三時限目 高校に編入しました(その3)
本日3話目。続きはまた明日。
「何でしょうか、凛ちゃ……小野塚先生」
「……なんか教師に対してあるまじき呼び方が聞こえた様な気がするけれど、まあいいわ」
おっと、イカンイカン。ついつい心の中だけの呼び方が出そうになってしまった。
凛ちゃんはジト目で俺を見つめてくるが、どうやらそれ以上の追求はしないでいてくれるらしい。まあ、愛らしい凛ちゃんから怒られても別に怖くもなんとも無いから別に構わないんだけどな。
そんな俺の内心に気づいてか気づかないでか、凛ちゃんは一度溜息を吐いてポケットから紙を取り出して俺の右手に手渡してきた。
「? なんスか、これ?」
「ウチの高校の部活動のリスト。朝に伝えるのを忘れちゃってたんだけど、ウチは皆何かの部活動に所属しないといけないの」
「はぁ……ですけど俺は……」
「うん、武内クンの事情は私も校長先生も理解してるから。ただ、たまの息抜きにでもなってくれればいいかなって。それに特例を作っちゃうと色々面倒なのよね。だから先生を助けると思って。ね?」
……正直気は進まないんだがなぁ。部活をする余裕も無いし、今の俺にはやらなきゃいけないことがある。幽霊部員になるのも、真面目にやってる連中に対して申し訳ない。
とはいえ、先生にも立場はあるだろうし、理解してると言ってくれてるんだから頑なに拒むのも何だか、な。
仕方あるまい。ここは俺が折れるべきだろう。
「分かりました。殆ど活動には参加できないと思いますけど、それで良いのなら」
「そう? ありがとう、助かるわ~!」
俺が了承すると凛ちゃんは安堵が見え隠れする満面の笑みを浮かべて手を握ってブンブンと上下に振ってくる。こういうところが幼く見えてつい「凛ちゃん」などと呼んでしまうんだが、この先生は解ってるんだろうか?
「それじゃ今日から一週間以内に決めて私に入部届を出してちょうだい。その間に見学して入りたい部を決めてくれれば大丈夫だから。あ、もちろん先生方にも話は通してるから心配しないでね」
「了解です。わざわざありがとうございます」
「ううん、これが私の仕事だからね。それじゃ宜しくね~」
肩の荷が降りた、とばかりにウキウキとスキップ混じりに凛ちゃんは去っていった。調子に乗りすぎて脚が絡まって転けてた姿は見なかったことにしておこう。その拍子に見えたパンツの柄もな。
「小野塚先生、何やってん?」
席に戻るなりに淳平が聞いてきたから紙を見せてやると二人揃って覗きこんで、同じように納得の声を上げた。
「なんや、部活の紹介かいな」
「そういえば全員何らかしらの部に所属しないといけないのよね、ウチの学校。面倒くさいルールを作ったもんよね」
「え、そうなんか?」
「何でアンタが知らないのよ……」
「だって俺はサッカー部に入るの決まっとったし」
「そうなのか?」
淳平の答えに疑問を上げた俺に対し、深音の方が「ああ」と声を上げると、眼鏡のズレを直しながら説明してくる。
「そういえば言ってなかったっけ。淳平はサッカー部の特待生なのよ」
「へー」
そっか、コイツは特待生なんか。ならどの部に入るとか関係ないわな。
そっかー、特待生か。
……
「マジでか!?」
「おおう!? 意外な食いつきっぷり!?」
「だって特待生っつったらアレだろ!? 学校側からスカウトされたり、来てくれって誘われたりとか……将来はプロになったりするんだろ!?」
「せやで。こう見えても将来のJリーガーどころかブンデスリーガーやで」
「おおぅ……」
思わず身を乗り出した俺に向かって細目を増々細目にした淳平が歯を輝かせる。なんか知らんが、今は淳平が輝いて見えるぞ。
「そっかー……お前ってスゲェ奴だったんだな」
「せやろ? もっと煽ててくれてもカマへんねんで?」
「はいはい、調子乗るのもそこまでにしときなさい。たかがウチの学校に特待生で入ったくらいで、今のアンタはただの馬鹿なんだから」
「なんやー、冷たい。もうちっとエエ気分に浸らせてくれたってええやんか?」
「アンタが全国大会で日本中の注目を集めるくらいになったら思う存分煽ててやるわよ」
「ま、ええわ。すぐに吠え面かかせたるさかい、楽しみに待っとけや」
ニヤっともう一度淳平は笑った。その顔を見る限りコイツは相当に自信があるらしい。
そりゃそうだよな。そういうことならサッカー部の奴らは皆特待生で入学してんだろうし、自信無きゃそんな連中の中に入って行けやしないわな。
「まま、俺の話は置いといて、や。直はどないするん? なんか気になるんあるか?」
「そうだな……ま、入るとしたら運動部以外だろうな」
「え? 剣道部に入るんじゃないの?」
「いや、剣道は今はもう……」
そこまで答えて、俺ははたと首を傾げた。
「なあ、深音?」
「ん? 何?」
「俺、お前に剣道やってたって言ったっけ?」
「いんや?」
フルフルと首を横に振る深音。だよな、言ってないよな。
「なら何で俺が剣道をやってたって……」
「だって、両掌のタコ、それって竹刀ダコでしょ? それに箸持ってる手が右手だから右手が利き手なんでしょうけど……」
言いながら深音は俺の両腕を急にもみ始めた。
「その割には左腕の方が若干太いしね。剣道は普通左腕で竹刀を上下させるから、剣道やってる奴は左腕の筋肉の方が付くのよ。だからアンタが剣道やってるんじゃないかって思ったワケ。アンダスタン?」
「なるほど」
深音探偵、中々の名推理。しっかし、よく観察してんな。
「お前、将来は探偵にでもなるつもりか?」
「あ、それ面白そう。いいわね、『美少女名探偵・深音!』とかアタシをモチーフとしたアニメとか出来そう」
「背も胸も微少女名探偵の間違いぶべらっ!?」
「んー、何て言ってくれたのかしら、淳平?」
後ろのロッカーにめり込んだ淳平に向かって拳を突き出したまま、深音はニコニコ笑って聞き返した。
……今、人間が真横に飛んでいったんだが見間違いだよな?
