二十五時限目 店に襲来されました(その1)
遅くなりましたが毎日更新三日目。たぶん平日はこれくらいの時間になります。
読み飛ばしが無いようご注意下さい。
「ふぅん……そないな事があったんか」
「なるほどねぇ。それでデコにそんなおっきい絆創膏貼ってんのね」
「ああ……ったく、最悪だよ」
食堂で深音、淳平の二人と飯を食いながら俺はボヤいた。
深音が言ったとおり俺の額にはでかでかとした絆創膏が貼られているのだが、何故そうなっているかといえば怪我をしたから――ではなくて、昨晩に雅から描かれた文字が消えなかったからである。
薄れゆく意識の中で盛大に罵られた記憶はあるものの、いったい何を言われたのかは全く定かでは無いが殴った事を謝るどころか「バカ兄貴!」と書かれるくらいである。雅の怒りは相当なものだとは容易に想像ができるのは、今こうして弁当では無く食堂の飯を食っていることからも確定的に明らか。
意識を失ったままリビングで朝を迎えて起こしもしてくれなかったし、当然ながら朝飯の準備もなし。幸いなのは油性ペンじゃなかったために明日には消えてくれるだろう事くらいだろうか。
「しっかしそらぴょん吉が悪いわ。幾らなんでもいきなり殴り飛ばすんは感心せんで?」
「なんとなく兄バカだ兄バカだとは思ってたけど兄バカここに極まれりね」
「……そうか?」
「しかも抱きついたのは妹さんの方からやろ? せやのに抱きつかれた方が殴られるんは理不尽やわ。追加でぴょん吉のそないな眼で毎日睨まれるんやろ? そのガイジンさん、もう今日にも出てくんちゃう?」
「おまけに一発で意識を飛ばすくらいに強烈なパンチだったんでしょ? せっかく雅ちゃんがアンタを説得したのに向こうから出て行かれたらメンツ丸つぶれじゃない」
「いや、兄妹でメンツって……」
「兄貴の思いを知ってなお、自分の考えを貫いたんにも関わらず、その相手から拒否られる。自分の兄貴のせいで。そらぁ怒るわ」
「明日には機嫌直してくれるといいわね? ま、当分許してはくれないでしょうけど。怖いわよ~、女を怒らせたら。明日の朝陽を拝めるのを祈ってなさい?」
「さすがにそれは言いすぎだろ」
……言い過ぎですよね?
半笑いで深音の顔を覗き込んでみるが、深音は意味深に笑うばかりだ。ニコニコとしていて、それが逆に怖い。
「……帰ったら二人に土下座します」
「それがいいわね。せいぜい地べたに這いつくばって、足の指でも舐めながら許しを請いなさい。自分より四つ年下の女に」
「そないなSMな話やったやろうか……?」
まあ確かに俺もやり過ぎたな。せっかく不良から助けてやったのに俺の手で怪我させてりゃ何やってんのか意味分かんねぇし。
「それで、どうすんの、アンタは?」
「どうするって……何が?」
「決まってんでしょうが。その何とかって外国人の人探しを手伝うのかってこと。
アンタとしてはさっさとその外国人に出て行って欲しいんでしょ?」
「あー、いやまあ……そうなの、か?」
「なによ、煮え切らないわね?」
まあ雅の傍にカッコいい外国人の兄ちゃんが居るっていうのは色んな意味で不安だが、アストレイを追い出したいかと言われれば何か違う気がする。
仕草とかがキザっぽいところはあるが何気ない行動の端々に上流階級っぽい優雅さがある。礼儀は正しいし、昨日交わした会話だと気遣いもできる奴だ。度々殴り飛ばした俺が言うなという話ではあるのだが、友人として良い関係が築けそうだと感じてはいる。なので、別に追い出したいわけではないのだが――
「雅じゃないけど、困ってる事は確かだしな。出来る限り力になってやりたいとは思ってるさ。ま、俺もバイトがあるからあんまり手伝ってはやれないとは思うが」
「あら、意外。話を聞いてる限りだとてっきりその人のことが嫌いなんだと思ってた」
「別に嫌いじゃねーよ。ただ……そうだな、まだそこまで信用できる程時間が経ってないから神経質になってるだけだ」
「ま、相手は知らん人間やしな。こないなご時世やしちっとばかし神経質すぎるくらいがちょうどええやろ」
「まーな。とはいえ……」
アイツの話を聞いてる限りだとどんだけ探すのに時間かかるか分かったもんじゃねぇけどな。
一体いつまで時間掛けるつもりなんだか……っていうかそもそも探してる女の子って見つかんのか?
