意味はわかるけど……書けない?!)
ボクが唖然としていると、受付嬢は気づいたように、
「こちら、代読と代筆いたしましょうか?」
と言った。
実際の問題として識字率なんていうのはあまり高くない。
大戦から十年経っても、それは同じらしい。
ただ、以前のボクは文字を書けた気がした。
「えっと、お願いします」
「ではまず最初は、『なぜ冒険者になりたいか?』です」
(……いきなり?)
首をかしげているボクを見て、彼女は優しげな声で説明してくれた。
「動機が一番目なのは『冒険者が優先するもの』、というのが名よりも実力だからです。ちなみに偽名でも構いませんし、動機が嘘だとしても特に支障はありませんよ」
「なるほど」
冒険者という依頼の度に拠点を変える職業であるからこそ、偽名でも依頼をちゃんとこなせるのなら信頼にたり得る。ということだろう。
そもそも身元調査なんて出来るはずもない。
「あー……ボクは記憶喪失なんです。で、家族を探す旅、的な?」
彼女は悲しげに眉を八の字にする。
「……では次です。『あなたは何ができますか?』剣や弓、魔法。料理などの得意なものでもかまいません」
「えっとボクは……なにが得意なんでしょう」
彼女は口を真一文字につぐむ。
「あ、申し訳ありません……。腰に短剣があるので、短剣使いでどうでしょう?」
「それでお願いします。あと、召喚魔法が使えます」
「召喚魔法……。ではそのスライムも?」
「です。初めて召喚した魔物で、名前はソラって言います!」
ボクが言い終えた瞬間、後方で笑いが巻き起こった。
多くの冒険者たちが噴き出すように、笑っている。
「プッ……聞いた? スライムを召喚とか!」
「ソラだってさ、可愛いじゃん」
「まさか最初の契約にスライムを選ぶとは」
「スライムを召喚して、どうすんだろうねぇ~」
他にも色々と、(笑)が付いているだろう言葉の数々。
ソラは猫が毛を逆立てて威嚇しているようにトゲトゲになった。
『ビィィィイ!』
「ソラ、落ち着きなよ。みんなに迷惑だよ……なんて言うかボケェェ!! よくも相棒をバカにしやがったな!!」
驚いた表情の冒険者にボクは突撃した。
突風のように動き、初手から顔面に飛び蹴りを喰らわせる。
ブーツの底模様に顔面が赤く染まった男が吹っ飛び、それを見た男の仲間が反撃とばかりに右ストレート。それに蹴りをあわせた。
ドンっという衝撃が辺りを揺らす。
「加勢するぜ、嬢ちゃん!」
周囲の冒険者たちはボクを中心に乱闘を始めた。
ソラはボクの背後からの迫る女に突進して転ばせる。
全員が本気であり、本気ではない戦いを繰り広げ──
ボクは受付に戻った
「はぁはぁ……も、戻りました……!」
『……ピィ……!』
「あの……お疲れさまです。では名前と年齢、出身地、住所を……その、わかる範囲で良いので教えてください。これはあなたが亡くなった際に、遺品や資産を送る相手や場所が必要なので……」
申し訳なさそうな受付嬢さん。
そんな当然の質問にボクは目を見開く。
「あばばばばばばばばばばば」
「あの、大丈夫ですか? どこか打ったんじゃ……」
心配そうに見られている、きっと後方からも。
「す、すいません。トイレありますか?」
「それでしたらあちらに……」
奥の扉の先が空地で、そこにあると教えてくれた。
ソラを抱いて外に出ると確かに公共のトイレがある。
(そういえばボク、いや今のボク……名前がなかった……)
頭を抱えていると、子どもたちの楽しそうな声が聞こえた。見ると数人の男女が走り回っている。
(──これだッ!!)
ボクは子どもたちに近づいた。
「やぁこんにちは! 君たち、名前はなんて言うの?」
まったくもって不審者っぽいが仕方ない。
長話をする時間はないのだから。
「え? レビーだよ」
「ぼくはハイン」
「わたし、ビィエッラ」
「シェイナ」
「──はい、ありがとぉ。甘いものでもお食べ!」
銀貨を一枚渡すと、子供たちは「ワーイ!」と走っていった。
受付に戻ると受付嬢さんは心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか? 必要なら薬師を呼びますが……」
「大丈夫、絶好調です!!」
「そ、そうですか」
「えーと、ボクの名前はレイン・ヴィーシです!」
「レインさんですね。では年齢は……わかります?」
子供たちの名前を分けて貰ったのだが、そんな努力はお姉さんにはわからない。
そして聞かれた年齢。
「ボクって何歳に見えますか?」
「そ、そうですね、十四、五歳といったところですか?」
「そんなところです」
嘆息している受付嬢さんは悲しげにこちらを見た。
「……では最後に住所、出身地ですが……」
「んー、じゃあミッケ村の宿屋、白うさぎで」
「かしこまりました。では組合の登録料として、銀貨五枚をいただきます。二枚は登録料で、残り三枚は遺体発見時の対価として支払われます」
支払い終えると銅のプレートが付いたブレスレットを渡された。
ブレスレットは冒険者の証で、等級を示す物らしい。
次に彼女はカウンターに白い石板を置いた。
「これに魔力を込めれば、ステータスが現れます」
(……ステータス?)
ボクは石板に手を置いた。
魔力──なのかはわからないが、手のひらに力を込めるとポゥと石板が光り、文字が浮かび上がる。
レイン・ヴィーシ
Lv.0 力:E1 耐久:E1 俊敏:E1 魔力:A10
〈魔法〉
【使令秘法】
〈スキル〉
【前世の記憶】
【生活補助】
【対話】
受付嬢さんは現れた数字を驚いたように見ていた。
何度も目を瞬かせ、何度も確認している。
でも、
「ステータス? こ、これ……なんだ……?!」
ボクは唖然とした。




