表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護る者たちの島  作者: 本郷 不羇雄
2 海護総隊司令部
12/12

花冷え(2)

大井中佐は、意外なことを口にした。

「このいくさの行く末、どうなると思う」。

静かな口調で、しかし眼だけは炯々と光らせて大井中佐は尋ねた。


「行く末ですか。」

三井大尉は、全く戸惑ってしまった。

今でこそ海軍士官の軍服を着て、海軍の枢要といえる場所にいる。

しかし、自分が生粋の軍人ではないということ。そのことは、予備士官になるうえでの訓練、そして艦隊や部隊の勤務で感じさせることがあった。

だから、うかつな物言いは出来ない。

この戸惑いの感覚は、軍人としての感覚ではない。特高警察や隣組の目を恐れるような、むしろ市井の一般人の感覚に近い。


三井大尉は、言葉、自分の立場、そういうものを一瞬で計算しながら、意識してゆっくりと答えた。

「兵力は、充実しています。」

一瞬、大井中佐から目をそらすと、向き直って続けた。

「第一護衛艦隊、第二護衛艦隊は、徐々に充実しています。現段階で約24ハイのフネ。今年の春、それぞれ2個海防隊が配属されます。

決して十分な兵力とは言えません。しかし、順次増強される海防艦で、通商路は何とか守っていけると思います。」

あえて、彼の職掌内で答えた。

勿論、戦争全体についての意見はある。しかし、それを口にするのは、自分の地位と立場ではあまりに危険に思えた。だから、自分の職掌の話に、すり替えた。


「そんなに緊張せんでいい。」

苦笑したような表情を浮かべて、大井中佐は言った。

小さなため息交じりに、続ける。目線を窓の外に向けた。

「残念だが、海軍は君が思う程、合理的で物分かりのいいものばかりじゃない。」

夏場、生ゴミの容器をそれと知らずに開けたときのような表情で、言葉をつづけた。

「命をかけていくさをしている。しかし、勝つ以外のことにこだわってものを考える奴だって、たくさんいる。」

苦身を含んだ表情から微笑したような表情を笑顔にして、大井中佐は言った。

「君はいろいろ言ってくれて、助かっているんだ。」


三井大尉は、務めて平静を装っていた。

要するに、動揺していた。

正規の士官でない自分に、人のいないところでこんな話をする。

一体、何なのだろうか。


沈黙を続ける三井大尉に、大井中佐は畳みかけるように言った。

「だから、大学出で一般社会をよく知っている、君に聞いているんだよ。」

大井中佐は、海軍(というよりやや侮蔑的に軍隊内)で一般社会を指す「娑婆」という言葉をあえて使わなかった。念を押すように、問うた。

「君には、いろいろアイデアを出してもらっている。だから、聞いているんだ。」


確かに、と三井大尉は思った。

海上護衛総司令部で行われている業務を手伝ううち、どういうわけか、大井中佐から、いくつかの助言じみたことを求めては答えていた。

といって、大した内容でもない。中学以降、特に高校や大学での学習内容はどんなことを学ぶのか、とか、(海軍士官は、中学在学中に兵学校へ合格し、そのまま中学を中退する場合が多いので、中学以上の学制には疎い)先輩などの就職の状況など。(地方都市のいわゆる高等学校(ネームスクール)から東京の大学に籍を置いた三井大尉にとって、ようするに先輩とは、官庁や企業の幹部候補生である。そのような人物が何を学び、どのような生活をして、どんな意思決定をする傾向など。

ただ、こうかけばものものしいが、言ってしまえば「世間」というもののありようである。


(言おう。)

三井大尉は腹を決めた。

あるいは、大井中佐なら信じていいかもしれない。

彼なりに、この戦争において果たしたい役割はあった。



「戦争全般のことでしたならば、厳しいと考えます。米国の生産力は我が国と比較になりません。ガダルカナルで敗けた、ということは、豪州を米国と遮断し、かつ、インド洋で積極的に通商破壊戦を行い、英国の屈伏を図るということができなくなったことを意味します。」

だいぶ不味いことを言っているな、と自覚しながら、しかし言葉は選ばなかった。何と言われるか。

「続けてほしい」

真剣な表情で、大井中佐は言った。

「続けてほしい、とはどういうことでしょうか。」

「今の話は、結論まで出ていない。つまり、この戦争の終わりだ。」

(言わせるのか)と三井大尉は思った。

意図してであるが、結論から話していない。このこと自体、海軍、分けても士官であればとがめだてされるものの言い方である。

三井大尉、言い方は、日本の敗戦をにおわせている。

大井中佐はまさか、貴様神州不滅の精神は云々、等と言い出して、殴ったりはしないだろう。

だが、果たして一介の大尉、しかも出自が予備士官である自分がそこまで口「を」出して、いや、口「に」出していいのだろうか。

いや、しかし。


三井大尉は、務めてゆっくりと言葉にした。

「海防艦などの護衛兵力の増強が、いずれ追いつかなくなると思います。少なくとも、ニューギニア等の遠方の補給線の維持は早晩不可能となります。

そして、そこで兵力を消耗すれば、国力維持のための通商保護ができなくなります。」

「つまりは?」

大井中佐がのぞき込むような眼をしていった。

「敗けます。」

三井大尉は、そこは軍隊らしく短く結論を言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