「アンタが手伝えないんなら他の人に頼んでみたら?」
「探偵事務所とかにか? よく知らねーけど、相当金が掛かる印象があるんだが」
金はある、みたいな事を言ってたけどンなとこに頼む金もあるんだろうか。今朝も眼を覚ました時は居なかったし、もしかしたらもうそういう職業の人らに頼んでるのかもな。帰ったら確認してみっか。
「違う違う。居るじゃない、お金も掛からないで、かつ喜んでこういうの手伝ってくれそうな御人が」
それはもしかして……
「いつも一緒に飯を食っていて、今日は居ないあの人の事か?」
「そ。我らが会長様。最近また暇そうにしてるみたいだし、生徒であるアンタも困ってるんだから別にお願いしても悪くはないでしょ? それに、同じ生徒会だってのにどうせ毎日バイトで先輩と殆ど顔合わせて無いんでしょうし」
「そりゃまあそうだろうけどさ……」
言うほど困ってはいないんだが。てか、学校と全く関係ないんじゃないか……って、そういや深音の依頼の時も学校とは関係なかったか。
しかし先輩を巻き込むとなぁ……
「今度は何が起きるんだろうか……」
「人探しするだけやろ? そないに心配せんでもええんちゃう?」
「だといいんだがな」
サクッと参加してサクッと見つかってしまえば良いんだが、たぶん……それは無いだろうな。
何かしようとすれば、想定外の「何か」が必ず起きる。どうにも良くないものを引き込んでしまう素質を持っているようなのだが、果たして疫病神は先輩なのか俺なのか。
願うことならせめて先輩であって欲しいが、アストレイのこともあるし、やっぱ俺か。俺が悪いものを引き込んでんのか。いや、ヘタしたら先輩と俺、揃ってそういう性質持ちなのかもしれん。
「……まあ、先輩にお願いするかはもう少し考えてみるさ。頼むにしても当人の許可も貰わんとダメだしな」
「ふーん、あ、そ。まあいいわ。
……こりゃ動かないわね。それなら……」
「ん? 最後何て言った?」
「ふっふー。別に? 何でも無いわよ。
さて、それじゃそろそろ戻りましょうかね。ごちそうさま」
興味無さそうに返事をした深音は、その後に小声でボソボソっと何事かを呟いたのだが上手く聞き取れなかった。そのまま強引に話を切って立ち上がる深音の様子に、俺は淳平を見遣るが淳平もそんな深音の様子が不可思議らしく、箸を口に加えたまま肩を竦めて俺を見返すだけだった。
結果として、それがどうやらいけなかったみたいだ。その時に視線を深音から外さずにいればアイツの口端が邪悪に歪んでいたのに気づけただろうに。
深音が何かを企んでいる。そんな事とは露知らず俺らも食器を片付けて教室へと戻っていく。途中、廊下を歩いていると、先輩が設置した目安箱が目に入って横目で見ながら通り過ぎた。
(……いざとなったら本当に先輩を頼るか)
まずは自分たちだけで探さないとな。関係ない人に頼るのはどうにもならなくなってからっていうのが筋だろう。頼りたくないわけでは無いが、人に頼ってばっかというのは主義じゃない。
(頼る前にみつかってくれりゃあいいんだが――)
そんな風に俺は思っていたんだが――
☆★☆★☆★☆★☆★
「水臭いではないか、直」
俺は店に入ってきた人物を見て、眼を点にしながらその声を聞いた。
その人物は全身から水を滴らせながら店の入口で仁王立ちし、腕を組んで口を尖らせながら俺を非難してきた。生来の吊り上がり気味の目が更に逆だてて不機嫌さを殊更にアピールしているその後ろでは、深音が申し訳無さそうに頭を下げ、しかしながら口端は面白そうに吊り上げながら様子を伺っていた。
(あの野郎っ……!)
絶対ワザと先輩にバラしたな。
頭痛を覚えながら睨みつけてみるが、そんな俺の様子を見ても柳に風とばかりに楽しそうに笑うばかりで全然堪えている様子はない。こりゃダメだ、と天を仰ぐと、俺は不機嫌さの影で寂しそうな表情を見え隠れさせている御方――河合先輩に向き直って引きつった笑顔を浮かべ、唯一このタイミングで言えるだろうセリフで応えてみせた。
「……いらっしゃいませ、お二人で宜しいでしょうか、お客様」
授業が終わって放課後、いつも通りに俺は喫茶店「ランデスフリーデン」でバイトに励んでいた。
ランデスフリーデンは元々オーナー一人で経営している小さな喫茶店だ。駅前通りからは少し離れた場所にあって店内にはテーブル席が三つと、後はカウンター席が七つあるだけ。十人も客が入れば満員感が出るそこは、ドイツ語で「田舎のやすらぎ」を意味するらしい店の名前の通りシックで何処か古ぼけた内装で田舎っぽさを演出している。都会のガヤガヤした外の空気からは完全に切り離されて、静かで穏やかな時間がいつも流れている。
店内に広がる香ばしいコーヒーの香りと織りなす不思議な雰囲気はどうしてだかとても落ち着ける。初めは特に意識してなかったが、今では俺もすっかり気に入っているのだが、きっとそれはここの常連さんもそこが一番気に入っているのだと思う。
一日の客数から考えて決して流行っているとは言い難く、また流行りのカフェとも違って甘さの強い商品も出してはいないからファッションに敏い若い女性客とかはあまりいない。
