二十六時限目 店に襲来されました(その2)
毎日更新四日目。
読み飛ばしがないようご注意下さい。
かすれた口笛の成り損ないが虚しく響き、俺はこれみよがしに舌打ちをして頭を掻いた。
「それとも私は頼りにならないか?」
「いえ、そんな事はないですが……もしかしなくてもそんなことを問い詰めるためだけにわざわざ店に来たんですか?」
「そんなこととは随分だな、直。生徒会長たる者、生徒が悩んでいるのであれば解決に力を貸すのは当然だろう? ましてや君は副会長なのだ。円滑に生徒会の活動を進めるためにも一刻も早く相談に乗って解決策を探るのは至極当たり前では無いか。
まあ君が毎日放課後にバイトに励んでいるのは知ってはいたがそのバイト先を訪問した事は無かったからな。いかがわしい店で働いていないか、確認する意味もあったが」
「おやおや、言ってくれるねぇ。ウチの店がいかがわしい店だって?」
先輩が話している途中で割って入る声が。
振り向けば、カウンターに肘を突いてニヤニヤと俺らの様子を伺っているミケさんが居た。
「オーナー」
「ミケでいいっていつも言ってるだろ」
「すみません、つい」
この店のオーナーであるミケさん――西尾・美華は、三十半ばだというのにまだ二十代と言っても通じるくらいに若い。背も高くてスラっとした体型に加えて、歌舞伎役者の様に切れ長の眼をした美人で、何とも男装が似合いそうな人だ。
性格もこざっぱりした人で男っぽい口調であり、実際に昔から女性から人気があった、というのは常連の一人である彼女の高校時代の友人の言葉だ。今でこそ長い黒髪を適当に後ろで縛っているが学生時代は髪も短く、女性からの人気はさながら宝塚みたいだったとか。
そのせいか、「宝塚っぽい」との事で本名のミハナ、と呼ばれるのがあまり好きじゃない。俺や客にはミケと呼ばせているのだが本人曰く、「ネコの名前みたいで可愛いだろう?」とのことだ。俺には良く分からん感覚だが、どうにも俺の本能が逆らうなと叫んでいるので素直にミケさんと呼んでいる。だいたいは今みたいに「オーナー」と呼んで注意されているが。
「それで、うちの店がなんだって?」
「む、すまない。別にこの店を貶める意図は無かったのだが、不快であったのなら謝罪しよう」
「おや、素直な子だね。いいさ、会長さんともなれば生徒の心配をするのは当然だろうしね。私も大人気なかった。素直に謝罪を受け取っておくよ。それで、ウチの店はどうだい?」
「すっごく素敵だと思います! コーヒーも美味しいですし、居心地も良いし。私もここの常連になろうかな?」
「私も深音に同意する。加えて言うならば……そうだな、どこか懐かしい雰囲気がある」
「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいね。特にそっちの会長さん。直と同じ様なことを言ったのには少し驚いたよ」
「ほう、直も同じ事を思ったのか」
「へぇ~……おんなじ感想をねぇ……」
先輩と深音が揃って俺の顔を見上げた。
「たまたまですよ。別にいいじゃないですか、田舎っぽくて懐かしい雰囲気ですねって言っただけじゃないですか。それと深音。そのニヤニヤ笑いを止めろ」
「え~、べっつに気にしないでいいじゃん。偶然なんでしょ~? それとも河合先輩と同じ感想なのが恥ずかしいのかな~」
「むぅ、直は私と同じ感想を抱くのが恥ずかしいというのか?」
「いや、そうじゃ無いですけど……」
口を尖らせて先輩は俺を見上げてくる。
ああ、もう! 深音が妙に食いついてくるから!
