プロローグ
世界は、少しずつ壊れていた。
大地には大きな亀裂が走り、黒い靄がそこから噴き出す。
触れたものは音もなく崩れ、まるで消しゴムで消されたみたいに形を失っていく。
家も、街も、そして人も。
夜空を仰げば、星々はひとつ、またひとつと落ちていった。
欠けた空は黒い穴のようで、誰もがそこに吸い込まれる悪夢を見た。
人々はそれを「虚無」と呼んだ。
学者たちは古い記録を調べ、震えながら答えを見つけ出す。
――これは、物語が止まった報いだ。
かつて世界を創った“神”がいた。
神は筆と本を使って、言葉で秩序を与え、理を織り上げた。
だが、神は途中で筆を折り、物語を途絶えさせた。
その日を境に、世界はほころび始めた。
神の手を失った世界は、ゆっくりと虚無に呑まれていった。
けれど、同じ記録には希望も残されていた。
――救世の書記官。
神と同じ力を持ち、筆で世界を修復する存在。
その者を呼び戻せば、滅びは止まるだろう、と。
だが、人の国々は動かなかった。
「救い」と同時に「再び見捨てられるのでは」という恐怖があったからだ。
創った神は同時に、見捨てた存在でもある。
ならば呼ぶべきではない、と彼らは沈黙を選んだ。
一方で、魔国にはもう余裕がなかった。
崩壊は他国よりも早く進み、土地は半ば虚無に呑まれている。
背を向ければ滅びるだけ。
魔王は決断した。
「敵であろうと、神であろうと――我らに残された道は、頼るしかない」
魔王城の最奥に眠る古の書。
『断絶の書』と呼ばれるそれは、途中で途切れた物語だった。
白紙のページ。
そこが、神を呼び戻すための“空白”だと記されていた。
魔王は血と魔力を代価に、術を起動させる。
虚無に沈みゆく世界を救うために――。
そして、その夜。
別の世界で、ひとりの女が部屋着のまま眠りについていた。




