第11話 元勇者、準備をする
ボクは羞恥心を対価としていろいろ手に入れた。というか貰った。
まずはソラの王冠。
次に彼女たち──シルフェさんの下僕らしい──の借りていた部屋。
服だって洗ってくれたうえに乾かしてくれた。
食事代に銀貨が数十枚。
とくに部屋はレティアでも有数の宿屋のものであり、一ヶ月間の宿泊料金が既に支払われているんだとか。
謎の彼女たちは出ていくのでボクが使っていい、と。
「なんか得したね、王さま」
『ピィピィ!』
「またまたぁ~……さて、到着したよ」
ボクとソラは買い物をするために通りに出た。
シルフェさん曰く、「その剣はぁ、あまり見せない方がいいわぁ」とのことで、岩すら空気のように斬れる剣は目立ちすぎるらしい。
しかし。
ボクは十年前の勇者の時であっても、鍛冶屋になんて行ったことがなかった。
戦場にやって来た商隊や鍛冶師から買ったことはあるけれど。
で、目の前の店が通行人からオススメされた『ダンの鍛冶屋』だ。
「しつれいしまーす」
「あぁ~ん?」
店の奥、カウンターに肘を突いている少女がこちらを見た。
黒髪を三つ編みにして左肩にかけている少女は、目付きが悪い。今のボクと同い年か年下の癖に、少し怖い。
「……あんた初めて見る顔だわ。何? 修理? それとも買うの?」
少女は口調は変わらないが、一瞬で優しげな営業スマイルへと変わった。
「えっとですね、冒険者になりたいので剣と防具が欲しいんですけど……」
「いや、同い年位なんだしそんなに堅くならなくても良いって」
少女はカウンターから出ると、わずかに唸りながら上から下へ、下から上へとボクを見る。
「ねぇ、剣ってその腰のじゃダメなの?」
「こ、こここここれは……」
首をかしげた少女は何かを考えたあと、壁に掛けてあるロングソードを差し出す。
「じゃあこれ、持ってみて」
「うん? うーん……うぐ……重いぃ……持てないって! 助けて!!」
それはまるで大木でも落ちて来たのかと思える程に、重い剣だった。
もう少しで潰されていただろう。
「ありゃ、う~ん。じゃあショートソードかなぁ?」
少女は「よっ」とロングソードを壁掛けにかけた後、「はいっ」とショートソードを渡してくる。
あの重いロングソードがまるで嘘のように持ち上げられた。
同い年くらいの少女に。
(これ、まさか……ボク……)
渡された剣の柄を握る。少女の手が刀身から離れた瞬間、切っ先が床に落ちた。
「えぇ!? ショートソードも持てないのかぁ……。そのスライムってなに? ペット?」
『ピィピィ』
「ソラは、ボクが召喚した相棒だけど……」
「スライムって鳴くんだ……。え、じゃあ、召喚師なの? 魔法使いなら剣なんて使わないで、誰かとパーティー組んだ方が良いって」
まったくもって言う通り。
魔法使いの、一系統である召喚師が剣を持って戦う意味はなかった。
効率的でもない。
それでも。
(短剣を持ってるから、剣が使いたい? いや、確かに魔法使いなんだから……剣自体、使う意味が……)
ボクが悩んでいると、少女がニカッと笑った。
「……あんたの気持ちはわかった。満足する剣、探そーぜ!!」
「う、うん。ありがとう」
「客に満足して貰ってこそ、一流の鍛冶屋だからね!」
少女は胸を張る。
若干勘違いしているし、目付きは悪いが、優しい娘のようだ。
それからしばらく商品を見て回ったのだけれど、やはりどれも重い。
「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
何か思いついたような少女は、カウンター奥から倉庫へと消えた。
店内に残されたのはボクとソラだけである。
「ねぇソラ、大盾があるよ」
『ピィ!』
「艶のある表面、模様は伝統的なもの。持ち手は滑り止めとして切れ目が入れてある。良い品だ──ぎゃん!?」
ボクは倒れた大盾に押し潰された。いや、別に潰れては無いんだけれど。動けない。
大きさにして、ボクより大きい。
重さにして、ボクより重いかも知れない。
そんな大盾がのし掛かっている。あぁもう駄目だ。
『ピィ~ピィ~』
ソラが慌てて叫んでいると、大盾は持ち上げられた。
店員の少女が助けてくれたのだ。
さすがに大盾は彼女にも重いらしく、「よいしょっ」と盾は起こされた。
「……何やってんの」
「………」
「怪我、してないよね? えっと、これはどう?」
「うん」
『ピピピィ』
ソラが笑っている中、命拾いしたボクはナイフを受け取った。
彼女が裏から持ってきたのは狩猟刀と呼ばれるモノだ。
昔作った試作品で、売れなかったので奥にしまっていたらしい。
反りのない小刀のような黒い刀身は中々に鋭い。
「少し重いけど持てるし、これなら振れる! 何よりカッコいい!」
「へへっ、ありがと!」
明るい笑顔で微笑んで、自分のことのように喜んでくれている少女。
後は防具なのだが、「剣も持てない人にはこれしかない」と商品棚へと案内された。
「なめした革も中々いいんだぞ」
「なるほど」
魔法使いが全身を守る鎧なんて買う必要はない、ということで。
ボクは革製の黒い胸当てを買うことにした。
「──じゃあ、ダンさん。お会計をお願いします」
「私はリッケ、ダンはパパの名前。今日は工房に行ってるからいないけど。……っと、まとめて銀貨十枚だよ」
狩猟刀が銀貨で十枚
胸当ては銀貨二枚
それでも両方購入で銀貨十枚にまけてくれたらしい。
ボクはシルフェさんから貰ったお金で支払いを終えると、ベルトの背中側にアーカーシャの剣を、左に狩猟刀を付けた。
「まいどあり! はい、この砥石はサービスね」
「いろいろありがとう。……本当に」
貰った小さな砥石をリュックに入れるとリッケにお礼を言い、店を出る。
空は既に真っ暗で鉤爪のような月が雲の隙間から輝いていた。