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8.部活動、そして

 放課後に、僕は顧問であるサッカー部の練習に顔を出していた。顔を出すと言っても僕は生徒たちと同じくグラウンドに立って一緒に汗を流しながら指導をしているわけではない。どこにいるのかといえばグラウンドの脇に設置された屋根付きのベンチ。生徒たちや部の道具を踏まないようにどけてから、僕はそこにのんびりと腰掛けていた。

「シュンくんはこんな所で座って見てるだけでいいの?」

 僕の隣に同じく座ってグラウンドを見ていたユイカは不思議そうな顔をして尋ねてきた。サッカー部はランニングが始まっているのに顧問の先生がこんなにやる気がないところを見れば、彼女が不思議に思ってそう尋ねるのも当然だった。

 彼女は昼間僕と約束した通りに放課後になるとグラウンドまでやって来て、見学させてもらいます、と僕の隣にちょこんと座った。普段誰かに見学されることはなかったが、基本的にノリのいいメンバーがそろっているため、一年生のユイカは上級生にもすぐに歓迎してもらえた。

「まあ俺じゃあ何も教えることができないからなあ。」

「へえ、それで遠山さん任せなんだ。」

 ユイカはグラウンドで走り回りながら指示を出している外部指導コーチの遠山を見ながら言う。彼は僕の高校時代からの知り合いで、今でも付き合いのある数少ない友人の一人だ。

 僕はサッカー含めスポーツというものをやってこなかった人間である。そんな僕が生徒たちに指導できるとも思えず、彼に会った際に必死に頼み込んだ結果、週に三日、放課後の練習と週末の練習や対外試合に来てもらえることになったのだ。教えることは苦手だとぼやきながらも真剣に指導してくれているアイツには本当に感謝している。

「う、自分が役に立っていないことは分かってるけど、はっきりと言われると傷つくなぁ。」

 僕はグラウンドに目を移す。いつの間にかパス練習からグラウンドをいくつかの小コートに分けて三対三のミニゲームが始まっていた。彼女は僕が目を逸らしたことにも気にせず言葉を続けた。

「でも私は嬉しいよ?放課後も一緒にいられて。部活動の時間は見に来るなって言うから、放課後なのにシュンくんと会えなくて私寂しかったんだもん。」

 グラウンドの部員たちはベンチに座っている僕たちの方など見てもいないので、妙なところで大胆な僕の娘は、そう言いながらぴたっと自分の体を預けてきた。

「中学校まではもっと会えなかっただろう?どうしたの、高校に入って甘えん坊に戻ったのか?」

「ううん。中学校の時までは一緒にいれなかったからその分を一緒の学校にいる今取り戻したいの。私はずっと甘えん坊のままだよ。」

彼女の言葉が僕の胸を打った。どうしようもなかったとはいえ、娘に親としての愛情をほとんど与えなかったのは彼女にとって深い傷になってしまっているのかもしれない。そう考えると僕は妻になった気でいる彼女を拒絶することができなくなる。

「ユイカ…。」


「桜井先生ー!俺らの所一人足りないから、先生入ってくんないっすか?」

 ユイカとくっついて話をしていると、グラウンドの方から数名の部員が走ってきた。隣に座っていた娘は彼らが来る前にそっと僕から離れる。気を使ってくれているのだ。

「俺が?」

「そそ。先生でもディフェンスくらいはできますよ。相手がシュートできないように守るだけでいいので。」

 ちらちらとユイカを見ながら僕に話しかけてきた彼らは一年生の部員である。今年入ってきた一年生は12人であるが、上級生のチームに加わっている人か休んでいる人がいるために人数が足りなくなったようだ。

「分かった。じゃあ俺はただ守ってればいいんだな?」

「はい!お願いします。」

 僕は立ち上がって彼らの待つグラウンドに向かう。見ているだけとはいっても、いつでも走り回れるように運動のできる格好はしてきているのだ。

 後ろからユイカの「頑張ってね!」という声に何人かの部員の肩が跳ねたような気がした。まあ同い年の少女をまったく意識していなかったわけではないのではないだろう。

 ミニゲームに合流する前に主に二三年生の指導をしている友人に声をかけた。

「遠山ー。人数足りないから俺入るわ。」

「助かる。……そこディフェンスもっと強く行け!練習の練習にはするなよ!」

 彼は一言参加の許可をするとすぐに主力選手らの方の指導に戻った。

 僕はまだ入部してすぐで上級生とは少し距離のある一年生のミニゲーム練習に入る。一年生でも中学生からサッカーをしてきた子ばかりなので一人ひとりが素人の僕よりもずっとうまい。

「はぁはぁ…、」

「先生、カバーお願い。」

「お、おう了解。」

「それじゃ反則だよ!」

「わ、ごめん。ちょっと待、」

「あ、先生危ない!…ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「あのね、マジでヤバイ…。みんな手加減て言葉を知らんのな。」

