深淵の兆し
群れを退けたあとも、一行は足を止めなかった。
森を抜けるように進んだ先で、景色はさらに異様さを増していた。
そこに木々はほとんど残っていなかった。
幹や枝は影のように崩れ、地面は黒い荒野へと変わっている。
裂け目からは赤黒い光が漏れ、脈打つたびに大気が震えた。
「護りの光が……」
リリィが額に汗を浮かべて呟く。
「薄くなってきています……このままでは……」
私は自分の手首にかけられた光の腕輪を見下ろす。
かつては鼓動に合わせて強く輝いていたのに、今はかすかに揺らめくだけだ。
(奥へ進むほどに……削られてる……)
⸻
「……ここは虚無が溜まる“底”だ」
魔王が立ち止まり、低く言った。
「放っておけば、いずれ世界そのものを覆うだろう」
「世界を……!」
私は息を呑む。
クラウスは険しい表情で記録をとり、短く結論を下した。
「自然の理では説明がつきません。……これは世界そのものが侵されている」
(私の物語には、こんな場所はなかった。……じゃあこれは、私が投げ出した“余白”が広がったもの?)
胸の奥に冷たいものが広がる。
⸻
その時、地面が低く鳴動した。
どん――と一度。
続いて、裂け目が大きく広がり、黒い霧が渦を巻いてせり上がる。
ゼノが剣に手をかける。
「……来る」
魔王が闇を睨み据え、金の瞳を細めた。
「構えろ。――奴は虚無の深淵そのものだ」
押し寄せる気配が、大地ごと世界を飲み込もうとしていた。




