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三十八時限目 ココは何処でしょう(その1)

土曜日から更新してますのでご注意ください。

次は週末です。




 ――それは、いつの話だっただろうか。


「直、ちょっとこっちにおいで」


 確か今よりずっと幼い頃、まだアメリカに行く前の話だ。

 今の家を買って住み始めたばかりのある日、俺は親父に呼ばれた。

 妹の雅はまだ立って歩けるようになったばかりで、俺は初めて出来た妹の存在が幼いながらに可愛くてずっと構っていた。一日中触っていても気にならないくらい、可愛い妹。雅もまた俺に懐いてくれて、そんな雅が尚更可愛くてしかたなかった。

 雅から離れたくなくって、何度呼ばれても親父のところには行かず無視していたんだが、いつまで経ってもやってこない俺にしびれをきらしたらしいお袋に抱きかかえられ、無理やりリビングへと連れて行かれた。


「ごめんね、直。雅と一緒に遊んでたかったよね?」

「……いい」


 一体何が「いい」というのか。口とは裏腹に態度で不機嫌を体現する俺に、親父もお袋も苦笑いを浮かべていた。


「■■ちゃんもごめんね。普段はコイツももうちょっとは愛想が良いんだけど、機嫌が悪くなると、ね。……こういうところはアメリアに似なくてもいいのに」

「友仁、聞こえてますわよ」


 俺の顔のすぐ横にお袋の手が伸びてきて、親父のケツを抓りあげる。親父は飛び上がって、だがお客の前で悲鳴を上げるのはさすがに恥ずかしかったのか、何とか声だけは飲み込んでいた。全く隠せていなかったけどな。

 とりあえずその時の親父の様子が面白かったのか、少しだけ不機嫌さが紛れたような気がする。そして俺はこの時になってようやく顔を自分のつま先から正面に向けた。


「いえ……たいそう可愛い妹様が居らっしゃると伺っております。気分を害されるのも致し方無いかと」

「こいつの雅に対する可愛がり方は度を越してると思うけどね……」


 目の前には二人、立っていた。

 親父と話してる方は俺よりもずっと大人で、たぶん高校生くらいだったんだろうか。今だから分かるが、所謂エプロンドレスを着ていて姿勢よく親父と向き合っていた。年齢が一回りは違うだろう親父とも堂々と会話をしてしっかりした印象だ。だけど、何処か気を張っているのが分かって、目にも何かの感情が揺れ動いているのが何となく俺にも分かったが、その時の俺にはその感情が何なのかは判断できなかった。

 もう一人の方に俺は視線を移した。

 白い幼児用のドレスを着た女の子だった。髪色は黒くて、光の加減だろうか、少し紫がかって見えた。長さは肩に掛かるかどうかというくらいで、隣の女の人と手を繋いでいた。

 儚げで、どこか存在感が希薄な少女だった。

 そして、さっきまでの俺と同じようにずっと俯いていた。

 じっとつま先を見て動かない。まるで、壊れた人形の様にその子は立っていた。俺にも反応を示さず、ただ何も無い足元をいつまでも見ていた。

 俺に興味がないのなら俺も興味がない。いつもだったら顔さえ上げないその子に対して何もしようとはせず、早く雅の所に帰せとばかりに親父やお袋を急かしただろう。

 だが、俺はその子の事から眼を離せなくなっていた。

 なぜなら、その子は泣いていたから。

 涙は流れていない。泣き声もない。だけど俺はその子が泣いているって分かったんだ。


「直、こっちのお姉ちゃんが■■■・■さん。そしてこっちが●●ちゃん。

 ……確か直よりひとつ年上だったっけ?」

「ええ、そうです。今年で七歳になります」

「直にとってはお姉さんになるわけだな。今日からしばらく二人共ウチに住むからな。ほら、ご挨拶して」


 年上だって親父が言ってたけど、たぶん俺にはその子が小さく見えて、もう一人妹が出来たような感覚だったんだろう。

 だから俺は、俺が何とかしなくちゃって思ったんだ。こんな可愛い子が泣くなんて、おかしいって思ったから。絶対、この子は笑ってる方が良いと思ったから。


「笑ってよ」


 そして俺がその子に投げかけた最初の言葉はそれだった。


「ぜったい、そっちが楽しいよ」


 女の子は顔を上げて、だがまたすぐに眼を伏せた。少しだけ見えたその眼はひどく沈んでいて、俺はその眼を見て親父を睨みつけた。この子にこんな顔をさせたままの大人たちがひどいと思ったから。