「そ、それよりも! どうしてミケさんはこういうコンセプトの店にしようって思ったんですか?」
「あ、逃げた」
やかましいぞ、そこ。
ミケさんは楽しそうに俺らの様子を眺めていたが、俺が話の水を向けると「そうだね……」と軽く眼を閉じた。
「この店のイメージはね、昔行った田舎の別荘をモチーフにしてるのさ」
「へぇ、その別荘がここみたいな感じだったんですか」
「まぁ内装は全然違うんだけどね。
見渡すかぎりの大草原を風が駆け抜けていって、草が緑の波を起こしていくその先にある一軒の木造の小さな別荘。別に作り自体が凝ってたりはしてなかったんだけど、何て言えばいいかな、作った人と使っている人の両方の愛が込められてるのがはっきりと感じ取れる建物でね。そこで飲んだ紅茶の味は今でも忘れられないなぁ……」
きっとミケさんの瞼の裏にはその時の情景がハッキリと映っているんだろう。目を閉じて小さく微笑んでる彼女の表情は懐かしさと寂しさが同居している様に思えた。
「そんな事があったんだぁ……それって外国の田舎ですよね? 何処の国なんですか?」
「さて、何処だったかな?」ミケさんは嘯いた。「随分前の話だし、忘れてしまったよ。それに、もう二度と行くことは無いだろうしね」
「どうしてですか?」
深音が尋ねるとミケさんは小さく笑った。
「その別荘の持ち主はもう亡くなってしまったからね。家主が居ないのに勝手に行くわけにはいかないだろう?」
「あ……すみません……」
「気にすることはないさ。もうあの場所に行くことは無いだろうけど、私の眼にはその時の光景がしっかりと焼き付いているからね」
ミケさんはカウンターから体を起こすと奥の方へ戻っていきながらヒラヒラと手を振った。
「それじゃ私は仕事に戻るよ。せっかく友達が来てくれたんだ。直はしばらくそこでおしゃべりしてていいよ」
「いいんですか? でも仕事は……?」
「君なんか居なくても店は回るよ」
「え? 俺って要らない子?」
「いやならオーダーが入った時だけ働いてくれればいいよ。ああ、会長さんの制服は乾いた頃に持って行くから、もしそれより早く帰るようなら声を掛けてくれ」
そう言うと、ミケさんはコーヒーをカップに注いで椅子に座り、それをすすりながらカウンターに置いてあった新聞を読みふけり始めた。
仕事はいいのか、そこの大人。
「不思議な人だね」
「うむ、さっぱりとしてて気持ちの良い人だった」
まったく、同意だ。いい人なのは分かるんだが、イマイチ捉え所がないというか何と言うか。
ま、せっかく貰った時間だし、休憩だと思ってコイツらに付き合うとしますかね。
「仕事中に邪魔するのもどうかと思っていたが、あの方が気を利かせてくれたのだから早速本題に入るとしよう」
邪魔だと思ったなら店に押しかけてこないで欲しかったが。そう言ってしまうとまた先輩の機嫌が悪くなるのが分かっているので口にはしないがな。
そんな事を考えていたらブルっと背筋が震えてきた。空調が効きすぎているのか? と思ったがそうでは無かったらしい。
視線を感じて視線を天井から下ろしていけば、そこには口元を隠すように両手を組んだ先輩の姿が。
「それで、どういうつもりだったのか、じっくり話してもらおうか。なに、時間はたっぷりあるのだからな。背景から言い訳までしっかり聞かせてもらうぞ?」
口端を上げてニヤリと笑う先輩の笑顔に、俺にはぎこちない笑顔で頷くしか選択肢が残されていないこと悟った。
☆★☆★☆★☆★☆★
「たぁだいまぁ~……」
夜九時を過ぎて俺はようやく安らぎを手に入れられそうだ。玄関灯の灯った家の中を見て心底そう思った。
あれから数時間にわたって俺は先輩に対して、昼休みに深音たちにしたのと同じ説明を繰り返した。
俺としてはちゃちゃっと話して先輩に納得してもらうつもりだったのだが、先輩が根掘り葉掘り、微に入り細に入り次から次へと質問してくるものだからまあ話が終わらない終わらない。一から十まで、途中仕事で中座しながらも詳細に話し、挙句の果てに家での俺の暴挙について長々とお説教を食らうハメになった。加えて真っ先に相談してもらえなくて寂しかった、どうして自分に話してくれなかったのかと理不尽な非難を轟々と甘受する時間はとんでもなく長かった。
