#25
「琢磨せんぱぁぁぃい……山瀬先輩ぃわぁぁ……」
「あ、青戸さん?」
「もう一回ぃ、検査するからぁ、来てほしいぃぃって言われたんですぅぅ」
「大丈夫だったようよ。この子も、山瀬さんも」
青戸さんの後から明里ねーちゃんも入ってきた。山瀬の容態は病院に着いたあたりからどんどん良くなってきているという。そして俺もシロだったと。どんどん良くなってってことは、一時的にでも感染していたってこと? そう聞きたかったけれど、青戸さんの前ではそれを聞くのがなんだかはばかられた。だって俺達はいったん「大丈夫」ということで解放されたのに……山瀬が……助かったとはいえ……。
未知のウィルスと言っていた。実際には、ちゃんと検査できるだけの研究が進んでいないのでは? そんな不安や疑念が次々に浮かんでくる。明里ねーちゃんのことは信用しているけれど、でもなんせ「未知」なんだよな……。
あの時の山瀬の様子は明らかにおかしかったし、それがウィルスのせいだっていうなら分かる。でも、それから特に何もしていないってのに、どうして治るんだ? ……まさか、また潜伏した、とか?
「せんぱぁぁぁいぃ?」
アニメ声が耳を突きぬけ、俺は目の前の青戸さんに視線を戻した。
「あ、すまんな。俺がこんなじゃ、青戸さん達の不安が増えちゃうな」
無意識のうちに、青戸さんの頭をぐしぐしと撫でていた。赤城が青戸さんによくやっていた仕草。どうして俺がこんなことを? でもそれが、青戸さんの中の何かのスイッチを押してしまったみたいで。青戸さんの大きな瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れはじめた。
「……赤城せんぱぁぁぁぃぃ」
頭を撫でていた俺の手の親指と小指とを両手でそれぞれ握りしめた青戸さんは、そのまま俺の手で仮面のように自分の顔を隠した。てのひらに温かいものがじわじわとしみてゆく。
どうしてここに居るのが俺で、赤城じゃないんだろう。また、俺まで泣きたくなってきたのを……さすがにいい加減、こらえた。
俺がやるべきことは、泣くことなんかじゃないんだ。そうだろ、赤城?
「あの、青戸架弥さん、こんなときにごめんね。こちらへいらしてくださるかしら」
明里ねーちゃんの声。俺はポケットにあったハンカチを、まだ声をすすりあげている青戸さんに渡してそっと肩を抱き、部屋の入り口に居る明里ねーちゃんのところまで連れて行った。二人が病室を離れて行くのと入れ違いで、唐澤刑事が小走りに廊下を駆けてくる。
「タクマ君……」
眉間にシワが寄っている。険しい表情だ。
「大変だったようだが、大事に至らなくてなによりだ。よく連絡してくれたね、タクマ君」
「……あの……」
「なんだね?」
青戸さんは居ないし、唐澤刑事にならさっきのことを聞けるかもしれない。
「俺たち、昨日いったん大丈夫ってなったんですよね? でもなんで山瀬は今日……」
唐澤刑事は軽く頷いた。
「ああ、それは確かに不自然なところがあるな。ウィルスの能力として検査にひっかからない潜伏期間を持つか、さもなくば……」
さもなくば? 唐澤刑事の眉間にシワが更に深くなる。そして、廊下からいくつもの足音。今度の足音は青戸さんのみたいにぱたぱたしたやつとは全く違う、そう、ガシャガシャという重装備な音が混ざったものだった。
「保菌者が再び接近してきた、ということも考えられる」
唐澤刑事の言葉と共に、どっと人が部屋になだれこんできた。ヘルメット、透明で大きな盾に警棒、防弾チョッキのような厚手のジャケット。全身紺色の、まるで軍隊みたいな格好の……みんな警察官? マンガの中でしか観ないような光景だが、リアルで目の前に並ばれると相当な威圧感だ。普通に怖い。
ものものしさについ、二、三歩、後ずさってしまうほど。
「タクマ君」
「……はい」
返事のあと、思わず唾を呑み込む。だってこれって……も、もしや……お、俺が犯人だと思われているっ?
「君の家であるものが見つかったとの連絡があった。君のお母さんからだ」
あの母親が……何を? 家で? 頭のなかがぐるぐると回るけれどそれは壮絶な空回り。いま、目の前の事態と、無関心な家族と、そして赤城の事件、ウィルスと山瀬たちと……どれも思考の中に入ってこない。しかも、唐澤刑事が続けて言った言葉。
「一連の殺人事件の被害者の遺体の一部が、君の家の中で見つかったそうだ」
い、遺体? 一部? どういう……え、まさか、それ、俺がやったってことになっているのかよ? そうでもなきゃ、こんなごっつい警官隊が……。
「唐澤さんっ!」
廊下から、一人の若い男が部屋へ飛び込んできたとき、情けないことに俺は足の力が抜け、ケツから床に落下してしまった。自分のひきつった頬と、妙にピクつく瞼の隙間から、その男の顔が見えた。
(続く)