「……睨まないでくれよ、直。アメリアと一緒でお前に睨まれると怖いんだよ」

「友仁さん? それはどういう意味かしら?」


 ……やっぱり俺が何とかしなくちゃ。親父とお袋の痴話喧嘩を傍目で見ながら俺は決意した。


「……?」

「直くん?」


 一歩前に出る。

 俺がすぐ目の前に立ったからか、女の子は伏せていた顔を上げて、俺を見下ろした。

 この頃の一歳の年齢差は結構大きい。だから目の前の女の子は俺より頭半分くらい大きくて俺が見上げる形になる。にも関わらず俺は彼女に向かって手を伸ばして――


「ふぇ?」


 ほっぺを捻り上げた。柔らかくてすべすべした(それは俺もだが)頬をこねくり回して、その度に彼女の口から「ほぇほへ」とマヌケな声が漏れて、それがおかしくて俺は笑った。


「ふぁ、ふぁにをふるんへふは!?」

「笑った顔が見たくって。だってソッチのほうがぜったい楽しいし。怒った顔も可愛いけど」

「なっ!?」

「あらあら、直ったらもう女ったらしになっちゃったのね」

「……アメリア様、お嬢様は渡しませんよ」


 ……何か横でお袋たちがくっちゃべってるけど、俺の耳には入らない。だって、その時の俺にとっては彼女を笑わせる事こそが目下最大の関心事だったのだから。


「なあ、笑ってよ」

「……笑えませんわ」

「なんで?」

「っ、それは……」

「■ちゃん」


 彼女は答えない。それどころか、さっきまでの怒った顔すらしなくなって、また泣きそうな眼で顔を伏せてしまった。

 それを見て俺も気づいた。きっと、彼女には笑えないくらい悲しい事があったんだって。

 お気に入りのお人形を無くしてしまったのか、それとも大好きだったテレビアニメが終わってしまったのか、はたまたお父さんとお母さんに怒られてしまったのか。六歳児だった俺の貧困な想像力ではそんな事くらいしか思い浮かばず、ともあれ、彼女が簡単には立ち直れないくらいにとても悲しい想いを胸に抱いているのを幼いなりに俺も感じ取れた。

 それでも何とか彼女に笑って欲しくて。女の子が悲しい顔をしていると俺まで悲しくなってくる。

 悲しい時、俺が悲しい時、父さんと母さんは……何をしてくれたっけ?

 幼かった俺は、記憶の中の父さんと母さんの行動に答えを求め、その通りに行動した。


「ふぇっ!?」

「よしよし、もう何も怖いこと無いからな。安心していいからな」


 自分よりも背の高い女の子を抱きしめ、頭をポンポンと軽く叩いてやる。俺が泣いてしまった時に、悲しい時にいつも父さんと母さんにしてもらったように。雅が泣くといつもそうして泣きやませるように。