俺の言い訳など聞く耳ももたずに拗ねた子供の様に訥々と叱られていくのはゴリゴリと俺の精神を削っていき、最後にはプライドも何もかにもをかなぐり捨てて土下座して何とか解放してもらった。
とりあえずはアストレイの許可を得てからという結論になったのだが、許可が得られた場合はアストレイと先輩をランデスフリーデンで会わせるという約束付きで解放してもらった。だが解放された後の常連さんたちの生暖かい視線が忘れられない。ミケさんも最後まで助けてくれなかったし、明日のバイト休もうかな。
「……ん?」
黄昏気分で玄関ドアをくぐった俺だったが、そこには三指揃えて俺を出迎えてくれた雅……ではなく、見事なまでに綺麗なジャパニーズ土下座をかますアストレイが居た。
「……おいおい、何の真似だよ」
「この度は誠に申し訳ございません」
理由を答えず謝罪を口にするアストレイ。何があった、と問い質そうとしたが、ふとコイツの頭を見ればグッショリとご自慢の金髪が濡れていた。
何故だかアストレイの着ている、俺の貸したTシャツは右肩の所で裂けていて所々が黒く汚れていた。更によくよく見れば、元々白いもんだと思っていた掛けているエプロンは、俺の記憶の中では黒だったはず。
視線を上げてアストレイが歩いてきた廊下を見れば、真っ白な足あとが転々と残っているわけで。
この時点で俺はもう悪い予感しかしなかった。
「まさかっ……!」
靴を脱ぎ捨ててリビングへと走った。
ドアを開けた瞬間に廊下へと焦げ臭い匂いが一気に流れ出ていく。キッチンとリビングには真っ白な煙が充満して、眼を開けていられないくらいだった。
それを我慢して部屋の中へ飛び込んでいって、そこで俺が眼にしたものは――
「…………」
散らばったボールやひっくり返った皿の数々。飛び散った何か料理らしきものの黒い残骸。床や壁にはべっちょりとソースみたいなものが貼り付いて、フライパンと鍋の中では真っ黒いグロテスクなものがモクモクと黒い噴煙をあげていた。
リビングを見れば絨毯の上に広がる飲み物の黒いシミ。壁のカレンダーは傾いて壁掛け時計も文字盤のガラスは割れていて、針は午後六時を指したまま時を刻むのに疲れしまったらしい。
部屋は全体的に白く染まり、粉塵の様な何かが部屋の空間中に舞っていた。
足元に固い何かがぶつかって見下ろせば、そこには赤いホース付きの筒が転がっていて――
「おにいちゃ~ん……」
中身を被ったのだろう、椅子に座ってテーブルに突っ伏していた雅が真っ白い頭で起き上がり涙目で見上げてくる。いったい……
「何がどうなってこうなった……」
「その、だね? 怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
振り返れば気まずそうに頬を掻くクソッタレイケメン外国人が立っていた。
「……いいぜ、今の俺は最高にいい気分なんだ。頭が沸騰してスチームポッドみたくなっちまいそうだよ……」
「え、えっとだね、その、この家にお世話になるのはとても嬉しいんだけど、やっぱり世話になるだけなのは自分の流儀に反するというか、ね? 今朝方雅ちゃんから聞いた話だと直はバイトで遅くなるし、雅ちゃん一人に家の事に加えて私の世話をさせるのは申し訳なかったから……」
「テメェが手伝おうとした、と?」
「いや、その……」
「あ?」
「……君と雅ちゃんが驚く顔が見たくてね? 一人で掃除や料理をやってみたんだ」
そうかそうか。その心掛けは立派だな。そこは認めてやろう。
しかしだ。
「家事をやった経験は?」
「たぶん……無かったんじゃないかな? なんとなく出来そうな気がしたんだけど、料理って難しいんだね」
タハハ、と俺の目の前で頭を掻いて笑ってみせるアストレイ。
その表情を見て、俺もまたニッコリとアストレイに笑いかけて――
「出ぇていけェェェェェェェェェェッ!!!!!」
静かな住宅街に俺の怒声が響き渡ったのは言うまでもない話である。
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