だがバイトを始めて一ヶ月以上が経って気づいたのは、常に席を埋めているのは殆どが常連さんでしかも決して騒がしくなく静かに店の時の流れに身を委ねている人ばかりだということだ。それでいて一見さんお断りな雰囲気は無く、来る者を決して拒まず、それでいて初めて来た客を瞬く間に虜にしていくという、なんとも摩訶不思議な店である。
そんなわけであるから、例えば今日の様に急な大雨であっても常連さんは気にせずやってくるため、基本的に客足が極端に落ちるような事は無い。
「ああ、今日も来ちゃったね」
オーナー兼マスターであるミケさんの声を聞いて俺は窓の外を見た。
ウェイターをしながら目撃したのは突然激しく窓を殴りつける大粒の雨で、学校から店に移動中に遭遇しなくて運がよかったという安堵と同時に連日の雨に「また雨か」と呟いてしまうくらいにはうんざりした気分になりもしたのだが、ミケさんも常連さんも落ち着いているのか、それともそもそも興味がないのか、窓の外を揃って一瞥しただけでみんな銘々に自分の作業に戻ってしまった。
オーダーを届けた時にある常連さんに少し話を振ってみたが曰く、「長居する口実ができた」とのこと。どうやら常連さんは出来る限りこの店から帰りたくないらしい。本当に不思議な店だ。
そんなランデスフリーデンなのだが、この雰囲気はあの二人も虜にしてしまったらしい。
雨音の知らせから程なくして訪れた先輩と深音の二人――特に先輩の方は俺がアストレイのことを黙っていたことと土砂降りの雨の急襲とでたいそうご立腹の様子だったが、俺がオーダーされたコーヒーをテーブルに並べる頃にはすっかり気持ちも落ち着いたようで、店内に流れるミケさん選曲のジャズと雨音をBGMに静かにお喋りを楽しんでいた。
ちなみに今は先輩はミケさんの高校時代のジャージを着ている。ずぶ濡れになったワイシャツは店の奥にある乾燥機で乾燥中であるため、幸いにして先輩を見る時に眼の遣り場に困るということはないのであしからず。
「お待たせ致しました。本日のオススメとブレンドコーヒーになります」
顔見知りとは言え、二人は客である。バイト初日にミケさんから注意された様に、声を掛けながらも決して二人のコミュニケーションを妨げないようにさり気なくコーヒーを二人の前に並べていく。
「うん、美味しい……この上品な香りとコクのある苦味。マンデリンの良い豆だね」
「へぇ、良く分かったな」
だが深音は会話を止めてカチャカチャと騒がしくソーサーを鳴らしながらカップを手に取り、ジュースを飲むかの様にコーヒーをあおると、特に告げてもいない産地を見事に当ててみせる。
邪魔しないようにという俺の気遣いを彼方へ蹴り飛ばした所業ではあるのだが、深音の味覚には感嘆を禁じ得ない。
初対面で俺が剣道をしていた事を見抜いた洞察力といい、時々このチンチクリンは見た目の印象と噛み合わない謎の能力を発揮する時がある。転校初日には先輩を謎の人物だと思っていたが、今では俺の中では深音の方がさっぱり正体が掴めない謎の女になりかけている。
一方で先輩はそっと、優雅な手つきでカップを手に取り、目を閉じて一昔前の上質を知る人みたく口に含んだコーヒーを味わうと口元を綻ばせた。その姿は深音とは正反対で惚れ惚れする程に気品に溢れていた。
「ふむ、なるほど……これはブルーマウンテンとキリマンジャロのブレンドか」
「いえ、コロンビアとサントス、モカのブレンドになります」
すまし顔で堂々と適当な事を仰る先輩。
全く以て優雅でお嬢様な見た目だが、相変わらずこの人の味覚は壊滅的だ。普段の昼飯も毎度毎度良く分からん謎メニューを食ってるし。一度一口だけ貰った事があるのだが、あの時の味は一生忘れないだろう冒涜的な不味さであった。この人の他に一体誰が頼むのか不明だ。
俺が指摘すると先輩は頬を赤らめてソッポ向いてしまった。恥ずかしいなら無理に深音に乗っからないでいいのに。
はぁ、と先輩にバレないようにそっとため息をして別の話を振ってやった。
「それで、どうして先輩と深音がここに?」
「む。それは私と深音がここに来ては困るということか?」
「そうは言いませんけど……」
困りはしないが、ぶっちゃけ恥ずかしい。ただでさえ自分が働いている姿を知り合いに見られるのは恥ずかしいというのに、まだまだコーヒーの淹れ方も接客も勉強中なのだ。そんな様子を見られたくはない。
「まあいい。それよりもだ、直。深音から聞いたぞ? 悩んでいるならどうして私に相談してくれなかったのだ?」
先輩に言われてジト、と深音の野郎を見遣る。先輩にチクったこの野郎はわざとらしく俺から眼を逸して吹けもしない口笛を吹く真似をするという、なんとも古典的なごまかし方をしやがった。
かすれた口笛の成り損ないが虚しく響き、俺はこれみよがしに舌打ちをして頭を掻いた。
お読み頂きましてありがとうございました。
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