「だから、もう泣かなくったって大丈夫だぞ。お前を泣かせる奴がいたら、俺がそいつから守ってやるからな」

「……泣いてなんていませんわ」

「そっか、じゃあもう笑えるな? 笑ってくれよ。こうやってさ」


 口の両端を人差し指で押し広げて「いーっ!」ってしてみる。俺は笑い方を教えるつもりで実践してみせたのだが。


「……ぷっ」


 果たして彼女は笑った。


「はははははっ! 何よ、その顔!」

「お嬢様……」

「あははっ、あはははははははっ!」


 楽しそうに彼女は笑った。それどころか大爆笑である。

 自分で笑わせるつもりだったと言われればそれまでなのだが、そこまで笑われるとさすがに俺も傷つく。俺の顔はそんなにも変だったんだろうか。

 助けを求めて父さんと母さんを見上げたが、二人共笑みを浮かべるだけで助けは差し伸べるつもりはないらしく、そんな二人の態度に俺はヘソを曲げた。


「……ありがと。気持ちが楽になったわ」

「……そうかよ。良かったな」

「あなたが笑わせてくれたんじゃない。怒らないでよ」

「おこってねーよ」


 まったく、ガキだったな、俺も。振り返ってみればこんな時代が俺にもあったんだな。ああ、恥ずかしい。


「ね、今度はあなたが笑ってる顔を見せてよ」


 それは難しい注文だな。今の俺は、さっきまでのお前以上に笑えそうにない。

 そう思っていた俺だったが、「ねぇねぇ」とそっぽ向いた俺の顔を覗き込もうとしてくる彼女の粘りに負けて一度だけ彼女の方に振り向いた。


「……――あ」


 その時見た彼女の表情は柔らかくて優しくて、そして思ってた以上に可愛くて。

 そんな彼女に今の俺の顔を見られるのが恥ずかしくて、また俺は彼女から顔を背けたのだった。

 そしてまた彼女との鬼ごっこが始まったのである。






「――いってぇ!」

「いつまで寝てるつもりだい?」


 頭を叩かれた軽い衝撃と、頭上から振ってきたそんな声に俺は眼を覚ました。

 痛みで見開いた視界の先には突き抜けるような青。雲ひとつ無くて、どこまでも吸い込まれていってしまいそうな、そんな空だった。

 眼を開けて空が見えるということは俺は地面に仰向けで寝ているわけで、鈍った感覚が戻ってくるにつれて自分が大の字になっていることに気づいた。


「……草?」


 顔の直ぐ側には青々とした芝生。土の香りが鼻をくすぐって体が呼吸を取り戻す。その薫りは何処か懐かしい感じがする。そして。


「なんかすっげー懐かしい夢を見た気が……」


 するんだが、俺はどんな夢を見たんだか。

 「懐かしい」という感覚だけは残ってるんだが、その具体的な中身がさっぱりだ。思い出そうとする端から次々とぼやけて零れ落ちて、すでにまったく思い出せない。まあ、夢なんてもんはそんなモンだろうが。


「それはいいとして……」


 問題はなぜ俺はこんな外に寝てるのかということだ。何処ぞの酔っぱらいじゃあるまいし、酒を飲んだ記憶も無ければ、一応今まで夢遊病の類の傾向も無かったと思うのだが。


「って、そうじゃねぇだろ!」


 思い出した! 確か先輩の家に向かってる途中に変な猫に絡まれて、んで何か変な孔に落ちて――


「やれやれ、騒がしいことだね」


 女の呆れた様な声が聞こえた。猫だ。あの猫の声だ。

 慌てて振り向く。だが広がっているのは手入れされた草ばかりで、どこにも姿はない。


「それじゃ、眼を覚ましたことだし、私は行くよ。後は衛兵達に捕まらないようせいぜい自力で頑張ってくれたまえ」

「はっ!? ちょ、待て……」

「ではさらばだ!」


 真後ろから声がした。だがそこにも猫の姿は無くて、代わりに二本の白くて細い脚がほんの一瞬見えたかと思うと急にバサッと布みたいな黒い物が視界を遮った。


「何しやがるっ……!?」


 額に青筋を浮かべて、両手で布を振り払って怒鳴ってみるが、すでにそこには誰も居なかった。代わりに目の前にあったのは。


「……へ?」


 城であった。

 石造りの巨大な壁がすぐ目の前にあって、その壁の上端を目指して見上げていけば、RPGゲームなんかでよく出てくる中世風の紛うことなき城がそこにあるのである。その周囲には見事と言わんばかりに手入れの行き届いたカラフルな花畑が広がっていて、俺が寝ていたのはまさにその花畑の中心。フカフカの芝生で、そりゃ確かに寝心地は良かっただろうな。

 だが問題はそこではない。


「……」


 俺は夜に日本の住宅街に居たはずである。それが、夜がいつの間にか昼になっていて、何故かヨーロッパと思しき情景漂うお城のど真ん中に寝ていて。

 加えてあの猫はどこ行っただとか、さっきの女の人はなんだったのかとか、そもそもあの孔は何だったのかとか、もう怒涛のように疑問が頭の中で吹き荒んでいるわけである。てか、ここは何処だよ?


「おい」

「あー……やっぱ俺疲れてんだろうな。そうだよな、猫と会話とかあり得ねぇし」

「おい、貴様」

「だいたいどう見てもここ日本じゃねぇし、そんなまさか一瞬で外国に行くとか不可能だしな。まだ夢でも見てんだろ。ん? てことはさっきの夢は、夢の中で見たってことか?」

「返事をしろ、そこのお前」

「いやでもこれが現実ってこたねぇだろ。ファンタジーじゃあるまいし、そんな荒唐無稽な……」

「返事をしろと言っているだろう、貴様っ!!」

「さっきからやかましいわっ!! こっちはあり得ねぇ事態に頭が混乱してんだよっ!! ちったぁ黙って考え……」


 とまあ、訳の分からん事態に頭が痛いところでピーチクパーチクやかましい連中が居たんで俺もヒートアップして怒鳴り散らしたワケだが、非常に遺憾ながら直ぐに黙らせられる事になった。

 だって、なあ?


「怪しい奴め。いったい何処から入り込んだ? まあいい……ひっ捕らえろっ!」


 喉元に槍を突きつけられたら黙らざるを得ないだろ?




投稿初日から入れてた「ファンタジー」タグがようやく陽の目を見た。



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