 僕は声をかけてきた部員の放った渾身のシュートをみぞおちで止めて涙目になる。名ばかりの顧問は見事なまでのカモだった。生徒たちは教師の僕に手加減をすることなく右へ左へとボールを回すので、初心者の僕はそれに振り回されて更に体力を削られる。たった20分加わっただけで、ベンチに戻って来たころには完全にグロッキー状態になっていた。

「桜井先生…大丈夫?」

 休憩時間中、生徒たちと共にベンチに戻ってきた僕にユイカは心配そうに声をかけてくる。ちなみに部員たちは僕らとコーチの遠山のいるベンチから少し離れた場所で休憩している。

「あ、ああ。ちょっと自分の運動不足を痛感しただけだよ。」

「ふふ、じゃあ運動しないとね。夜なら私も協力しようか?」

「お、おいそれどういう意味だよ!」


「桜井先生ってさぁ、正直めっちゃ羨ましいよなー。」

「だよなー。」

 10分の休憩が終わって、攻守交替して再びミニゲームが始まろうとしている時、一緒に練習していた一年生たちの声が聞こえてきた。

「羨ましい?何が?」

 僕がその会話の輪に入っていくとばつの悪そうな顔をしながら一人の生徒が僕に文句を言う。

「わっ、先生聞いてたの。盗み聞きなんて趣味悪いすよ。」

「知ってる。で?羨ましい?」

「あーもう。…だってさ、先生って桜井さんと一緒に住んでんじゃん。」

 そう言って彼らはベンチに座っているユイカの方を見た。釣られて僕も彼女の方を見ると、彼女もこちらを見ていたようで、笑顔で手を振ってくれた。その仕草に周りの子は照れたように顔を背けた。それが面白くて、僕はこの話題に更に踏み込んでみたくなった。同級生がユイカをどう思っているのか興味もあったのだ。

「まあ家族だしね。」

「家族でも、だよ!男としてあの桜井さんと一つ屋根の下ってのが羨ましいんすよ!」

「へえ、そんなものかあぁ。でもそれはアイツに限ったことではないだろ。そんなに桜井っていいの?」

「先生は三年生の担任だから知らないんだろうけど、桜井さんって俺ら一年生の中でめっちゃモテモテなんだからね。」

「テレビの女優みたいに美人だし、優しいもんね~。」

「そそ。他の女子とは違ってイケメンとばっかり話してないし。」

「頭もいいから隣の席のやつが分からないところ教えてたぜ。」

「くっそ羨ましい!」

「あと、いい匂いがする。」

「うわ、キモ…。」

「あ?なんだよ!ってか先生、これ本人にはぜっっったいに言わないでよね?」

「え、どうしようかな~?」

 僕たちの話が盛り上がっているのを聞いて、次第に他の一年生も集まってきた。

「桜井さんって誰か好きな人いるのかなぁ?」

「なんだっけ、他の人は苗字読みなのに一人だけなんとか君って呼んでる男子がいるんだっけ?」

「ああ、誰だっけ、しゅ…。」

「ねえねえ、そんなに桜井のことで盛り上がるってことは誰かあいつを好きな人でもいるの?」

「お前は好きなんだよな。だって今日はずっと桜井さん見てるもん。」

「ち、違うし僕は……。」

 会話の中に入るだけ入って何も言っていなかったサッカー部の一年生、矢野は顔を真っ赤にして否定した。そんな彼の反応にどうやら生徒の方もノって来てくれたようで恋バナがヒートアップしだした。僕も面白くなって真っ赤になっている生徒をからかっていると

「おいそこ、いつまで休憩してんだ!」

 三年生のキャプテンの厳しい声が響いた。その声は顧問である僕を含めておしゃべりをしていた一年生たちの首をすくめさせるに足るもので、びくびくしながらそれぞれの練習場所に戻った。

 それにしても、僕は少し驚いていた。ユイカはかなり可愛いと思っている。でも今まで告白されたなんて話を聞いたこともなかったし、そういう噂も耳にしてこなかったから、それはただの親バカだと思ってきた。しかし彼女と同い年の生徒たちが言うには彼女が人気があるらしい。そんな彼女の一番近くにいることが何となく誇らしかった。



「つ、疲れた~。」

 サッカー部の練習が終わって、僕は更衣室で汚れた運動着からシャツに着替えていた。今日は思いっきり体を使ったので、早く帰ってゆっくりお風呂に入りたい気分だ。

 着替え終わって更衣室を出ると、廊下の壁に背中をつけながら肩越しに窓の外を眺めているユイカがいた。

「お、ユイカ。帰ったんじゃなかったのか?」

 先ほどユイカはサッカー部の解散と共に何人かの生徒と校門の方に向かったので、てっきり彼らと帰ったのかと思っていた。

「ううん。途中で別れてシュンくん待ってたの。今日は一緒に帰ろうよ。」

 ユイカは事も無げにそう言って、さりげなく僕の左腕を抱きしめた。幸いなことに廊下には人がいなかったため、危ない場面を誰かに見せなくて済んだ。

 確かにこの時間に一人で帰すのは少し危ないかな?それにユイカと一緒に帰った方が楽だろう。自分の親バカに気付かないふりをして、僕は腕を抱きしめられたままユイカに声かけた。