「い、いやいや、深音は美人やから絵になるやろうなってゆうただけやねん」
「そう? そうよね? あー、誰かそんなマンガの一つでも描いてくれないかしら?」
チラチラっと横目で俺を見てくるが、俺を見られても困る。
「……いや、流石に俺はそんな画力ないんで」
「……ちっ」
俺が描いたら出てくる人物全員ゴンザレスみたいな化け物になっちまうぞ。つーか、そんなメンドイ事そもそもするか。
「ちなみに深音は何部だ?」
「漫画・アニメ研究部! アタシを可愛く格好良く描いてくれる絵師さん、絶・賛・募・集・中!」
「だと思ったよ」
確かに深音は絵になるとは思うが、よくそれだけ自分に自信を持てるもんだ。俺には到底真似できん。
「アタシ達の事はいいの。そんだけ固い竹刀ダコが出来るくらいには真面目に剣道やってたんでしょ? なのにしないっていうのはアタシには勿体無いって思うんだけど。勿論新しい事を始めるっていうのも価値があるとは思うけどさ」
「俺も出来る事なら続けたかったんだけどな」
深音の言いたいことは分かる。確かに俺は十年近くずっと剣道を続けてきた。アメリカに行っても親父とお袋が探してくれた道場に通い続けたし、稽古も一日だって休まなかった。そんなに頑張ってきたことを止めて、全く新しい事を一から始めるってもし妹が言い出したとしたら迷わず考え直すよう説得するだろう。
でも――
「もう、無理なんだよなぁ……」
俺は自分の左腕を見た。
外傷こそ癒えたが、事故で俺は握力を殆ど失った。腱も痛めてしまって、左腕は肩から上には上がらない。剣道を続けるには、致命的過ぎる怪我だ。
この一ヶ月で諦めがついたつもりではあったんだが、やっぱり思い出すと少し感傷的な気分になっちまう。
「……あ、その……ゴメン。悪い事聞いちゃったみたい……」
「あ、いや、ワリィ!」
いかん、気まずい雰囲気にしてしまった。別にそんなつもりじゃ無かったんだが、深音のやつ、すっかりシュンとしちまってる。
「俺自身はもうすでに諦めついてるからさ! だからな、その、気に……」
「まっったく、しゃーないやっちゃな!!」
「ごふぅ!?」
何とか弁明しようとアタフタしていたところだったが、背中に「スパーン!」と景気の良い音と同時に衝撃が走った。お陰で胃に収まっていた中身が危うく盛大に飛び出しそうになったじゃないか。
咳き込みながら涙目で恨みがましく犯人を睨みつけてやるが、当の淳平は呆れた様に溜息吐いてみせやがる。
「あんな、自分が悪いんやで? こないなけったいな空気にしくさって」
「う……」
「怪我ゆうてもちっとハンデ付けられただけやろ? 大したことあらへん。むしろ喜ばんかい」
大した事ない、だと?
知らず知らずのうちに俺の右拳が握りこまれる。どれだけ俺が悩んだか、何も知らない癖に。それを喜べ、だと?
「お前……!」
「ちょっと、淳平! そんな無神経に……」
深音も俺の怒りに気づいたか、慌てて咎めるように淳平に食って掛かるが、コイツはキョトンとして首を傾げるばかりだ。
「なにそないに怒っとるん? 俺そないな変なこと言うたか?」
「アンタ――」 「だって――コイツはちっとハンデやらんとアカンくらいに誰よりも幸せになれるって神さんが判断したってことやろ?」
「――……」
一瞬、言葉に詰まった。
そんな事は考えた事が無かったし、事故にあった直後はいざ知らず、今でさえもあの事故の事をネガティブにしか俺は捉えられなかった。
だけどそうか……そんな考え方もあるんだな。
俺も深音も眼を丸くして淳平を見る。が、当の本人はそんな俺らの反応が不思議らしい。キョトン、として糸目で俺らの顔を見て首を傾げてる。
「なんつーか……」
「?」
「お前すげーな……」
いや、正直今もあの事故をポジティブに捉えるのは難しい。それだけの事があの日に起こった。けど、いつまでも塞ぎこんでばかりじゃダメだとは自分でも思ってる。
前を向かなければ。そういう意味で、コイツの何気ない言葉が強く印象に残った。横を見れば深音も何か感じ入るところがあったらしい。少し眼を見張って淳平を見ていた。
「? 何や? どないしたん、二人とも?」
(本人は深く考えてなさそうだが……)
ま、だからこそこれだけ俺の心に響いたのかもしれないな。
頭に疑問符を浮かべてそうな淳平を見ながら、そう思った。
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