表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護る者たちの島  作者: 本郷 不羇雄
2 海護総隊司令部
11/12

花冷え(1)

 昭和18年(1943年)の春の夜は、うすら寒い。

 寒冷前線の通過で、東京は夕方から強風と強雨が降った。お堀端や日比谷公園の桜は、大半が飛ばされている。

 三井大尉は、そんなことにも気づかず、職務を遂行していた。

 その日の午後遅く、参謀長は、彼に直々に資料-省部、そして海務院や軍需省の交渉のための資料-を作作るよう命じていた。


 海軍の勤務体制は、艦隊勤務を基本としている。だから、例え陸上勤務でも部屋の清掃は「甲板掃除」であり、休日に外へ出るのは「上陸」である。

 しかし、陸上部隊には、艦のように艦橋があるわけでもない。

 中央官衙ならば、大砲や飛行機といった兵器すらない。だから、普通の役所のような勤務時間が設定され、それが過ぎれば、普通の役所のように、建物から人はいなくなる。明日が休日となると、猶更である。

 三井大尉は、定められた勤務時間をかなり過ぎたあと、他に人のいない幕僚事務室の隅で書類に目を通し、書類を作っていた。


 薄暗い幕僚事務室の扉が不意に開いた。

 三井大尉が視線をあげると、護衛参謀の大井中佐が入ってきた。

 そして、つかつかと三井大尉の机に近づくと、声をかけた。


「遅くまでご苦労だな」

「はい、ありがとうございます」

 三井大尉は答えた。

「何を書いている。」

 椅子を引き寄せながら、大井中佐は訊いた。

「先日のニューギニア輸送に関する件です。」答えながら、三井大尉は書類を見せた。

「随分、手荒いことになったな。」

 大井中佐は、溜息をつきながら喪失船舶に目を通した。

 部屋の中は、三井大尉と大井中佐しかいない。表通りの路面電車が走る音が、微かに聞こえてきた。


 大本営は、ガダルカナルからの撤退を決めた。一方で、ソロモン全体は諦めていない。また、陸軍はニューギニアでの攻勢を企図していた。

 ニューギニア攻勢には、兵力の増強を要する。

 このため、海軍は、ラバウルからニューギニア各地へ兵力の輸送を行っている。

 ラバウルには、新型機も投入されている。だが、物量には劣っている。このことは、制空権の喪失という形で現れた。


 今、大井中佐の手元にある資料は、そのことを示している。

 要するに、三井大尉はダンピールで沈んだ輸送船舶とその影響、その対応方策についてのレポートを作成してた。


「悪いことばかりではありませんよ」

 三井大尉は、答えた。

「海防艦は、どんどんそろってきています。そして。丁型駆逐艦も。丁型が連合艦隊に持っていかれるのは少々思うところがありますが。」


 海上護衛総がその任務に用いるべき兵力は、開戦から1年半を経て、ようやく充実しつつあった。


「うん、そのとおりだな。そして君みたいな予備士官が支えてくれている」

 わずかに目の端を下げて大井中佐はいった。


 大戦争(第一次世界大戦)の経験から、通商破壊は、潜水艦で行われることは明白だった。対潜兵器の導入と開発は言うに及ばず、対潜戦闘に従事する人員を養成する必要がある。

 だが、対潜要員養成のための術科学校である対戦学校が横須賀の久里浜にできたのは、昭和15年(1940年)のことである。当然、対潜要員は圧倒的に不足していた。人員が単に不足していたということではない。中堅層の人材、つまり、組織を支える、新しい人材の教育を行う、新たな脅威に対応し戦術を考案する、そのような任務を担う者が皆無といっても過言ではない。

 これは、砲術、水雷、航空といった攻撃的配置には人材も予算もかけた一方、防備には(海軍が国民に喧伝しているほどには)投入しなかったことによる。


「ほかに、誰もおらんな」

 不意に書類から目を上げると、大井中佐は、あたりを見回し、呟くように言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