「まあいいよ。一緒に帰ろっか。」

「わーい!」


「シュンくん、すごい汗かいたんだね。」

 交差点で信号待ちをしている時、助手席に座った娘が独り言のように呟いた。

「え?もしかして匂う?窓開けよっか。」

「ううん、違うの。車の中にシュンくんの匂いがいっぱいに広がって、むしろちょっと幸せだな…ってああん、なんで窓開けちゃうの!」

 僕は彼女の妄言を聞くや否や助手席の窓を開けた。窓から入ってくる柔らかい風は彼女の柔らかい髪をなびかせる。

「いや、ユイカがまたバカなこと言ってたから。」

「バカって何よ!好きなシュンくんの匂いで気持ちよくなったらいけないって言うの!?」

「はーいその発言は危ないから外では止めなさい。」

 ダメ、という意味を込めて彼女の額を軽くはじいた。

 その時、横を向いたからなのかユイカから甘く優しい匂いが漂って僕の鼻をくすぐった。そういえばいい匂いがするって言ってたっけ。普段あまりに距離が近すぎて気にすることは無かったが、これは彼女の使ってるシャンプーの香りなのかはたまた香水の匂いなのか。気になったけれど、聞いてみるのはさすがに気が引けて、僕は伸ばしていた手をそろりとひっこめた。

「?」

「今日さ、一年生と結構おしゃべりしてたんだけど…」

「そういえば部長の先輩に怒られてたよね。どんな話をしていたの?」

「う…。男同士の話だよ。ところでさユイカは気になっている人とかいないの?」

「気になってる人?それってどういうこと?」

「ほら、授業中にうっかり目がその人を追いかけたり、話しかけられたり一緒にいるとドキドキしたり、とかそういう人のことだよ。」

「好きな人ってこと?それはシュンくん…」

「いやいや、俺以外で、例えば同じクラスの男子で気になる人とかはいないの?」

「うーん、特には。っていうか私はずーっとシュンくんが好きって言ってるのにまだ信じないの?」

「俺もユイカのこと大好きだけどさぁ、それとこれとは話が違うっていうか…。」

「むー!これだけシュンくんの奥さんになるって言ってるのにもう!」

 そこから先はいつもの通り、奥さんになるならない、恋愛だ家族愛だ、ああ言えばこう言う。さながら夫婦漫才のような掛け合いが続き、結局家までずっと喋っていた。



ぴんぽーん!

 その晩。夕食を食べ終え、食器を洗っていると家の呼び鈴が突然の来訪者を告げた。水を止めて、皮がむけないようにと最近になって買った手袋を取り、壁にかかっている小さな液晶に向かう。

ぴんぽーんぴんぽーん!

 来訪者はよほどせっかちな性格なのか早くドアを開けて欲しいのかさっきからドアホンを連打しているようだ。100%怪しい人間なので、液晶画面をオンにして外の風景を映し、呼び鈴を押している人の姿を確認しようとした。

 ところが画面には人が映っていない。というか画面が真っ暗になっていて何も見えない。さてはカメラの故障だろうか。これではテレビ付きのドアホンに変えた意味がないなと思いながら、今でも鳴りやまないドアホンにうんざりして僕は玄関へと向かう。

「シュンくんー、お客さん?」

 風呂場からユイカが聞いてきた。先にお風呂に入ってもらっていたのだが、風呂場からも鳴り響く音が聞こえたようだ。

「ああ、ちょっと見てくるからお風呂あがったら電源消しといてね。」

 それだけ言って、僕は玄関で靴を履いた。相変わらずうるさいぐらいに呼び鈴は鳴っている。一応心配なので片手にスリッパを装備し、いつでも叩けるように準備しながら恐る恐る扉を開けた。

「あの、どちらさまですか?」

「…」

「あれ、誰もいないのかな?」

扉を少し開けて外を覗くが誰もいない。不思議に思った僕はドアホンの方を見ようとドアを大きく開いて横を見ると、

「…俊介ぇ~♥」

「うぇ!?」

 壁に寄り掛かっていたであろう人が甘い嬌声をあげながら僕にしなだれかかってきた。不意打ちで体重をかけられたため僕と来訪者の女性は玄関先で派手に倒れ込んでしまった。

 幸い僕も女性も二人とも頭は打たなかったが、僕にのしかかったまま、彼女はうわ言のように何かつぶやいて僕から離れようとしない。スーツ姿のその女性は酔っ払っているようで嬉しそうに僕を押さえつけていた。彼女の柔らかい両足が僕の片足を挟み込み、腕は肩に添えられている。 

 …この状況は非常にまずいぞ。部屋着の僕と乱れたスーツの女性がくんずほぐれつ、まるで押し倒されているような場面が現在進行中なわけで。誰かに見られる前に彼女から離れようとしていたのだが、

「ちょっ、離れてっ!」


「シュンくんどちらさm…」

「あ、ユイカ…。」

 なかなか戻ってこない僕を不審に思ったのか、そこには湯上りなのに真っ白な顔をしたユイカが立っていた…。




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