#19
明里ねーちゃんの研究室を出ると、いつの間にかお昼を過ぎていた。ふたりで少し遅めのランチを食べ、携帯のアドレスと番号を交換し俺たちも解散することになった。
そうして帰った家には、やはり誰も居ない。普段、外泊するときに連絡なんて入れないからな。こんな事に巻き込まれてる、なんて思ってもいないだろう。この家の人々が互いに向き合う日なんて来るのかな。
『ひゃん!ひゃん!ひゃん!』
やっば。優美だ。病院に入る直前から明里ねーちゃんとアドレス交換するまでずっと携帯の電源を切っていた。その時にメールの着信数がバスケの試合かってくらい溜まってて、まだ最初の十個くらいしか読んでいないんだ。
全部読んでからレス返そうと思っていたけれど……赤城の事件に向き合うのにかなりパワーを使っている俺は、日常の中で向き合わなきゃいけないことに、なんとなく「後にしてくれ」って思っていたのかもしれない。
ポケットから、携帯を取り出……したはずが握っていたのはタバコ。ああ、昨日から一本も吸ってねぇもんな。とりあえず優美へのレスは、来たメールを全部読んでからかな……。
ベランダに出て、まずは思いっきり一服を愉しむ。今日も強い風が、俺の頭の中に溜まっている疲れを、紫煙と一緒にどこかへ掃き散らしてくれそうな、そんな気がして。
さて。
えーと。優美のメールは『戻ってきたとき、びっくりさせるためにたくさんメールしちゃえ作戦!』まで読んだんだっけかな。三本目に火をつけながら携帯を開く。その時だった。
少年隊の『仮面舞踏会』が流れる。
一瞬、煙草を落としそうになった。赤城からの着信も、この曲だったから。
目を閉じて深呼吸する。もし、これが赤城だったなら……そう想いながらも、頭の片隅では冷静に「正解」を探している。大学の麺類大好きサークル『麺好』の構成員は、皆、同じグループに分けてあるのだ。
……山瀬あたりか?
目を開けて、覚悟を決めて携帯を開いた。
金井か……。こいつは『麺好』の現部長。同じゼミでもあり、ラーメン派で唯一話が分かる奴。赤城の次くらいに仲がいいダチだ。キャンプのことも話してあったし。
それならラーメン派も対抗してラーツーするか、とか言ってたな。ラーツーってのは金井の作った造語で『麺好』ラーメン派が多用しやがる言葉。なんでもラーメン通とラーメンツーリングとをかけているのだとか。でも、このタイミングでかけてきたんだ。そんなおちゃらけた内容ではないだろう。俺は、通話ボタンを押した。
「お、琢磨、居たか……今、大丈夫か?」
「ああ」
「…………知ってる……よな?」
言いづらそうだ。金井にとっても赤城は仲の良いダチだったからな。
「ああ。赤城のコトだな」
「うん……でな。赤城の実家にコンタクトしてみたんだ。そしたら、明日、告別式するって」
こーゆーところ、金井はマメだ。だから部長してるってのもあるんだけど。
「告別式か……」
心のどこかでまだ現実を受け入れていない自分に気がつく。そうだよな。普通、するよな。だってもう……。
「琢磨、行くだろ?」
すぐに返事が出てこなかった。
「……行きたいさ。けど……俺、行っても平気かな?」
その時頭をよぎったのは、第一発見者である自分。まだ真相が分かっていないということ。自分が、あいつの異変に気付けていたら、あいつは死ななくて済んだのかもという可能性。俺が、赤城を助けられていたかもしれなくて……
「おい、琢磨?」
「あ、ああ」
「もう一度言うぞ。平気だから。実家のお父さん、嬉しいって言ってくれたぞ」
そっか……もしも赤城の家族の力になれるっていうのなら……せめてもの……。
「ということで、現地集合な」
「お、おい、ちょ」
「こっちはバイクで行くつもりなんだ。でも琢磨は電車だろ? だから現地集合な」
「えっと、現地って」
「長野だよ。ほら、『麺好』での最初の自己紹介は蕎麦ラヴだっただろ」
「あ、ああ、長野だった」
「そう。日帰りできる距離だぜ」
「日帰りか……」
そう答えながら、俺の思考はまだちゃんと動いてはいなかった。金井の言った言葉をただ繰り返している自分を、どこからかぼんやり見下ろしているような。
「多分、切符は当日でも間に合うと思うぜ。それからな……駅からはバスなんだけど、そのルートはメールするぜ」
いつもの金井はこんな強引なヤツじゃない。どちらかというと自分の手は汚さない、というか自分からは動かない、というか。でも今日はぐいぐい来た。それが、なんだかありがたかった。
「おい琢磨、ちゃんと喪服で来んだぜ」
「あ、喪服な……大丈夫、あったはず」
ベランダから部屋へと戻り、クローゼットを眺める。安いダーツボードがかかっていて、そこには『麺好』蕎麦好き分会の四人で撮った写真がダーツで留められている。俺と山瀬と青戸さんと、赤城。赤城の実家の近くに美味い蕎麦屋があるって言ってたな。いつか四人で行こうぜとか……その写真がじわりとぼやけはじめる。
「琢磨」
金井のその声と同時だった。玄関の方からチャイムが鳴る音が聞こえた。
(続く)




